内地へ-3
数日後、俺の職場だった居酒屋で姉妹店のスタッフも集まり送別会が行われた。
店長と美夢には家庭の事情で帰らなければならなくなったと説明した。
潮さんも誘ったのだが『私、ちょっとした有名人だし仕事があるからパスさせて頂戴』と不参加だった。
「おす!」
「先輩!」
美夢に軽く挨拶をすると飛び跳ねながら近づいてきた。
「先輩、体は大丈夫なのですか? 雷が落ちたらしいですね。気が付いたら家で寝ていてビックリしちゃいました」
「美夢こそ体なんともないのか?」
「はい。私、体だけは丈夫ですから」
「俺もだ」
ハイタッチして2人して笑いあう。美夢が無事で本当によかった。
ここでも海は大人気で海の周りに人だかりが出来ている。
送別会と言う宴会は盛り上がり皆楽しそうにしていた。
今日の主役が誰だかわからないな。
なんて良い事を考えているといつに無くハイテンションな美夢が俺にべったりくっついて来た。
「相変わらず美夢ちゃんは如月さん大好きっ子だね」
「如月さんは美夢ちゃんの事をどう思っているんですか?」
「どうって言われてもこいつは妹みたいなもんだから」
姉妹店の女の子と楽しく話をしているとあっという間に時間が過ぎていった。
「そろそろ時間も時間なのでこの辺で閉めたいと思います」
「如月君、内地に行ってもがんばってください」
幹事が声を掛け閉めの挨拶はオーナーだった。
さっきまで笑っていた美夢が泣きじゃくりながら抱きついてきた。
「私……先輩の……事が……」
殆ど言葉にならずしゃくり上げながら泣いていたが酒が入っている所為か、しばらくすると眠ってしまった。
「おい如月、ちゃんと美夢ちゃん送れよ」
「ヘイヘイ」
美夢は俺の背中で気持ち良さそうに寝息をたてていた。
「好きでふ」
時々意味分からない寝言を言いながら。
出発は翌日の午後だった……
「今日よ、今日の午後」
「今日ってなんでそんなに急に」
「善は急げと言うでしょ、文句言わない!」
「何も準備していないですよ」
「ノープロブレム。着替えだけでいいから」
「アパートはどうするんですか? 俺の荷物まんまだし」
「モーマンタイ。ここは水無月家が管理します。ちょうどこんな島にも部屋が欲しかったしね、鳥小屋みたいに狭いけど」
「鳥小屋ってこれでも3DKなんだけど」
食い下がったが潮さんに敵うはずがなかった。
猫たちは元から自由に出入りしていたから問題ないだろう。
見送りはするのもされるのも嫌なので出発前に居酒屋の前730交差点で別れる事にした。
美夢の目はもう既に真っ赤だった。
「先輩のデカプリンや美味しかった賄いもう食べられないのですね」
「また、作ってやる必ず。ほら、指切り」
美夢の頭を撫でながら言うと頬を膨らませた。
「先輩は子どもです」
「お前もな」
サヨナラは言わない。
ここが俺のホームだと思っているから。
「じゃあ、行ってきます」
みんなと別れタクシーに乗り空港までと言おうとして潮さんに遮られた。
「ターミナルまで」
「ターミナルって港ですか?」
直ぐに船の運行表が頭に浮かんできた。
離島故に生活物資の殆どが大きな船で運ばれてくる。
その為に荷物が何時着くか見誤れば商売に支障をきたすことがある。
まぁ、天候が悪ければ遅れることは多々ある事だけど。
行けば分かるわよと潮さんが笑っていた。
石垣港ターミナルに着くとそこには馬鹿でかい客船が停泊していた。
「なんだ、こんな大きな客船なんて見た事が無いぞ」
「東京まで行くって言うから、ちょっと寄り道してもらったの」
「ちょっと寄り道って、あなた達はいったい」
「それは、ヒ・ミ・ツ」
潮さんが嬉しそうに口に人差し指をあてている。
「俺、船苦手なんですけど」
「男の子がグズグズ言わない。可愛いかったけどね、うふふ」
「マジ、勘弁してください」
海は何も言わず俺の腕にいつまでも抱きついたままだった。
『確実に迷子になるな』それくらい大きな船でクルーは日本人が殆どだけどお客さんは外国人ばかりだった。
デッキに出て水平線しか見えない海を見ていた。
俺が石神島に来た時も船だったけど本島経由で1週間くらい時間がかかった気がする。
「不安そうな顔をしないの、大丈夫よ。鬼たちも海の上では襲って来ないわ。それに、あなたが影を消滅させたから退魔の力があると分かっているはず。だからしばらくは安全よ」
「海はどうしているんですか?」
「部屋で寝ているわよ。心配?」
「別に」
「素直じゃ無いんだから」
不意に声がして潮さんが現れ素っ気ない返事をすると仕事があるからと言い戻っていった。
船旅はとても快適で何より色々な事を見つめなおす時間が出来た。
そして俺は船旅の大半をデッキのサマーベッドで過ごしていた。
いろいろな事の大半は過去の事を考えていると時々断片的に記憶がフラッシュバックする。
校舎裏・不良グループに囲まれている・突然割れるガラス
覚醒したあの時の感覚が甦りゾッとする。
幼い頃、婆ちゃんが俺の額に指を当て何かをつぶやいている。
「お前は、出逢い必ず助けてくれる」
「愛は力なのよ、宿命は変えられない、でもね・・・・」
「まだ、お前に難しいかな」
霞がかかっていてぼんやりとしか思い出せない。
バイクで事故に遭い病院に担ぎ込まれ泣いているお袋を見た瞬間に重傷の俺を殴りつけたクソ親父の事など。
とりあえずいろんなことが頭に浮かんでは消えていく。
そして、これからの未来の事も考える。
海の事・石垣島の事・家族の事
不安が無いわけじゃない不安でしょうがない。
でも今、考え込んでも仕方が無いのだと言い聞かせる。
『ナンクルナイサー』
島で教わった言葉だった。