内地へ-4
数日が過ぎ東京が近づいてきた。
下船すると黒塗りの高級車が待ち構えていた。
車に乗せられ横浜方面に車が走り出す。
あまり横浜方面の地理は詳しくないのだが見覚えがある様な街で車が止まった。
普通の鉄筋2階建てのアパートの前で変わった所と言えばアパートの向こうに大きな森がある事だろうか。
「ここで、生活してもらうから良いわね」
「潮さん。ここら辺って横浜の大倉山じゃないですか?」
「そうだけど、どうしてかしら?」
「島に行く前に半年くらい大倉山に住んでいた事があるので」
「それじゃ安心ね。多少地理も分かるでしょうし」
潮さんが用意してくれた部屋は2階だった。
部屋に入るとガランとして何も無いワンルームだった。
「あの、何も無いんですけれど」
「あっ、忘れていたわ。明日、海と買い物して来てちょうだいね。今日は屋敷にいらっしゃい」
アパートを出て裏手に案内される。
そこには高い塀がありすぐ近くに大きな門があった。
門をくぐり森の中を潮さんに案内され歩いて進んでいくと海が走りだした。
「私、先に行くね」
「転ばないようにネ」
潮さんが子どもに言い聞かすように海に声をかけた。
「そう言えば、如月君もといター君は海とどこまで行っているのかしら」
「潮さん、ター君は却下です」
「そんな事、私に言っていいのかしら? この写真を海に見せちゃうぞ」
その写真には俺が感電してプチ失神した時の生まれたままの格好で白目をむきピクピクしている姿が写されていて顔から血の気が引いた。
「マジで勘弁してください、お願いします」
「ター君はヘタレだもんね、うふふ」
脅迫と言う名の暴力に屈してしまいそうになる。
「黙秘しますって、何もあるわけ無いじゃないですか」
「本当にヘタレね。あんな可愛い子がそばに居るのに」
「はいはい、どうせヘタレですよ。俺は」
視界の中に黒い猫の様な動物が入ってきて近づくと猫の大きさではなかった。
「キルシュ。お出迎えご苦労様」
「猫にしてはデカくないですか?」
「サーバルキャットよ。黒くされちゃった」
潮さんがさらっとすごい事を言っている。
豹柄が黒くなったっていったい何があったんだ?
でっかい黒猫の横を通り過ぎようとした時に声がした。
「ヘタレ」
猫にヘタレ呼ばわりされる覚えは無いので軽く鼻で笑うといきなり飛び掛ってきて、押し倒されてマウントポジションを取られてしまう。
「キルシュ! 海の大事な人よ。止めなさい」
「後で、ツラかせ」
キルシュが耳元で囁いて潮さんに制され森の様な庭に消えていった。
20分くらい歩いただろうか目の前が急に開け目を疑った。
目に飛び込んで来たのは何と表現すればいいのだろう……
水上の宮殿?
とても澄んだ大きな池がありその上にガラス張りの2階建てくらいの大きな四角い建物が建っている。
建っていると言うより浮かんでいると言った方が正しいかもしれない。
池のほとりにはカキツバタかハナショウブが植えられていてとても幻想的で。
その隣には半地下の建物があり。
その建物の屋根の部分にも綺麗に手入れされた芝が敷き詰められていた。
「あの、こんな事聞いて良いのか分からないのですがご両親もいらっしゃるのですか」
「ター君、緊張しているのとても変よ。父はとても忙しい人だから滅多にここには顔出さないわ。母は海が幼い頃に亡くなっているの」
緊張してへんな日本語でしゃべっている。
一般ピープルがこんな所に連れてこられて緊張しない訳がなく。
「あまり気にしないでね、もう昔の事だから。ここには私たち3人姉妹しか暮らしていないわ」
「そうそう、ター君にはここも案内しなきゃ」
ター君は却下したはずなのに……
あの半地下状の建物の中はメチャメチャ広いガレージになっていた。
ガレージと言うより車のショールームの様と表現した方が良いかもしれない。
ぱっと見た感じヤンチャな車ばかりなのが気になる。
「なんで俺をここに?」
「ター君好きでしょ。島のオンボロ車もかなりいじってあったじゃない。それに何度もバイクやカーレースで入賞しているみたいだし。よければ好きに使っていいわよ。キーは付けたままだから。ガソリンは満タンで返してね。それと屋敷内の設備は自由に使ってかまわないから」
「もうそんな事まで知っているんですね」
「言ったじゃない。ター君の事を調べさせてもらったって」
「潮さんにかかると丸裸ですね」
「そう、スッポンポンよ」
子どもの頃からクソ親父に無理矢理やらされていたと言うのが本当で。
親父は若い頃かなりヤンチャだったらしく、どこぞの族のヘッドまでやっていたらしい。
そして親父自身もバイクや車のレースにチームを組んで出場し。
レースにのめり込んで子どもの年齢詐称までして無理やり出場させられていた。
それも入賞しなければ小遣いは全額没収と言う脅しを掛けられて。
クソ親父は今でもヤンチャなのは変わり無く。
今でもワンコールで100人以上は集まるぞなんて平気で言っている。
広いお屋敷の一室に案内された。
「今日はここで休んでね、用があるのならこれを鳴らしなさい。明日の朝に迎えをよこすか」
小さなベルを渡された。
こんなのアニメの世界でしか見た事無い。メイドさんでも出てくるのか。
まぁ、そんな事はどうでも良い事で今日は疲れたから用意された美味しそうな食事を食べて眠る事にした。
翌朝、ノックの音と名を呼ぶ声で目が覚めた。
返事をして着替えてからドアを開けるとそこにはメイドさんじゃなくて黒いスーツ姿の男の人が立っていた。
「潮様がお呼びです。こちらへどうぞ」
水の宮殿の中の廊下を黒服の人に連れられて歩いていると、後ろの方から誰かが走ってくる気配を感じ振り返るとドロップキックが飛んで来た。
吹き飛ばされて全身で床掃除をする。
「痛っ……」
呻きながら見上げると海より一回り小さいツインテールの女の子が仁王立ちしていた。
「お前なんかに海お姉ちゃんは渡さないから!」
「凪お嬢様も、ご一緒に」
大きな食堂に通されると潮さんと海が座っていた。
凪とか言う女の子は直ぐに海の後ろに隠れすごい形相で俺を睨みつけている。
「あらあら、ター君は凪にすっかり嫌われちゃったわね。うふふ、凪は海のこと大好きだからね。凪は一番下の妹よ。海共々ヨロシクね」
朝食を済ませ海と俺の部屋に必要なものを買いに出かける事になった。
「お金の心配なら要らないから海に任せなさい。ここまで無理矢理に連れて来たのだからこれくらいの事はさせなさい。いい事分かった」
そんな訳には行かないのだが潮さんに押し切られてしまった。
『それと海はすぐに迷子になるから気をつけてね』と念を押された。
電車を乗り継ぎ秋葉原へ向かう。
電化製品と言えば秋葉原、秋葉原と言えば電化製品なのだが。
昨今ではヲタクと言えば秋葉原、秋葉原と言えばヲタクに変わりつつある。
大型店で色々と物色して回る。
「隆羅、これがいいよ」
海が指差したのは特大の液晶テレビで庶民の俺にはまったく着いていけない感覚だった。
必要最小限の冷蔵庫・テレビ・洗濯機・電子レンジ・掃除機etc
そしてちょっとだけ上等のパソコンを購入する事にする。
プチ秋葉系にはパソコンの無い世界など考えられない。
庶民根性丸出しで値切りまくって支払いは海にお願いする。
例の黒いカードを海が出したとたん店員の顔色が変わり。
すぐに店長らしき人物が対応してくれ。
『早急にお届けにあがりますので』と言い住所すら聞かなかった。
その後で細々としたものを買うため百貨店に行くがそこの対応もほぼ同じものだった。
水無月家って何者なんだ? 謎は深まるばかりだった。
そして男の買い物なんてあっという間に終わってしまい時間を持て余してしまう。
「近くに動物園があるけど行くか?」
海に聞くと嬉しそうに2つ返事で頷いたので歩いて動物園に向かう。
着くまでに何度と無く海を見失いかけそうになり潮さんの言葉が浮かんできた。
『すぐに迷子になるから』
その時は子どもじゃ無いのだからと軽く考えていたが違うようだ。
園内は平日だと言うのにかなり混んでいて海を見失えば潮さんに何を言われるか判らない。
「しょうがねえな、ほらっ」
ぶっきら棒に手を出すと海は少し考えて指先を掴んだ。
「それじゃ、迷子になっちゃうだろ」
手を握り直すと海の顔が見る見る真っ赤になった。
そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
平静を装って海の興味が趣くままに動物を見て回った。
お昼近くになったので園内のファーストフードで食べる事にする。
無難にハンバーガーとポテトのセットを2つにウーロン茶とコーラそしてチョコのシェイクを1つ注文した。
海は初めてらしく最初戸惑っていたが食べ方を見せながら教えると美味しそうに食べ始めた。
甘い物好きな海はシェイクがお気に入りになったらしい。
口元にソースが付いていたのでテーブルの紙ナプキンで拭いてやると不思議そうな顔をしながら顔を赤らめた。
俺は海の顔を何となく見ながらこれからの生活の事を考えていた。
生活する上でお金は必要不可欠でその為には仕事を探さないと家賃も払えない。
昔、石垣島で世話になった先輩の言葉を思い出した。
『東京に戻る様な事があれば、必ず連絡をしろ。約束だからな』
先輩は東京に戻り飲食店を経営していたので仕事の事だろうと思っていた。
ちょっと顔を出してみるかな。
海に少し用事が出来た事を告げ少し早めに動物園を後にする。