パイパティローマ-5
岬の先、海は後ろから闇に押さえ付けられていた。
「お姉ちゃん」
「今は、隆羅を信じなさい。いつも守ってくれたでしょ」
海が不安そうな声を上げると海岸線にバイクのエキゾーストが響いた。
「来たわ。全てを手に入れるですって。そんな事、あなたには絶対に無理ね」
「ほざけ、貴様如きに何が分かる」
「分かるわ。強さしか知らないあなたは弱さを知っているあの子には到底敵わない。鉄は打たれ続けて刃になる。あなたはただの鈍らよ」
「死に急ぎたいみたいだな、殺れ」
黒い大蛇が潮の体を締め上げ体がミシミシと軋む。
潮の顔が歪み歯を食いしばり痛みに耐えると背後から誰かの足音が近づいてきた。
片手をあげ指を鳴らすと潮を締め上げていた蛇が消し飛んだ。
「何者だ!」
闇が叫ぶ先に隆羅が立っていた。
「隆羅……」
海の目から涙が溢れた。
「待たせたな。迎えに来たぞ。今、行くから。もう少し待っておけな」
「うん、分かった」
「潮さん、変なプレーをこんな所でしちゃ駄目ですょ。本当に」
「遅かったじゃない。それにそんな事してないわよ。その格好は何なのボロボロじゃないの」
潮さんに言われて見るとジーンズは破れジャケットも擦り傷だらけだった。
「来る途中でこいつ轢きそうになってコケちゃったんです」
ジャケットの中から子猫をつまみ出す。
「ガキ1人ぶっ飛ばしに来るのに。目覚めが悪いじゃないですか」
「あなたって子は。心配ばかりかけて」
「いつも、すいません。こいつの事お願いします」
子猫を潮に渡し呟くと潮さんの顔が一瞬強張った。
「ゴチャゴチャ言わずに、鍵を渡せ!」
「うるせえな、久しぶりの再会なんだ。ガキがギャーギャー喚くな!」
「何だと!」
「キルシュ!いつまで寝ている。起きろ!」
指を鳴らすとキルシュの体が青く光り何かに弾かれた様に飛び起きた。
「隆羅! てめえ、もっと優しく起こせ!」
「そんだけ、元気があれば上等だ。潮さんに付いて居ろ」
「あなた、水の力まで」
潮が呟いて微笑んだ。
「ガキが、仮は返すぞ!」
足を蹴りだし瞬時に間合いを詰める。
回し蹴りを闇の頭にぶち込むと闇の体が横に吹き飛んだ。
宙を舞う闇の体にカカト落しを闇の体に叩き込むと闇の体が地面に打ち付けられた。
「貴様、いったい何をした」
「仮を返しただけだ。海、待たせたな」
海に近づくと闇がニヤと笑った。
鬼の様な形相になった海が向かって来た。
海の手をつかみ暴れる海の体を片手で強く抱きしめる。
「てめえ、だけは絶対に許さねえ! 強引なやり方で人の自由を奪うヤツが俺は大嫌いなんだ」
「ほざけ、貴様に何が出来る。俺の術が解けるか」
「弱いヤツほど良く吼える訳だ」
海の頭に優しくキスをすると青い光が煌いた。
海が大人しくなり目に光が戻りその瞳から大粒の涙が零れた。
「隆羅、隆羅、隆羅ぁ」
「泣くなって。大丈夫だ。なぁ」
「うん」
海の頬を優しく撫でて海の頬にキスをして抱き上げ潮さんに向かい歩き出す。
「舐められたものだな、退魔師の小僧に」
巨大な炎の塊が渦を巻き向かってくる。
「風よ、抱け」
呟くと突風が吹き俺と海を包み込んで炎は全く届かなかった。
「海、潮さん達と一緒に居てくれ。いいな」
「うん、分かった」
「ターちゃん、あなた。風の力まで」
潮さんの瞳が全てを語っている。
だけど決めたんだ運命を捻じ曲げると。
「何とかしてみますよ。キルシュ頼んだぞ」
「お前に言われるまでも無い」
「寝ていたくせに」
「ウルサイ、早く片付けろ!」
「ああ、ボッコンボッコンのギッタンギッタンにしてやる」
闇に向かって真っすぐに歩き出す。
「ふざけるな、殺れ!」
「うざいんだよ!」
無数の黒い影が飛び掛かってくる。
右腕を振り出すと辺り一面をクリアーオレンジの炎が包み影達は消し飛んだ。
「これは潮さんの分」
右手で電撃を闇の体にぶち込む、閃光が走り闇の体が吹き飛んだ。
「そして、キルシュの分」
渾身の力を込めて蹴り上げる、闇の体が宙を舞った。
「これが 海の分だぁ!」
右手を振り下ろす、落雷が直撃し闇の体からブスブスと音を立て煙が出ている。
力を放出し続け息が上がる。
「はぁ、はぁ、これで終わりの筈が無いだろ立て!」
闇がフラフラと立ち上がる。
「ヒィヒィヒィヒィヒィヒー これでも喰らえ!」
闇が狂った様に叫ぶと潮さん達の目の前で炎が膨れ上がる。
「水神、来い!」
拳を力強く握りしめ引き寄せると海水が音をたて立ち昇り龍が現れ横をすり抜け炎を一飲みにした。
「水龍まで神だと言うのか。そんな筈は無い。貴様、何者だ!」
「俺か。俺はな。神でもねえ。 鬼でもねえ! みんなの笑顔が大好きなぁ! 水無月 海の恋人の! ヘタレの如月隆羅だぁ!」
雄叫びを上げると大気が震え。
そして闇の体がガタガタと震えていた。
「こ、この俺様が恐怖を感じていると言うのか。そんな馬鹿な。こうなれば、器だけでも頂く。来い!」
大きな鳥の影が現れたかと思うと海を一掴みにし。
鳥の足を逢魔の闇がつかむと大空へ飛び立ち海上で羽ばたいている。
「所詮、人間如きが空は飛べまい」
「だから、お前みたいなガキは大嫌いなんだ。誰かを愛しく思い。強く願う愛の力は無限の力なんだ!」
力強く駆け出し両手を広げ岬からダイブする。
「風神、駆け昇れ!」
風が海面を走り岬にぶつかり強い上昇気流が起こり、銀色の翼があるかの様に体が空高く舞い上がった。
「小賢しい、手も足も出せまい」
「風神、斬!」
腕を太刀のように振り払う。
風が刃に変わり鳥の羽を切り裂いた。
「鎌イタチだと。しまった」
鳥がバランスを崩し。海が真っ逆さまに落ちる。
「風神、舞え!」
海面で爆発音がして風が海の体を優しく舞い上げた。
「大丈夫か、海」
「うん」
海の体を優しく抱きしめる。
「クソ、これまでか」
「逃がすか。水神、打て!」
水龍が駆け昇り尾で闇を撃ち付ける。
「ふざけるな、貴様」
「ガタガタと騒ぐな! 風神、乱!」
乱気流が闇を飲み込み闇の体がクルクルと舞っていた。
「海、お前に鍵を返さないとな」
「えっ、隆羅それっ……」
海に優しく口付けをして続きの言葉をかき消すと体が綺麗な水色に光り輝きだし2人をを包み込んだ。
光が少しずつ海の体へ移動して一瞬輝きを増して静かに海の体の中に消えて行った。
そっと海から離れる。
「キルシュ、来い!」
海を見つめ海の体をそっと離した。
優しい風に包まれ海の体が岬に静かに降りていく。
海に向かって口を動かす『あ・い・し・て・い・る』海は隆羅に両手を向けて首を横に振る事しか出来ない。
海の体を潮とキルシュが受け止めた。
「逢魔の闇よ! 俺はこの世に必要の無い物など一つも無いと信じてきた。だがお前だけは、この世に在ってはならないんだ。俺が2度と現れられない様にしてやる。覚悟しろ!」
気高くそして力強く隆羅が叫んだ。
耳を刺す様な音がする。
「大気が怒りに震えている」
潮が海を抱しめながら呟いた。
「雷神! 吼えろ!」
凄まじい放電現象が起き海面と天空を繋ぎ強烈な雷鳴が轟く。
巨大な光が当たり一面を包み込み全ての音を掻き消す。
逢魔の闇が光に飲み込まれ跡形もなく消滅した。
光が消えると体が崩れ落ちゆっくりと海に落ちていく。
「隆羅!」
海の叫びだけが響きわたった。
凪、約束守れそうにないや、ゴメン
お袋、親父。茉弥を頼む
潮さん、海を宜しく頼みます
海、誰よりも愛している
隆羅の体が海の中に消え。
そして、隆羅が大好きだった海に包まれていった。