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パイパティローマ-1

バレンタインから一週間が過ぎようとしているが海に会いに行くと虚ろな目で奇声を発し襲い掛かって来た。

それは何度、会いに行っても変わらなかった。封印の解き方も依然判らず苛立ちと焦りだけが募った。

心が悲鳴を上げ始め屋敷の庭に居た。

どうして良いのか判らずに堂々巡りをしていた。

あんな虚ろな海の姿を見るたびに何も出来ない自分が情けなく不甲斐なく感じ。そして、海をあんな姿にしてしまった自分に怒りがこみ上げてきた。

大きな庭石に手を着きうな垂れると雨がポツポツと降り出してきてた。

首からさげていた羅閃が目に入り外す。

「お袋、こんな物がいつ役に立つんだ。ちくしょう。ちくしょう! 何してんだ俺はこんな所で……何も守れず何も出来ずに。くそったれが!」

羅閃を握り締めた右手で目の前の身の丈ほどの庭石をありったけの力で殴りつける。

腕に直線的な文様が現れ岩に拳が当たった瞬間に2つの光が飛び散った。

轟音と共に地響きが起こり岩が砕け雨が滝の様に体に打ち付け泣いた。


潮とキルシュが海を看ていると何かが光り地響きと同時に電気が消えた。

「キルシュ、何が起きたのか調べて至急報告しなさい。私は配電盤を見てくるから。早く」

潮とキルシュが部屋を出ると凪が自分の部屋から顔を出した。

「潮お姉ちゃん、今の何?」

「凪は部屋に居なさい。調べてくるから」

「うん、分かった」

潮が走り何処かへ向かいドアを閉め凪が部屋でじっとしていると部屋の前を誰かが歩く音がした。

気になり凪がドアの隙間から覗くと虚ろな目でニヤっと笑いながら歩く海の姿があった。

怖くなりドアを閉め凪は震えているとしばらくすると明かりが点き潮が部屋にやって来た。

「潮お姉ちゃん。お姉ちゃんが、お姉ちゃんが」

凪が泣き出し潮が海の部屋を覗くと海の姿は見当たらなかった。

「こ、怖くてお姉ちゃんに声掛けられなかった」

「大丈夫だから、落ち着きなさい。お姉ちゃんが探してくるからね。部屋で待ってなさい」

「うん」


人の気配に振り返ると虚ろな目をした海が立っていてニヤっと笑い倒れ込むように向かってきた。

その時、何かが海の手元で光り咄嗟に右手で体をかばうと手の甲に激痛が走った。

「痛ぅ……」

左手で右手を押さえ膝から崩れ落ち辛うじて膝を着き堪えた。

その瞬間、虚ろだった海の目に光が戻った。

刺された痛みで動くことが出来ずナイフを隠すことが出来なかった。

「隆羅? わ、私が隆羅を……嫌ぁ!」

海が頭を抱え込みそして気を失って倒れてしまう。

最悪の状況で海の意識が覚醒してしまった。

そこに潮に言われ様子を見に来たキルシュが走って来た。

「お前、大丈夫か。おい」

「大丈夫だ。手だけで済んだよ。こいつのお陰だ」

痛みに耐えながら手を開くとそこには羅閃があった。

「ナイフは抜くなよ。血が噴き出すかもしれないからな」

「キルシュ、潮さんにこの事を伝えろ。俺は海を屋敷に運ぶ。急げ」


海を抱えて屋敷に着くと潮さんと凪それに数人の黒服が待っていた。

凪が声を失っている。

右腕は力が無く手の甲にはナイフが突き刺さり血が流れていて、左肩に抱えられて海がぐったりとしていたのだから当然なのかもしれない。

「隆羅、あなた大丈夫なの?」

「それより海を早く」

声を上げると黒服が直ぐに海を運んでいく。

「隆羅。何があったか説明しなさい」

「海に刺されました。羅閃を握っていたお陰で体は。だけど海の意識が覚醒して。自分が俺を刺したと」

「あなた何をしたの? さっきのは何?」

右腕が所々裂傷を負い血が滲んでいる。

「すいませんでした」

「あなたの気持ちは痛いほど分かる。でも、無茶な事はもうしないで。お願いだから」

「はい……」

「今、医者を呼んでくるから。あなたはここでじっとしていなさい。いいわね」

潮さんは海の部屋に向かい入れ違いに凪がタオルを持ってきてくれた。

「兄貴……」

「大丈夫だ。安心しろ、それより海に着いていてくれ。頼んだぞ、凪」

「うん、判った」

優しく声を掛けると凪は安心したのか海の部屋に向かった。

ナイフを抜きタオルを右手にきつく巻いて縛る。

「キルシュ。お前に頼みたい事がある。お前にしか出来ない事だ。この羅閃を海が落ち着いたら渡して欲しい。これには強い魔除けの力が込められている。必ず海を守ってくれるはずだ。頼んだぞ」

羅閃をキルシュの首に掛けた。

「キルシュ。キルシュ」


奥から潮が呼ぶ声が聞えそちらを向いて数歩進み振り返ると隆羅の姿は何処にも無かった。


潮は海の部屋で電話をして医者の手配をしていた。

そして、海を見るとその左手にはペアのブレスレットがふたつ並んで光っている。

「あの子まさか」

キルシュを呼ぶとキルシュが部屋に走り込んで来た。

「キルシュ、隆羅は?」

潮の問いにキルシュが首を横に振った。


隆羅は自宅の自分の部屋に居た。

沙羅と茉弥は居なかった。買い物にでも行っているのだろう。

どうやってここまでたどり着いたか覚えていなかった。

風呂場で血を洗い流しキッチンにあった焼酎を傷に吹きかける。

「痛っ!」

幸いな事に大きな血管は切れてなく血は既に止まっていた。

応急処置してダイニングのテーブルの上に傷ついた手で書いた置手紙を置き。

その上に携帯を置いて自宅を後にした。


「タカちゃんなの、いるのタカちゃん?」

沙羅と茉弥が帰ってきて沙羅が部屋に違和感を抱き声を掛けるが返事は無く、ダイニングのテーブルの置手紙を見つけた。

『お袋いつも心配掛けてすまない、しばらく留守にする』

乱れた字で書いてあり。所々には血が擦れて付いていた。

買ってきた荷物を置き慌てて2階に駆け上がり隆羅の部屋のドアを開ける。

そこには真っ赤に染まったタオルと血の付いたシャツ。そして救急箱があり箪笥は着替えでも出したのか引き出しが引き出されたままになっていた。

沙羅がその場に崩れ落ちた。

「隆羅、あなた何を考えているの」

「母さま。兄さまなの?」

「あのね兄さまは、少し遠くに出掛けて来るからって」

後ろから茉弥の声がして急いでドアを閉めて笑顔で答えた。

その日、隆羅の姿が消え足取りが途絶えた。


数日後、海が意識を取り戻したが酷く動揺して自分を見失っていた。

「お、お姉ちゃん。どうしよう私が隆羅を」

「ターちゃんの傷は大した事無いわ。それに海の責任じゃ無いでしょ。その事はターちゃんが一番よく知っているわ」

「でも、私が隆羅を刺してしまった。私が」

「いい加減にしなさい。あなただけが辛いんじゃないの。隆羅だって身も心もボロボロなのよ。それなのにあなたを救う為に命懸けで封印を解く方法を探しに行ったのよ。今のあなたに強くなれとは言わない。だけど隆羅を隆羅の事を愛しているなら隆羅を信じなさい。決して隆羅は、あなたの事を責めたりしない。海、あなたがそんな状態でどうするのしっかりしなさい」

それでも隆羅の事を思うと胸が締め付けられた。

「これから、凪を連れて沙羅さんに会いに行くわ。海はどうするの」

「私も行きます」

その目にはしっかりとした光があった。


隆羅の自宅に着きチャイムを押すと家の中から沙羅の声がした。

「はーい。いらっしゃい、待っていたわ」

その言葉といつもと何も変わらない沙羅に潮は驚いた。

「今、お茶を入れてくるから。ちょっと待っててね。紅茶で良いかしら」

「はい、お構いなく」

しばらくするとお茶をいれ沙羅が戻ってきた。

「はい、どうぞ。温かいうちに飲んでね。今日は3人勢ぞろいね」

「あの……」

潮が重い口を開くと沙羅がにこやかに凪に話しかけた。

「あっ、そうそう凪ちゃんにお願いがあるんだけどな」

「えっ、如月ママお願いって」

「タカちゃんがこの頃、全然顔を見せないから茉弥が落ち込んじゃっているの。だから、しばらくの間で良いから家に泊まっていってくれないかしら。学校の事はお姉さんと相談するからお願いできないかな」

「えっ、でも」

凪が潮の顔を見ると潮の顔から硬さが取れた。

「そうしてあげなさい、学校の事は問題ないから」

「うん、潮お姉ちゃんがそう言うならそうする」

「良かった、ありがとう。マーちゃん、凪ちゃんが来てくれたわよ」

沙羅が呼ぶと茉弥が2階から降りてきた。

「凪ちゃんだぁ、それに潮姉さまに海姉さまも、こんにちは」

「こんにちは茉弥ちゃん。お久しぶりね」

「マーちゃん、上で凪ちゃんと遊んでらっしゃい」

「はーい、母さま。凪ちゃん行こう」

「うん」

茉弥と凪が仲良く2階に上がっていき2人が2階の部屋に入るのを確認してから沙羅は深呼吸をして潮と海に向き合った。

沙羅は笑顔だったが凛としたものが見て取れる。

「さぁ、それじゃあ。お話の方、聞かせて頂こうかしら」

「沙羅さん、凪の事ですが」

「その為に凪ちゃんを連れて来たんでしょ。気にしなくていいのよ凪ちゃんが居てくれれば茉弥は喜ぶしあなたも安心でしょ。ここなら」

「よろしくお願いいたします」

沙羅の言う通りで無理にでもお願いしようと連れて来たのだった。

「あのう、先ほどの待っていたと言うのは」

「あなた達3人がここに来るのが判っていたからよ。隆羅から聞いた事無いかしら。頭の中にイメージが現れるって、私には鬼を封じる程の強い力は無いの。でもそれ以外の力は普通にあるのよ。だからイメージも現れるし隆羅ほどで無いにしろ気配も感じるの。分かってもらえたかしら」

「はい、分かりました。今日こちらに伺ったのは」

「そんなに畏まらないでちょうだい。私まで緊張しちゃうからね。凪ちゃんを預けに来たのと隆羅が何処で何をしているのかが知りたいのでしょう」

沙羅が重苦しい空気を少しだけ軽くした。

「隆羅なら、今、四国に居るはずよ」

「四国ですか?」

「そう母が生まれ育った四国の水黄(みずき)の里に」

「お姉ちゃん、良く話が判らないのだけど」

潮の表情が強張り海が困惑している。

「海ちゃん、良く聞いてちょうだい。四国には多くの霊場が集まっているは知って居るわよね。それは古来より死の国『死国』として恐れられていたからなの。そして水黄(みずき)は隠語で黄泉の事なの。霊力が強くそして鬼の力が集まる場所。私達一族はそこの出なのよ。鬼の力を得る為にね」

「それじゃ、隆羅は怪我をしたままそんな所に」

「今の隆羅じゃ非常に危険な場所よ。でも心配しないで欲しいの。あそこには私達一族を守護する風の者が居るはずだから。でも覚悟だけはしておいてちょうだい。あの子も命懸けで探しているはずだから。隆羅を信じてあげて、お願いよ」

「はい、判りました」

「今度は私に聞かせて貰えるかしら。何があったのか知らないと今後の対応が出来ないわ。お願い」

バレンタインデーの夜に逢魔の闇に襲われ隆羅が重傷を負い隆羅の中の鍵を守る為に海の中の鍵を守護する者が発動したため海の気配が消え。

隆羅が覚醒し神鳴りで闇に大きな傷を負わせ退けた事。

数日後、守護する者に海の体は支配され隆羅を刺してしまい。その後、隆羅が姿を消してしまった事など一連の出来事を包み隠さず潮が話した。

「隆羅はあなた達の前から姿を消した直後ここに居たわ。これがその時にあった置手紙よ。そして部屋には真っ赤なタオル、血の付いたシャツ、救急箱があって箪笥は引っ張り出されたままになっていたわ、直ぐにここを発ったのでしょうね」

「隆羅ごめんなさい」

海が置手紙を抱きしめ泣いていた。

「海ちゃん。あなたが謝ることなんて何処にも無いのよ。隆羅もそんな事は望んでないはずよ。

自分を責める事はしてもあの子は決して人を責めないの。それは子どもの頃からまったく変わっていない。

実は茉弥は一族の力のせいで体が弱いの。この事は隆羅も最近知ってしまったわ。覚醒した為ね。

私達は気付かないうちに周りの小さな鬼の力を吸収し体内で浄化して放出しているの。その浄化の力が茉弥はとても弱いのよ。

だから茉弥が生まれた時に母に言われたの長くは生きられないだろうと」

「でも、今でも茉弥ちゃんは元気に」

「それは隆羅のお陰なの。子どもの頃に初めて茉弥が倒れた時に隆羅も一緒だった。私は母に連絡を取っていたの覚悟はしていたから。

そして部屋に戻ると何事も無かったように茉弥は眠っていたわ。

隆羅に聞いても良く分からなかった。そして2度目の時に茉弥のおでこに自分のおでこをくっつけているのを見たの。

苦しそうな茉弥の顔が見る見る穏やかな顔になったの。茉弥が倒れる度に隆羅は同じ事をしたわ」

「何故、幼い隆羅に何故そんな事が出来たのかしら」

「初めて茉弥が倒れた時に助けたいと願い力が発動してイメージが現れたとしたら辻褄が合うのよ。

そしてその頃からいつもにまして一緒に居るようになり。たぶん今も治し方を探していると思う。

でも分からない事が一つだけあるの。その時には既に隆羅の力は封印されていたの。

力が大きすぎた為では無く一族が持っていない力を持っていた為にね。

でもイメージが現れたとしたらそれはあの子の強い願いによって現れたものだと思うの。

これは私の想像なのだけどね。でも確かな事が一つだけ。隆羅がおでこをくっつければ確実に茉弥は元気に戻るという事」

「だから、横浜で茉弥ちゃんが倒れた時も一時間で元に戻るからって言っていたんですね」

「そうよ、でも元気になり成長していくと問題も起きてしまったの。それは隆羅が学校に通い始めると茉弥が寂しがり落ち込む事が増えてきたの。でも、学校から帰ってきたらいつも一緒に居たのだけどね」

沙羅が一息ついてカップに口を付けた。

「そしてある日学校に夫婦で呼び出されたの。家では楽しそうに話しているのに学校では必要最小限以外は誰とも話しをしないと先生に言われたわ。

それは同級生にも先生にも同じ様に信じられなかった。だから、隆羅に何故なのかを直接聞いたの。

あの子なんて言ったと思う? 『茉弥に友達が出来ないのなら、自分も友達は要らないって』あの子知っていたのよ。

前に住んでいた家の近くに学校があり。そこから毎日のように楽しそうな声が聞えていた。

でも茉弥は体が弱く外で遊べなかった。だから毎日のように窓から学校の方を見ていたのとても寂しそうに。そんな茉弥を見た事があったんでしょうね、きっと。

その事があってからパパは隆羅を休みのたびに車やバイクのレースに連れ回す様になったの。何か変わるきっかけを作りたかったのかも知れない。

でもパパも不器用な人だから無理矢理連れまわすから何も変わらずパパの事だけが大嫌いになっちゃたけどね。

今でも顔を合わすと喧嘩ばかりしているわ。それにあの子は一度言い出すと聞かない子だったから小中の9年間決して友達を作らなかった。誰とも殆ど話さずにね」

海はあの居酒屋での杉田と黒崎の話を思い出していた。

「でも、高校の時かしら入学して直ぐにトラブルがあり別の高校に編入したの。そこの高校で友達が出来たのねたぶん。茉弥もその頃には少しずつ学校に通い出していたし。あの子顔には出さなかったけれど凄く楽しそうにしていたわ。でも相変わらず休みの度にパパに連れ回されていたの小遣いをちらつかされてね。だから、学校の友達の事は何も知らないの会った事も顔を見た事も無いわ、残念だけど」

「その友達はたぶん杉田さんと黒崎さんです」

「あら、海ちゃんは会った事があるのね、凄いわ」

「凪と隆羅と私の3人で隆羅が昔住んでいた家を見に行った事があって。その帰りに駅前で偶然お会いして高校時代の話を聞かせてもらったんです。それを隆羅に話したら、あいつらには感謝してもしきれないほど感謝しているって言っていました。俺が変わるきっかけをくれたって」

「そうなの良かったわ。私も感謝しているの。そしてもう1人隆羅には大切な友達が居たの」

「大切なもう1人の友達ですか?」

「そう、石垣島で初めて出来た友達だって。確かこの辺に写真が。これだわこの男の人がそう。確か正さんって言ったはずよ」

海と潮が覗き込むように写真を見る。

とても優しそうな笑顔で力強ささえ感じる青年でその横に女の子が一緒に写っていた。

「じゃあ、この可愛い女の子があの美夢ちゃん」

「妹さんの事も知っているのね」

「はい、石垣島で知り合いました。隆羅と同じ居酒屋さんで働いていた子です。それに少しだけ隆羅から話を聞きました正さんたちのお陰で変われたって。でも正さんとは会えませんでした」

「亡くなっているの。隆羅が誘って遊びに行った海でね」

「そ、そんな事って……」

「隆羅が島に行ってしまい。しばらくして茉弥がまた倒れてしまったの。その時は、本当に危険な状況だった。隆羅が駆けつけ何とか間に合ったけれどね。

あの子は自分の責任だと自分を責めていたわ。でも島に帰らなければいけないんだって。

その時に話してくれたの。とても大切な友達が出来て自分が海に誘ってそこで亡くなってしまった事をね。

そして自分が誘わなければと。妹やお母さんに申し訳ないって大切な家族を失わせてしまったって。

誰一人として隆羅を責めたりしないのに。今は美夢の側に居なきゃいけないんだ。

そしていつも正がしていたように笑っているんだって。茉弥の事を頼むって島に帰ったわ」

「でもその後、茉弥ちゃんは大丈夫だったんじゃ」

「それは、私が一計を案じて強い魔除けになる物を持たせていたの。でも気休めにしかならなかった。横浜で倒れたでしょ。治った訳じゃ無いのただ倒れる間隔が伸びただけ」

「茉弥の事もそうだけど隆羅はいろんな事を背負い込んでしまうの。人の悲しみ辛さ悔しさ全て。そして周りの人を笑顔にしてくれる。みんな隆羅に感謝こそするけど責めたりはしないのにね。性分なのねきっと。とても不器用で真っ直ぐでとても優しく悲しみや辛さを癒してくれる。いつも人の事ばかり気に掛け自分の事は後回しにして損な役回りばかりして。でも、そんな隆羅の事がみんな大好きなのよね。そんな不器用で真っ直ぐな隆羅を信じてあげてちょうだい必ずここに帰ってくるわ。あの子が今、求めている物はここにしか無いの」

沙羅が一息ついて海を見た。

「ごめんなさいね。色々と取り留のない話ばかりしてしまって。海ちゃん潮さんと2人で話をさせてちょうだい。上で2人を見ていてもらえないかしら」

「はい、判りました」

海が2階に上がっていく軽やかな足音が聞こえた。

「本当に素直でいい子ね、隆羅にはもったいないくらいだわ」

「沙羅さん。隆羅が求めている物がここにしか無いって」

「実を言うと私にも分からないの。でも母が隆羅の力を封印した時に封印を解けるのはお前だけだって言われたの。だからよ」

「でもそれじゃ」

「そうね、どうなるか判らない。私にも一族の力が全て判っている訳じゃないの。それは母の綺羅でさえ同じ事なのよ。潮さんは私達一族の力を調べた事があるのでしょ。でも何も解らなかった。それは文字や言葉で伝え続けて来た訳じゃ無いから」

「文字や言葉でないとしたらそれはいったい」

「それは一族に先祖代々脈々と流れ続けて来た血なの。血が確実に伝え。血が方法や答えを導く。言葉やイメージとして直接ね。教える時期も血が判断していると言えば解るかしら。だから封印の解き方も血が判断して教えてくれる。それは、今かも知れないし10年先かも一生解らないかもしれない。でも、私はどんな事をしてでもやるつもりよ。出来なければ誰も守れないから。それに海ちゃんに時間は残されていないのでしょ」

潮が唇を噛みしめた。

「その事を隆羅は知っているのね」

「知っています。自分の体から鍵を取り出しても良いと言われましたから覚悟はしていると」

「潮さん、あなたはどうするの?」

「私にはそんな事出来ません。海が悲しむような真似は」

「あなたも隆羅の事が大好きなのね」

「そ、それは」

沙羅には何もかも見空かれていそうで潮の瞳が揺れる。

「さっき言ったでしょ、みんな大好きだって。あの子は海ちゃんの命を守る為にきっとここに来る。その時は何が何でも封印を解くわ」

「でも、解いてしまったら」

「あの子の命を奪ってしまう。それでもよ」

「判っていて、そんな……」

「言ったはずよ、解かなければ2人とも失ってしまう事になる。そんな事、私には耐えられない。それに隆羅の願いが海ちゃんを救う事なら私は喜んで協力する。私はあの子の母親だから。それ以上にあの子が起こす奇跡を信じているの」

「奇跡って」

「そう、奇跡よ。あなたも見たでしょ茉弥の元気な姿を。今、茉弥が生きている事は奇跡なの。茉弥に生きていて欲しいって茉弥に元気になって欲しいって心から願う愛の奇跡よ。だからあの子の力を信じたいの。海ちゃんを助けたい共に歩みたいと願うあの子の愛の願いを。たとえ絶望的でも微かに望みがあるなら私はその望みに全てをかけるつもり。人を愛する願いが奇跡の力なら必ずあの子は起こしてくれる。どんな運命でもねじ伏せてもね」

「覚悟を決めました隆羅を信じて待ちます。凪も、海も、私も苦しみや悲しみから救ってくれた。隆羅のみんなを愛する願いを信じてみます」

「そうね、今出来る事はあの子を信じて待つだけね」

いつの間にか重苦しい空気は無くなっていた。

「海、そろそろ帰るわよ」

「はーい」

3人が楽しそうに2階から降りてきた。

「凪、迷惑をかけない様にね。必ず迎えに来るから」

「うん」

「茉弥ちゃん、凪の事よろしくね」

「潮姉さま、わかりました」

海が沙羅を見るとその瞳からは迷いが消えていた。

「如月ママ。私、隆羅と約束したの『海が迷っていたら迎えに行くから、俺が迷っていたら迎えに来てくれ』って。だから隆羅を信じます」

「そうよ、ラブ イズ パワーよ」

沙羅が笑顔でガッツポーズをとると笑いが溢れた。


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