一ヶ月遅れの新入生
(Illustration by ROM)
「…というわけだ、分かったね?」
そう、説明がしめくくられた。
「分かりました」
絹は答えながら、制服のリボンを整える。
五月。
車の窓から見える緑が、眩しいほど。
絹は、それに目を細めた。
いよいよ、高校生活の始まりだ。
人より、一ヵ月遅れての入学。
療養生活のせいだった。
これで、やっと自由に動けるようになる。
「ついたよ」
校門の前に、車が横付けされる。
既に、授業の始まっている時間だから、静かなものだ。
閉ざされた門のそばに立っている守衛が、車に近づいてくる。
そう、守衛のいる学校なのだ。
私立 聖上学園。
頭脳明晰な金持ちしか入れないという、門の狭さではピカ一な学校だった。
「では、いってらっしゃい。健闘を祈るよ」
運転席から、親指が立てられる。
絹は、車のドアに手をかけ、降り立った。
ちょうど、守衛が側まできたところだ。
「高坂 絹、です。今日から通うことになりました」
守衛に向けて、ゆっくりと一礼。
「あっ、いや、まぁ…ちょっとお待ちください」
守衛は、焦ったように赤くなりながら、携帯電話を取り出す。
職員に問い合わせるのだろう。
しかし、電話をかけながらも、ちらちらと絹の方を盗み見る。
ふふっ。
彼女は、そんな守衛に微笑んだ。
彼は、ますます赤くなる。
「失礼しました、どうぞ」
確認が取れたらしく、彼女は門の中へと案内される。
その前に、車を振り返る。
頑張るよ。
手を振って、運転席の眼鏡の男にアイコンタクト。
それを確認して、車は走り去った。
さあ。
突入だ。
※
「高坂 絹です。よろしくお願いします」
案内された教室で、絹は深々と頭を下げた。
頬の横に、長い黒髪がさらりとこぼれる。
教室の空気が、一瞬止まったのが分かった。
みな、絹に見とれている。
彼女自身、その感情の流れを手に取るように感じていた。
ふぅん。
穏やかなまま、絹は軽く教室を見回す。
なぁんだ、と。
そう思ったのだ。
さっき、守衛でテストしたが、予想以上の反応だった。
教室でも、やはり同じ反応を感じる。
なぁんだ――チョロイじゃん。
目を伏せ、いま思ったことが、表にあふれ出さないように気をつける。
人間は、何故か美醜には敏感で、美しいものを見ると、目を奪われるのだ。
絹は、内心であきれていた。
くだらない、と。
綺麗な顔、綺麗な髪、綺麗な物腰、綺麗な言葉。
全部揃えば、金持ちの坊ちゃんお嬢ちゃんでさえ、この有様なのか。
本当に、くだらない。
心の中で、ドス黒いカンジがぐるぐる渦巻くのを抑えつつ、絹は指定された自分の席へと着く。
一番後ろの、窓側から二番目。
「…どうぞよろしく」
窓際の席の男に、小首をかしげてご挨拶。
彼は、絹の顔を見ながら、時を止めていた。
こいつか。
写真で見せられた顔だ。
こいつが、広井 将。
絹の――ターゲットの一人。
※
「絹さんは、お体の具合が悪いと伺ってましたが、大丈夫ですか?」
休み時間になった時、最初に近づいてきたのは、委員長と紹介された女性だった。
さすがに金持ち学校の委員長は、びんぞこ眼鏡や三つあみではない。
綺麗に編みこんだ髪と、役に立つのかと心配になるくらいの小さい眼鏡。
「ええ、一過性の病気で、完治しましたから、体育にも参加できます」
周囲の遠巻きの視線を感じつつ、絹は穏やかに答えを返した。
それより。
えらく、隣席の広井 将の視線の食いつきがいい。
さっきの授業の間、とにかくじーっと、食い入るように見ていたのだ。
いまも同じだ。
こいつも、面食いか。
絹は、そう判断するしかなかった。
これは、仕事が簡単そうだ。
その方が、彼女にとっても助かるのだが。
「部活動などは、何か考えてますか? もう活動紹介は終わってしまいましたので、興味がおありなら、パンフレットを持ってきますよ」
委員長の親切な言葉に、絹は軽く記憶を探る。
そういえば、絹はボスにいろいろ知識を植え込まれていた。
確か。
「こちらに、天文部はありますか?」
私、星が好きなんです。
いけしゃあしゃあ。
絹は、心にもないことを口にしてみた。
すると。
はっと、将が反応した。
委員長も、ああと呟いた。
「天文部でしたら…こちらの広井くんが所属している部ですね。彼に案内してもらうといいと思いますよ」
あとは彼と話せとばかりに、「何か分からないことがあったら声をかけてくださいね」、と言い残し、委員長は去った。
これで、絹は彼の方を見る口実が出来たわけだ。
視線を送る。
彼が自分を見ているのを確認して、にっこりと微笑んだ。
「天文部について、教えてくださいますか?」
「あ、ああ…」
将は、釣り針に簡単に引っかかった。
ほんと――チョロイ。