内地へ-2
その頃、海と美夢たちは街中のアーケードを抜けた所にある。
甘い物大好きな女の子御用達のバニラハウスに向かって歩いていた。
「海ちゃんて兄弟いるの?」
「3人姉妹だょ」
そんな事を話しながら歩いていると潮さんが手を振りながら海に微笑んだ。
「いたいた、海、お久しぶり」
「えっ、潮お姉ちゃん。どうしたの? 突然」
「はじめまして、私、海ちゃんの友達の睦月美夢って言います」
礼儀正しい美夢が潮に自己紹介をして頭を下げた。
「はじめまして海の姉の潮です。宜しくね」
「ねぇねぇ、海ちゃん。お姉さんすごく綺麗な人だね」
「あらあら、ありがとう。私、素直な子が大好きよ。これから何処かに行くのかしら?」
「この先にある、バニラハウスで甘い物を食べに行こうかと」
「じゃ、お姉さんがみんなにご馳走してあげる、その代わりご一緒させて頂戴ね」
「やった! ラッキー。海ちゃんのお姉さんって大人な感じで素敵だね」
「でも、お姉ちゃん怒るとものすごく怖いんだよ」
海が小声で言うと美夢が可笑しそうにつぶやいた。
「そう言えば如月先輩も海ちゃんが怒るとすごく怖いって言ってたけ」
「隆羅、コロス」
「クシュン! 風邪でもひいたかな」
ここはアパートから程近い登野城漁港でサザンゲートブリッジが良く見え。
考え事をする時に良く来る場所だった。
潮さんの強引なやり方に腹が立ちアパートを飛び出してきて防波堤の上に腰を下ろし。
何をする訳でもなく海を眺めていた。
心地良い風が頬をくすぐり時間が静かに流れていく。
しばらくすると聞き覚えがある声がして見ると美夢が自転車に乗って近づいてきた。
「如月先輩~」
「もうお開きか?」
「海ちゃんのお姉さんが来て2人で話がしたいからって。それに時間も時間だしね」
自転車を降りて美夢が防波堤の下まで歩いてくる。
空はまだ明るかったが腕時計を見ると美夢の言うとおりだった。
「もう6時過ぎか石垣島は日が長いからな」
「先輩はこんな所で、何しているのですか?」
「な~んも別に」
とりあえず惚けてみた。
「また、隠し事ですか?」
「そんなんじゃないってば本当に、それにいつ俺が隠し事した」
「海ちゃんの事とか、海ちゃんの事とか」
「海の事は不可抗力だよ」
ふっと空を見上げると何かが動いた気がしてサザンゲートブリッジの出来事が脳裏をかすめる。
嫌な予感は的中するものでその影は美夢の真後ろに舞い降りた。
「鍵を渡せ」
「美夢、逃げろ!」
咄嗟に声を上げるが美夢は黒い蝙蝠の様な化け物に腕を掴まれて気を失ってしまい影の足元に崩れ落ちた。
「鍵を渡せ!」
「言っている意味が分からないが。美夢に手を出すなよ」
防波堤から降りて美夢を何とか助け出そうとするが体が動かない。
相手が人間でも足が震えて何もできないかもしれない。
それなのに目の前に居るのは見た事もない化け物で。
それでも美夢を見捨てるなんて選択肢は持ち合わせて居ない。
影が足で美夢を抑えようとした瞬間に俺の頭の中で音を立てて何かが弾けた。
体中が熱く体の中に溶鉱炉があるみたいだ。
何かがものすごい勢いで膨れあがってきて意識が飛びそうになるのを必死に耐える。
右腕を見るとタトゥーの様な模様が浮かび上がっていた。
何が起こっているのかまったく理解出来ない。
理解とかの問題じゃなくすでにそんなは遥か彼方にぶっ飛んでいた。
この感覚はどこかで……
訳もわからず雄叫びを上げていた。
すると近くに立っている街灯が爆発する様に割れた。
何故だか影が苦しんでいるが頭が割れてしまいそうになり再び雄たけびを上げる。
眩い閃光が走り凄まじい炸裂音が響きわたり離れた所に止めてある車のフロントガラスが割れ。
影が消し飛んだ瞬間に胸に激痛が走り意識が途切れた。
夢を見ていた。
子どもの頃に何処かの池のそばで泣いている女の子と何かを探していた。
そして女の子が笑っているように見える。
『誰にも絶対に内緒だよ』
顔はよく分からなかったが女の子の言葉が蘇り青い光に包まれ目が覚めた。
「ここは俺の部屋か?」
見慣れた俺の部屋の天井が見える。
頭が割れそうに痛く起き上がろうとすると体中に激痛が走った。
「痛ってぇ、何なんだ。そう言えば美夢が、美夢」
「まだ、起きちゃ駄目!」
意識がはっきりして美夢の事を思い出し無理に起き上がろうとすると海に止められてしまった。
「彼女は大丈夫ですよ。ちゃんと家に送りしました。気を失っていて何も覚えていないようでしたけど。何があったのですか。私たちが行った時には2人が気を失って倒れていただけでしたけど」
とても静かな潮さんの声で言われ影が現れてからの事を全て話したが、頭の中で何かが弾けてからの記憶はとても曖昧だった。
俺の周りで起きている事は全て海と出会ってから起きている。
潮さんなら知っているかもしれないと思い口を開こうとすると先に潮さんが切り出した。
「如月君は海から何処まで聞いているのかしら」
「水の精・門番・鍵を落とした事。それと鬼に狙われている事です」
「私たちが水の精であることは、知っているのね。この事は誰かに話した?」
「いいえ、誰にも。話したところで誰も信じてくれないでしょう」
俺に全幅の信頼を寄せている美夢ですら笑い飛ばすだろう。
俺自身ですら悪い夢だと思いたい。
「ありがとう。あなたは信じてくれるのね、優しいのね」
「でも、水の精って一体」
「如月君も聞いた事があるでしょう。人魚・龍・河童、全て水の精であり水の妖かし。セイレーンとかライン川のローレライも仲間みたいなもの。そして、私たちは人の世とあの世を結ぶ門番の一族なの」
「門は、いったい何処に在るのですか?」
気になる事や疑問思う事はこの際すべて聞いておくべきだろう。
「その門は何処にでも在って何処にも無いものよ。水はあの世の通り道って聞いた事無いかしら。水さえあれば門は何処にでも現れる」
「あれですか、お盆に海に行くなってやつ」
「それもその一つ、お盆には門が開きやすくなるから」
「その門の鍵が今はあなたの体の中にあるの」
そんな事が信じられる筈もなく。
あり得ない話を聞いて全身から力が抜けていくのを感じる。
「俺の体の中に? まさか」
「それは事故と言うか偶然と言うか。海ちゃんが鍵を運んでいる時に落としちゃって、たまたま下にあなたがね」
「ねって。それって、あの水色の光の玉が海だったんですか?」
俺の質問なんて答える意味がないくらいにしか思っていないのか潮さんが話を続けた。
「あなたの体の中の鍵で門を開けてしまうと完全にあの世と繋がってしまう。そうなれば人間の世界は地獄と化してしまうの。それを企んでいるのが鬼と呼ばれる者たちよ。そして、あなたを狙ってきた影は鬼が使う使い魔。鬼は陸上の動物を使い魔にする事が出来るの。多分あれは元々コウモリね。ここからが如月君あなたの体についてのお話。あなたの事を調べさせてもらったわ。あなたの体には退魔師の血が流れている。それも少し特別な退魔師の末裔なのよ、あなたは」
「俺が退魔師の末裔? そんな冗談みたいな話は両親にすら聞いたことがないですし。信じるつもりはありません」
「これは冗談じゃないわ。あなたの名前の『羅』の文字それは代々受け継がれてきた文字よ。もちろんお母様の名前にも含まれているわよね。少し特別なって言うのはあなたの一族は鬼の力で鬼や妖かしを封じている。簡単に言うと退魔師の血じゃなくて鬼の血が流れているの」
俺の体に鬼の血が流れているとすれば俺が化け物と同じだと言う事になる。
気が遠くなりそうだが潮さんの話を聞けば聞くほど頭が混乱していく。
「鬼の力を発動させると体に文様が現れる事くらいしか私たちにも分からなかった。鬼の力は、全てを燃やし尽くす業火。そして私たちの力は業火を消し去る水の力。そして2つの力は決して交わらない。しかし、今あなたの体の中には鬼の力と水の力が混在している。これはありえない事なの。あなたは特異体質なのかもしれない。今のあなたには力を制御できていない。もし力を全て放出してしまえば廃人か死が待っている。今回はあなたの中にある鍵の力がたまたま相殺しあってこれだけで済んだけど非常に危険で不安定な状態なの」
そんな事を話されてもいまだにピンとこない。
俺にどうしろと言うのだろう。
俺自身の力でどうにかなる問題じゃない事だけは確かだ。
思わず奥歯をかみ締める。
「鍵を取り出す方法は無いのですか?」
「それも今は解らないわ。普通の人なら鍵に触れた時点で何も覚えていない筈なの。それに鬼の力と合わされば本来なら大変な事態になっていた事だけは事実よ」
疾うに理解の範疇を超えていた。
普通に暮らし普通に生きてきたそんな俺が周りの人間を大切な仲間を巻き込んでいる。
俺の所為で美夢をあんな危険に巻き込んでいたなんて。
「後悔しているのね。あの子を巻き込んでしまった事を。それはあなたの責任じゃないわ。でもここにいればまた同じ事が起こる可能性はあるわね」
潮さんの言葉が決め手となった。
『俺はここに居てはいけない存在なのだと』
彼女たちに従う今の俺にはそれしか出来なかった。
ひと通り話し終わると海のお腹の虫が鳴いて。
緊張感がない奴だなと思い鼻で笑ったら鉄拳が飛んできた。
「あらあら、うふふ」
「潮さん笑ってないで何とか言ってください」
「仲が良いのね」
「コンビニで食べ物、買ってくる」
海が部屋を出ようとしたので財布を渡すと嬉しそうに買い物に行ってしまった。
いつの間にか体や頭の痛みが無くなっているのに気付く。
潮さん曰く、水の力(鍵)にはヒーリングの力もあるとの事だった。
体の痛みも無くなったのでシャワーでも浴びようかと思いベッドから起き上がって歩き出すと潮さんが忠告してくれた。
「体に文様が出ている時は、水に触っちゃ駄目よ」
「はいはい、分かりましたよ」
「本当に分かったの?」
「何がですか。文様なんて何処にも出ていないじゃないですか」
シャワーを出した瞬間にそれは起きた。
仕事中に単相の200Vに感電しアニメの様に全身がビリビリした経験があるが。
そんな比ではなく意識が吹き飛んだ。
「うふふ。体に教えないと駄目なのかしら? 如月君って。力を放出し過ぎると死んじゃうから」
「感電するなんて。そんな事言ってないでしょまったく」
「でも、如月君って可愛い。うふふ」
「可愛いって何がですか!」
「あれも。それとしばらく私もここに住むからヨロシクね」
文様が薄らと残っていて感電し吹っ飛んだ俺を運びだして体を拭いてくれたのは潮さんだった。