指名手配扱い
「あわわ…わ…うおお」
帰り着いたら、ボスが居間を歩き回っていた。
天井を向いたり床を向いたり、また天井を向いたり。
絹は、声をかけられないまま、居間の入り口に立ち尽くした。
あのボスが、すっかり動揺していたのだ。
その事実に驚きもしたし、彼女がやらかしたことが、それほど大きかったということでもある。
「余計なことをしてくれたな」
近づいてきた島村が、やや不機嫌を匂わせながら、絹の前に立つ。
う。
彼女は、判断を誤ったのだろうか。
ああすれば、ボスとチョウの再会が、自然になされるはず。
そう思ったのだが。
「おかげで、今日中にメドが立つはずだった、人体発電システムが流れたじゃないか」
しかし、島村の不満は、学校でのことではなかった。
彼女の言動により、ボスが動揺してしまい、研究が遅れたことだったのだ。
「すみませんボス…明日、ご足労願います」
島村は、アテにならないので、絹はボスに直接声をかけた。
彼は足を止めて、キッと強い眼差しで絹を見る。
彼女は、覚悟をして言葉を待った。
「あああああ…チョウは私を覚えているだろうか! ネクタイは何色がいいだろう! スーツは!」
だが。
即座に崩れるように、オロオロと言葉を並べ立てる。
絹はほっとしながら、笑みをこぼした。
よかった、と。
ボスはもう、高尾の言葉など忘れきっている様子だったのだ。
「あの高尾って男」
ボスが浮かれながら、クローゼットに物色にいったのを見送った後、島村がぼそりと口を開く。
「父親が、先生の同級生だ。そのツテで、高坂って名字だけで、いちかばちか聞いてきたんだろう」
引っ掛けに、簡単に乗るな。
ウカツな絹を、責めているように感じた。
「ボス方面から、話がくるとは思ってなかったから……気をつける」
しかし。
あの男の父親なら――高校時代、さぞやボスとの相性は悪かっただろう。
息子に、あんなことをしゃべるくらいなのだから。
ということは。
チョウとも同級生、というわけだ。
もっと厳密に言えば――桜とも。
※
翌朝、車の中は、異様な雰囲気だった。
了はともかく、将と京の気配が険悪だ。
二人とも、ほぼだんまりで。
昨日の事件が、尾を引いているのだろうか。
問うことも出来ないまま、了とだけ話をしているうちに学校についてしまう。
その意味は、昼休みに解かれることになった。
「もー、昨日は家で大変だったんだよー」
了との、広場でランチタイムの時だ。
やはり広井家は、将の暴力沙汰でもめたのか。
「絹さんが、クラスメートに侮辱されたって聞いて、京兄ぃまで怒りだしてさー」
ん?
話の雲行きが、変だ。
絹の話になっている。
確かに、彼女が原因なのだが。
「あ、将兄ぃに、入学式の写真だしてもらって、僕も悪い奴の顔、覚えたからね」
ああ。
高尾は、ついに広井ブラザーズ全員を、敵に回したということか。
「写真見たら見たで、京兄ぃがまた怒ってさ…前にも絡んできたんだってね」
昼休みの、ベンチ事件のことだろう。
「パパ帰ってきて、話聞いて写真見たら、パパまでそいつに怒り出して…家中、大変」
かえって、僕が怒る隙間がなくなっちゃったよ。
原因の自分としては、不謹慎なのだが、それには笑ってしまった。
きっとチョウも、高尾の父を思い出したに違いない。
「でも、将くんが叱られなかったみたいで、よかった」
チョウの様子からすると、一安心だ。
「うん、ゲンコ一発で済んでた」
無邪気な了の言葉に、絹は軽く笑う。
「でも、あの高尾っていう人には、気を付けてね。パパも、高校時代にその親に、しつこく絡まれてたみたいだから」
心配そうな了に頷く。
どうやら、上二人の兄弟は、高尾への敵意をむき出しにしていただけだと分かった。
それが険悪な気配を作っていたのだ。
納得した絹は、放課後の呼び出しに、心を飛ばそうとした。
だが、了がぷぷっといきなり吹き出したので、その意識は飛び散ってしまう。
「そういえば、絹さん…あの男を職員室で張り倒して、自分の保護者も呼べってタンカきったんだってね」
うぷぷぷ。
想像して笑う了。
将は、一体どんな大げさな説明をしたのかと、絹を苦笑させたのだった。