パイパティローマ-3
海は見もしないテレビが寂しさを紛らわせる為つけられている部屋に居た。
「あら、キルシュあなた何を咥えているの。それを私に?」
それは隆羅がいつも首から下げていた羅閃だった。
キルシュが海の手の平に置いた。
「これもしかして隆羅からなの嬉しい。私には隆羅がいっぱい」
微笑みながら首に掛けて腕のふたつのブレスレットを触りながら眺めている。
「ねぇ、キルシュ聞いて。お正月に隆羅と2人で秘密の岬に行ったって言ったでしょ。あそこね千葉の勝浦って所の近くなんだって。また隆羅と行きたいなぁ。早く隆羅帰って来ないかなしら。そうしたらいっぱいお話して2人で色々な所に出掛けるの。待ち遠しいなぁ」
「キルシュ。キルシュ何処に居るの?」
潮の呼ぶ声がしてキルシュは海の部屋をでて書斎に向かう。
海がテレビのニュースをみてガタガタと震えだした。
「呼んだか」
キルシュが潮の書斎に入って来た。
「この書類をラボに持って行ってちょうだい」
「そんな事自分でしろ。俺はあのへタレみたいなパシリじゃないぞ」
「手が離せないから頼んでいるのでしょ」
「嫌だ」
「あなたのマスターは誰なの」
「名付け親の海に決まっている」
「本当に腹が立つ。あの首輪を着けられたいの自分じゃ外せないわよ」
「わ、分かった。ラボに持って行けば良いのだな」
潮の脅しに屈してキルシュがラボに書類を届け。屋敷に戻り廊下を歩いていると海の部屋のドアが開けぱなしになっていた。
中を覗くと海の姿はなかった。
「海のヤツ、何処に行ったんだ?」
隆羅の自宅では沙羅は買い物に出掛け茉弥と凪がダイニングで遊んでいた。
「茉弥ちゃん待って、ずるいょ」
「ずるくないもん、ここまでおいで」
「もう、よーし。それ、捕まえた。くすぐちゃうからコチョコチョコチョ」
「キャー嫌。止めてゴメンなさい許して」
茉弥が暴れて手にテレビのリモコンが当たりテレビがついてしまう。
テレビを見ると海が見たのと同じニュースが流れ凪がニュースを見て慌てだした。
「えっ、嘘。どうしよう」
「凪ちゃんどうしたの?」
「どうしよう、どうしたら良いの。分からないよぉ」
「凪ちゃんてば」
「茉弥ちゃんどうしよう。ねぇ、大変だよ」
「困った時はママか潮姉さまに言いなさいって言われたでしょ」
茉弥に言われ凪が我に返り電話をし始めた。
潮は書斎で仕事がはかどらずイライラしていた。
「キルシュのヤツ遅いわね何処で油売っているのかしら。役立たずなんだから」
そこにキルシュが何食わぬ顔で戻ってきた。
「今まで何をしていたの。遅いわよ」
「いや、海のヤツが部屋に居なかったから少し屋敷の中を探していたんだ」
「海が?」
その時、電話が鳴った。
「はい、水無月」
「潮お姉ちゃん大変だよ。兄貴が、兄貴が」
「凪、あなた何をそんなに慌てているの? 落ち着きなさい」
「テレビだよ、テレビのニュースを早く見て」
潮がテレビをつけるとあのニュースが流れた。
『本日未明、愛媛県の山中で身元不明の男性の遺体が発見されました。年齢は20代から30代くらい。身長は180センチメートル死後数日……』
「凪落ち着きなさい。隆羅と決まった訳じゃないでしょ。警察に確認を取り連絡するから茉弥ちゃんと大人しくしていなさい。分かったわね」
「うん、分かった。急いでね」
潮が愛媛の警察に確認を取ると警察は今しがた身元が分かり遺族に連絡をしたとの事だった。
「どうだった?」
「人違いよ。今、凪にも連絡したわ」
潮がキルシュの『海が部屋に居なかった』と言う言葉を思い出した。
「キルシュ。大至急、海を探しなさい」
「判った」
「まさかあの子、このニュースを見て……」
しばらくしてキルシュが戻ってきた。
「隈なく探したが何処にも居なかったぞ」
「迂闊だったわ、あの子何処に行ってしまったのかしら。キルシュ心当たりは無い?」
「勝浦がどうのって言っていたが」
「詳しく話しなさい」
「正月に隆羅と行った秘密の岬が勝浦の近くで。また隆羅と行きたいと」
「後は車で聞くから。海を追うわよ」
潮とキルシュは屋敷を飛び出した。
海はテレビのニュースを見て今まで張り詰めていた物が途切れてしまった。
屋敷を飛び出して国道沿いをフラフラと歩いていて不意に車道へと歩き出す。
大型トラックが急ブレーキを掛け悲鳴を上げている。
寸前の所でトラックが止まった。
「ボケがぁ。死にたいんか。このドアホ?」
ドライバーが海の顔をみて驚いた。
見たことも無いくらい綺麗な女性が茫然自失としていたからだ。
「おい、サトシ。様子見てき」
「へい」
助手席の若い男がトラックから飛び降りて海に駆け寄った。
「姉さん危ないやんか、なにしてんねんな、ほんまに」
「勝浦」
「姉さん、勝浦に行きたいんかぁ。ちょい待ちや」
海が頷くと男が運転手を見た。
「兄貴、この姉さん勝浦まで行きたいみたいやで」
「ついでや、乗せたりい」
「へい、兄貴。さぁ、姉さん乗った乗った」
海を乗せると水産会社の大型トラックは勝浦に向けて走り出した。
「兄貴、それにしても。えらいベッピンさんでんな」
「そやな、でも大丈夫かいな。顔真っ青やで」
「なぁ、姉さん。どないしたんや、なんかあったんかいな」
海は何も言わず流れる景色を見続けていた。
隆羅は眠れぬ夜をすごし。
早朝空港に行き朝一便に乗り東京に向かっていた。
「11時前には家に着けるか。でも本当にあそこに答えはあるのか」
不安だった。
しかし、しばらくすると爆睡していた。空港に着き起こされるまで。
千葉の山の中の『喫茶 風』でも。
「おやっさん。しかしこの写真の女の子。メチャ綺麗ですね」
「ミノルもそう思うか。あのキングの息子の彼女だぞ」
「へぇ、もの凄いカップルすね」
そこに馴染みの客がやってきて手伝いのミノルがカウンターに戻る。
「ちゎーす。おやっさん、ホット2つね」
「おっ、ケンジにサトシか久しぶりだな」
「何を見てはったんでか。あれ、これって。兄貴」
若い男が写真を見て手招きをした。
「なんや、やかましいの。どないしたんや」
「この写真、あの姉さんとちゃいますん」
「どれ、ほんまやな。不思議な事もあるんやな」
「おいおい、お前達。何処で見たんだ」
ひげ面のマスターが目を丸くして驚いた。
「横浜でいきなり車の前に飛び出してきはって。勝浦に行きたい言わはったから。少し前に勝浦においてきましてん」
「で、誰なん?」
「伝説のキングの息子、隆羅の彼女だ」
「はぁ? 関東一円を締めてたちゅキングのでっか。しかし隣の息子はヘタレにしか見えへんけどな」
「隆羅はヘタレじゃねえ。とんでもなく凄い事を普通にこなしちまうから本人は自分をヘタレだと思っているが。なんてたってあのラルフを千切った唯一の男だぞ」
「ラルフって、無敗神話の貴公子のでっか。そんなアホな。おやっさんは冗談きついわ」
「冗談なんかじゃねえよ。俺はこの目で見たんだ。非公式だったがまるで風の様な走りだった。コーナーをほぼノーブレーキで抜けて行きやがる。あんな芸当はあいつ以外に出来ねえ。幻の1敗を付けたのは間違いなく隆羅だ。そしてそこで付いた二つ名が『神風BOY』だ」
「サトシは若いから知らんかも知れんけどな。キングの息子にはもう一つ二つ名があんねん、な、おやっさん。その名は『キッド』や。走り屋しとってこの2人を知らんヤツは潜りやで」
「サトシもまだまだやな」
潮は車を猛スピードで走らせていた。
「キルシュ、詳しい話をしなさ」
「正月に隆羅とバイクに乗りアクアラインを通って山の中のおやっさんのお店でお汁粉をご馳走になったと。それからしばらくすると海が見えてきて岬に行ったと言っていたが」
「本当に、それだけなのキルシュ」
「隆羅の父親と母親の思い出の場所だとか言っていた」
「判ったわ、飛ばすわよ」
「おい、潮これ以上か。勘弁してくれ」
キルシュの尻尾は既に足の間に巻き込んでいた。
『喫茶 風』の前の国道をもの凄いスピードで1台の型の古い国産車が駆け抜けた。
「おやっさん、あれってクィーンちゃいまっか?」
「ケンジ、本当か」
「ええ、あれは間違いなくクィーンでっせ」
「何が起るんだ? 今日はキッドの彼女に。クィーンまでもか。寒気がするぞ」
海は隆羅との思い出の岬で隆羅を思い1人で泣いていた。
「隆羅。私はこれからどうしたら良いの」
「ふふふ、こんな所に居たのか」
不意に後ろから声がして海が振り返るとそこには逢魔の闇が立っていた。
体が震え強張り思う様に動かない。
「な、何故、あなたがここに居るの?」
「鍵の器のお前を探していたのだ。鍵と器が揃わなければ話にならないからな、とりあえず器のお前から回収してやる」
「嫌よ」
「逃がすか、バカが」
逃げ出す海の髪の毛を逢魔の闇が鷲掴みにすると海の体がビクッとして意識を失った。
「さぁ、後は鍵だけだ。さてこれからどうしてやろうか。この腕の仮は必ず返してやるからな。退魔師の小僧」
隆羅の自宅では沙羅が隆羅の帰りを待っていた。
「凪ちゃん、マーちゃん。あら? お返事が無いわね」
2階の茉弥の部屋を覗くと安らかな顔が2つそこにあった。
「あらあら、凪ちゃんは安心して寝ちゃったのね。茉弥も釣られて寝ちゃったのね、きっと」
玄関のドアが開く音がする。
「お袋いるのか?」
「タカちゃん。2人が寝ているの。シィーよシィー。居間にいてちょうだい、お茶を入れるから」
お袋がお茶を運びながら居間に入ったきた。
「遅かったのね」
「心配を掛けてすまない」
「いいのよ、そんな事。無事ならそれで」
「お袋」
「そんなに急かさないの今日は大変だったのよ。ニュースで愛媛県の山の中で身元不明の若い男性の遺体が見つかったって流れたから。それを凪ちゃんが見て潮さんに連絡して。買い物から帰って来たら凪ちゃんが泣いているし。人違いだって潮さんから連絡があったから今は安心して上で茉弥と一緒に寝ているわ」
「そんな事が。凪にも心配掛けているんだな」
「凪ちゃんだけじゃないでしょ。みんなあなたの事が心配なのよ。それより何でいの一番に海ちゃんの事を聞かないの。しょうのない子ね、連絡が無いから大丈夫でしょ。何かあれば連絡くれる様になっているから」
「お袋それで」
「海ちゃんの事が心配でしょうがないのはとても良く分かるけど。あなたが黙って居なくなるのがいけないんでしょうが。本当に鉄砲玉なんだから。まぁ、いいわ、今さら言ったってしょうがないものね。覚悟は出来ているんでしょうね。たとえどんな結果が待っていても」
「ああ、出来ている」
「それなら良いわ。目を閉じなさい」
目を閉じるとお袋が額に優しくキスをした。
その瞬間、体中でモヤモヤしていたものが一瞬にして鮮明になった。
「お袋、ありがとう」
「いいえ、ママに出来るのはここまでよ」
「茉弥に会って来る」
「求めていた答えが見つかったのね」
「ああ、これで茉弥はもう大丈夫なはずだ」
2階に上がり茉弥の部屋に入ると茉弥のベッドで2人が寄り添うように眠っていた。
そしてお袋がしたのと同じ様に茉弥の額に優しくキスをした。
茉弥の体が一瞬ビクンとしたが直ぐに寝息を立て始めた。
そして凪の額にもキスをすると凪が目を覚ましてしまった。
「兄貴なの?」
「凪、ただいま」
凪の顔がクチャクチャになり抱きついてきて優しく抱きしめた。
「もう、大丈夫だ。安心しろ、これから海に会って来る。そしてパイパティローマを探しに行くんだ。きっと帰ってくるからな」
「うん」
「じゃ、行ってくるから」
茉弥の部屋を出て下に降りると玄関には沙羅が待っていた。
「パパが土手に居るわ、会ってから行きなさい。みんなが待っているのよ。必ず海ちゃんと一緒に帰ってきなさい。分かった」
「ああ、分かった。お袋、茉弥と凪の事を頼むぞ」
お袋が用意してくれたライディングジャケットを受け取り玄関を出て土手に向かう。
海岸線を走りながら秘密の岬を潮とキルシュが必死に探す。
「確か、この辺のはずなんだけど」
「おい、潮。あれじゃないか」
キルシュに言われて見ると岬の上に人影が見えた。
「キルシュ、行くわよ」
車を止めて獣道を走る。
そして岬に着くと既に逢魔の闇がいてその足元に海が倒れていた。
「キルシュ!」
潮が叫ぶとキルシュが闇に飛び掛り、軽い打音がしてキルシュが吹き飛んだ。
「使い魔如きが俺に何の用だ。バカが。お前はあの時の水の者だな」
「海を返してもらうわよ」
「取り返せるものなら取り返してみろ。何も出来ないくせに」
潮に敵う相手ではなかった。闇の殺気だけで息苦しくなり体が動かないのだから。
「来ないのなら。こちらから行くぞ」
闇が横に手を振り払う。
それと同時に潮の足元で黒い影が動き、潮の体に巻き付いたのは大きな蛇の使い魔だった。
「くっ、苦しい」
締め付けられ息が出来ず意識が遠のく。
「やめろ」
闇が言うと蛇が締め付けるのを止めた。
「はぁ、はぁ……」
「直ぐには殺しはしない。じっくりと料理してやる」
潮が隆羅の名を渾身の力を込めて叫んだ。