パイパティローマ-2
隆羅は山の中を彷徨い続け。そして、倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、か、体が熱い……海……」
そして意識を失った。
みんなの前から姿を消した隆羅は四国の松山空港にいた。
「この時間じゃ今日は無理か。市内まで行ってとりあえず宿でも探すか」
バスに乗り込み松山市内へ向かった。
その姿をじっと見つめる黒いフクロウの影があった。
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ。鬼喰いの末裔よ」
市内に着き安い宿を見つけ早めに食事を済ませ休む事にした。
「クソ。だりぃ」
怪我をしてる右腕が熱を持ち始めているのを感じた。
翌朝、市内から高速バスに乗り一時間かけて鬼沢峠に着く。
そしてそこから日に数本のバスに乗り換えさらに山道を1時間走った山に囲まれた麓のバス停で降りる。
「やっとかよ。しかし相変わらず凄い山の中だな、ここは」
子どもの頃に数回訪れた記憶を頼りに山の中に歩き出した。
「こんな所にまだ集落が残っているのか?」
所々に建つ家を回り尋ねるが余所者には皆口を噤んだ。
「ここまで来て収穫ゼロか。クソッ」
山道の脇に座り休んでいるとチョロチョロと水の流れる音が聞え音の方を見ると岩清水が湧き出していた。
「おお、ラッキー」
手で水を受け喉の渇きを潤して顔を洗った。
「ああ、気持ち良い」
「この土地の者ではないな」
「うわぁ」
まったく気配を感じなかったのに背後から声がした。
驚いて振り向くと黒い作務布の様な物を着た白髪の小柄な爺さんが立っている。
「そんなに驚く事も無かろう。このヘタレが」
「クソ、知らない爺さんまでもがヘタレ呼ばわりかよ」
口は悪そうだが何故だか嫌な感じがしなかった。
「何をコソコソと嗅ぎ回っておるのじゃ。この地の者は何もしゃべらんぞ」
「俺の婆ちゃんの事を知りたいんだ」
「婆ちゃんとな」
「ああ、名前は綺羅。苗字は確か」
「お主、葉月の者か。鬼喰いの」
「そうそう、葉月って。知っているのか婆ちゃんの事」
「知りたいのなら、わしに着いて来い。ここじゃ不味いからの」
爺さんは山の獣道を俺の事などお構いなしにズンズン歩いて行った。
どのくらい山の中を歩き続けたのだろう。だんだん意識が朦朧としてきた。
「はぁ、あの爺さん早いな歩くの。化け物じゃないだろうな。俺を山奥に連れて行って喰う気じゃないだろうな」
「誰が化け物じゃ。それにそんなに不味そうなヘタレ誰が喰うか。馬鹿者が」
そしてまだ歩き続けた。
「ヤバい、目が霞んで来…… 」
天と地がヒックリ返り落ち葉の上に倒れ込み意識が遠のいていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、か、体が熱い……海……」
「しょうもない。その傷ではしかたあるまい」
何かがパチパチ燃える音で目を覚ました。
横を見ると囲炉裏がありその中で炭が赤く燃えている。
囲炉裏の向うには爺さんが座っていて。起き上がると体が軽くなり右腕の熱は引いていた。
右手を見るとすり潰された薬草の様な物が塗られた布が巻かれている。
「気が付いたかの」
「これは、爺さんが?」
「その怪我で山に入るなど命が要らんのか。お主は」
「でもそれは」
「お主が死ねば。悲しむ者達がたくさん居るのではないのか」
何も言い返せなかった。
「まぁ、よい。これでも飲め、薬じゃ」
湯飲みの中には緑色の液体が入っていて言い様の無い臭いがしたが我慢して一気に飲み干した。
「にがぁ」
「良薬は苦い物と相場が決まっておるのじゃ」
「して、わしに何が聞きたいのじゃ」
「俺に施されている封印の解き方と俺の中にある何か解らない力について知りたい」
「困ったのう。それはわしにも判らん」
「判らんって、こんな山奥まで連れてきて」
「着いてきたのは、お主の勝手じゃろうが」
「それは、そうだけど」
焦っても何も解決はしないのだが時間がない事だけはハッキリとしていて。
「まぁまぁ、そんなに焦るな。少しわしの話を聞けいいな」
「はぁ」
「葉月の者が持つ鬼喰いの力については文字や言葉で伝承されて来た物ではないのだ。もっと確かで確実な方法で伝えられてきたのじゃ。それは先祖代々脈々と流れ続けている物だ。それはそこに在るがそこに無い様な物じゃ」
「ナゾナゾみたいだなまるで」
「何か解らない力とはなんじゃ」
「神鳴りを操れるとか神の力とか言われたけど」
「神の力か。そうかお主があの小僧か。それならお主が知りたがっておる答えはこの世に1人しか知らんはずじゃがのう」
「1人だけって誰なんだ? それに力って」
「神の力はどこにでも在り、どこにも無いものかのう」
「また、ナゾナゾか」
「神は人の中に在るんじゃよ。人が強く願いそれが現実に起きると人は神が起こした奇跡だと言うのう。しかし、それは人が強く願い人を思いやる愛する力が起こしたもの。それを神の力だ。奇跡だと言うのなら人の中にこそ神がいて神の力が宿っていると言う事じゃ。しかし、神は完全ではないそうそう奇跡など起こるものでは無いからな」
爺さんが言わんとすることは何となく判る。
「よいか、ここからが大切なんじゃ。お主は普通の鬼喰いとは少々違う。お主が信じ願えば自然の中におる神々が力を貸してくれるじゃろう」
「自然の中の神々?」
「お主は感じておるはずじゃぞ。古来より人々は自然の中に神を感じ恐れ崇めて来たのじゃ。風神・雷神・水神の龍などがそうじゃな。そしてお主は鬼の力を持ち地獄の業火も持っておる。自分を信じ願う事じゃ。じゃがそこに人を愛し思いやる気持ちが無いと奇跡は起こらんぞ。誰かを強く愛し己を愛する事じゃ。自己犠牲など聞こえが良いだけで、そこには必ず悲しむ物が居る事を忘れるで無いぞ小僧。愛は力なりじゃ」
「それは、婆ちゃんの口癖。先祖代々脈々と流れ続けるってもしかして血の事か? だったら答えはあそこにしかない」
「そろそろ良い頃じゃな。急げよ、小僧。時間は待ってはくれんぞ。くれぐれも愛する者を守り自分も生き抜けよ、よいな」
突然、強い風が吹き堪らず目を閉じた。
再び目を開けるとそこは大きな木の洞の中で見上げると抜けるような青空に黒いフクロウの羽が舞っていた。
『綺羅よ。これで借りは返せたかのう。わしも主の側で静かに眠らせてくれ』
道なき道をどのくらい走ったのだろう下の方に舗装された道路が見える。
道に出ると山の麓のバス停の近くだった。
ちょうどバスが来て飛び乗るとバスの運転手が隆羅の姿を見て笑った。
「まだ昼過ぎなのに狸でも化かされたかのう、兄さん」
「うわぁ。なんだこれ」
自分の体を見ると落ち葉まみれだった。
「ちゃんと綺麗にしてくれよ。頼むから」
「す、すいません」
運転手の言葉に違和感を覚える。昼前に山に入ったはずなのに昼過ぎって。
「運転手さん、今日は何日の何曜日ですか」
「今日は確か……」
山に入ってから数日が過ぎていた。
「そんなバカな」
布が巻かれた手を握ると痛みは無くなっている。
「兄さん、どうした神隠しにでも遭ったんかのう。この辺りは鬼の沢じゃで昔から神隠しは多かったからのう」
隆羅がバスの中の時計を見て時間を確認する。
「今からじゃ最終便に間に合わないか。仕方が無い明日の朝一便で帰るしかないのか」
大きな歯車が動き始めた。ゆっくりと確実に全ての人を巻き込みながら。