お宅訪問
「何故、あそこで将くんを見ないんだ! いや、その前に京くんを私に何故、紹介しない!」
帰宅した絹を待っていたのは、外の天気よりも陰欝なボスのお叱りだった。
「先生、長男の方は…」
京の件については、島村が応援してくれるようだ。
「ええい、うるさい…技術など、いくらでもくれてやるわ」
しかし、自分の価値をさっぱり理解していないボスは、ただただ駄々をこねる。
あの一家が絡むと、冷静さは銀河の彼方だ。
「変な組織に目をつけられると、広井一家の観察どころじゃすまなくなりますよ…逆に、彼らにも何か被害が及ぶかもしれません」
島村は、根気よくボスに訴えた。
さすがに、広井一家を巻き込むと聞かされて、少し冷静になったように見える。
「もし…彼らに何かあったら…楽に死ねると思うなよ」
仮想の敵に向かって、ボスは真っ黒いオーラで呟く。
「いまのままなら、大丈夫ですから」
絹は、そのオーラに触れながら、彼をなだめた。
自分も黒いせいか、すんなりと受け入れられる。
いっそ、同種のオーラであることは、安心感を覚えるほどだ。
絹には、この悪魔がいる、と。
将のように、きれいな目で未来を語ることはできないが、暗い道でも一人で歩いているわけではないのだ。
「安全な技術だけ、選んで流すというのは構わないですがね…ただし、父親の方に、ですよ」
余りダメダメ言うと、ボスが怪しい方に走ると思っているのだろうか。
島村は、少し穏やかな表現になった。
「チョウに?」
少し呆然と、ボスは呟く。
「電気屋が、喉から手を出して欲しがる技術なら、腐るほどありますよ…会社も潤う、先生も感謝される」
島村の言葉に、ボスはみるみる目を輝かせ始めた。
「よし、いますぐ選別始めるぞ!」
絹も一緒に、地下研究所まで運ばれる。
彼女は、はしゃぐボスの向こうの島村を見た。
「商売っ気のあることは、キライなんじゃ?」
「ボスを、自分を哀れむような目で見るのは、その辺にしとけ」
結構――鋭いじゃん。
絹は、言い返せなかった。
※
「チ、チ、チ、チョウが…チョウが…家に遊びにこいと!」
電話を切ったボスが、身体も言葉も転びそうになっている。
役に立ちそうな発明品を、いくつか見せたい、と連絡したのだ。
「週末にチョウの家にー」
くるくる回るボスに、絹は微笑んだ。
持っていくものは、すべて技術を提供するつもりだから、京も満足するだろう。
「カメラで記録したいでしょうから、一緒に連れていったらどうです?」
島村が、絹を指差す。
ボスは、即座に彼女を見た。
「そ、そうだな、私もチョウの相手で忙しいからな」
どうやら、彼女も同伴することが決まったようだ。
週末に、ボスと出かけるのか。
変な気分だ。
ただこの間、島村に痛い一言を言われていたので、彼を見た。
絹の中の暗い感情。
それを好ましく思ってなさそうな彼は、しかしボス第一主義。
絹が同行することが、利益があると思われたのか。
「絶対に、技術供与に先生の名前を出させるなよ。金もだめだ」
島村が、ボスに聞こえないように、耳うちしてきた。
絹は、お目付け役ということか。
確かにボスでは、チョウの言いなりになりかねない。
その時に、ボスに怒られようが止めろ、と。
本当に、ボスには百害あって一利なし、の仕事だ。
「企業の金の流れから、産業スパイが先生の存在に感づくと面倒だからな」
自宅に招待でよかったと、島村は本気で警戒をしている。
これが会社なら、もっと警戒が必要だったろうから、と。
「そんなに心配なら、島村さんもくれば?」
絹は、素直にそう思ったのだ。
しかし。
「ああいう手合いが出てくるなら、オレは逆に顔を出さない方がいい」
ああいう手合い?
島村が、何を指して言っているのか、絹には分からなかった。
※
「よく来てくれたね」
大きな郊外の家。
チョウと、二人の使用人に出迎えられる。
その使用人が、二人して絹の顔に驚きを隠せないでいた。
亡くなった奥様に、そっくりなせいだ。
あらかじめ、チョウや兄弟は言ってなかったのか。
「ああ、すまないね、絹さん…気を悪くしないで」
チョウは、さりげなくフォローする。
ボスの手前、小さく「いえ」と、答えるだけだった。
「じゃあ、私の部屋へ…」
チョウが言い掛けた時。
「絹さん!」
大きな声で、すっとんでくるミサイル。
「了くん」
熱烈に抱きつかれ、絹は微笑んだ。
抱擁騒ぎは、久しぶりだな、と思いながら。
「絹さん、来るって聞いてなかったよー! どうして教えてくれなかったのー」
抱きつきながらも、口から出るのは不満。
車での通学でも、メールでも言わなかったせいだ。
「今日、先生に誘われたの、ごめんね」
ボスの前で、にこやかに嘘をつく。
彼は、チョウに夢中で、絹の嘘など耳にも入っていない。
「絹さんがいるなら、僕もパパの部屋いくー」
何があるかも知らないような了は、抱擁から腕を組むに形を変化させた。
「こら、了。絹さんは、遊びに来たわけじゃないんだぞ」
チョウに釘を刺され、坊やはブーっと唇を尖らせて抗議する。
「声が大きいんだよ、了は」
絹の腕から、ダッコちゃん状態の了が、べりっとひきはがされる。
後方だ。
振り返ると、将が弟をはがいじめていた。
「おはよ、絹さん」
じたばたもがく弟を、しっかりキープしながら、にこっとスマイル。
「おはよう、将くん」
「将兄ぃー放してー」
絹のあいさつと、末っ子の抵抗が重なる。
「後で、お茶の時間を作るから、それまで待っていなさい」
末っ子の甘えぶりに苦笑しながら、チョウはさりげなく二人をこれからのことから遠ざけたのだった。
※
「よぉ」
部屋に案内されると――京がいた。
「京…お前は呼んでないぞ」
チョウは、眉間を押さえる。
兄弟三人とも、朝から絡んでくるとは思わなかったのだろう。
しかし、京はすっと姿勢を正すと、チョウを無視してボスへと近づいたのだ。
「先日は、先生の天体望遠鏡を分解しようとして、失礼しました。是非、今日はオレも同席させてください」
そして、あいさつのつもりか、右手を出すのだ。
落ちたわ。
絹は、遠い目をした。
「勿論だよ、いくらでも見ていきたまえ!」
落ちたのは――ボス。
京の手をしっかと握り返し、彼の同席に許可印を押したのだ。
父親に許可を取らないで、ボスを落とす策士だった。
まあ。
チョウは警戒しているようだが、今日のは息子に分解されてもいいものばかりだ。
絹も口を挟まないで、その光景を見守った。
「すまんな、巧。わざわざ、オレに気を遣ってもらって」
絹のアシストで、荷物の中から、装置を出しているボスに、チョウは苦い響きを込めた。
何の見返りもいらないと、ボスが言ったせいだろうか。
「私には、研究を金に変える能力はない…いや、いらないんだ。ただ、私が作ったものを、お前がどう生まれ変わらせてくれるか…それが、見てみたい」
それが、二人の愛の結晶さっ!
絹は、ボスの本音をアテレコしていた。
京は説明をはじめるより先に、出された品を手に取って、食い入るように見ている。
「それはね…」
絹は、ボスの手伝いができるように、一通り島村にたたき込まれてきていた。
「それは、発電機よ…人間の体温を電力に変えられるの」
うちのマッドサイエンティストたちのいう、安全な、とはこのレベルだ。
しかし、使用分野を一歩間違えれば、確実に軍用クラス。
「人間の体温から電気を?」
「夏なら、外気温でもできるそうよ」
島村の受け売りだ。
京は、唖然と自分の手の中の製品を見つめていた。