魔のバレンタイン-3
パーティー終了後。
お疲れ様と言う事でパーティー会場の近くのレストランにて食事をする事になった。
水無月家の3姉妹はドレスから着替えたがお出掛け仕様だったので問題は無いのだが。
俺はGパンにスニーカーと言うわけにいかず。
蝶帯を外し首もとのボタンを外し少し着崩してはいる黒服を着ていた。
潮さんに案内されたレストランの中は南国風にディスプレーされていて本物のハイビスカスが咲き乱れていた。
テーブルに着くと潮さんがドリンクをオーダーしていた。
「アカバナーだ。何だか懐かしい気がするな」
「兄貴、アカバナーって、何の事?」
「沖縄でハイビスカスをそう呼ぶんだよ」
「へぇ、そうなんだ。今頃の沖縄ってどんな感じなの」
「俺は石垣島にずっと居たから他は知らないけれど寒いのは寒いぞ。10度を切る事は無いけれど夏の暑さを経験するととても寒く感じるんだ」
「そんな寒い時に兄貴は休みの日とか何をしていたの」
「釣りをしたり大潮の時はカニ獲りに行ったりだな」
もう直ぐあれから一年が経つのか。
あの綺麗な青い光が落ちてきて、海に出逢ったあの日から……
「兄貴てば。兄貴は何をボーとしているの」
「悪い、悪い」
「ほら、乾杯しよう」
凪に呼ばれて我に返るとグラスにワインが注がれていた。
乾杯をすると直ぐに料理が運ばれてきて食事をしながら会話を楽しむことにする。
「でも、今日は本当に驚いたんだから。見た事がない格好いい男の人とお姉ちゃんが抱き合っていて」
「凪、俺がそんなに格好いい男に見えたのか?」
「違うよ、見えた様な気がしただけだよ」
凪が頬を膨らませて料理を口に運んだ。
「でも、凪は手にキスされてトマトみたいに真っ赤かだったじゃないお姉ちゃん笑ちゃった」
「あれは、ちょっと驚いただけだもん」
「海だって全然、ターちゃんて気付かなかったじゃない、あんなに美味しいカクテル何杯も作ってもらったくせに」
「だって、凄く緊張してて。それにとっても格好いいバーテンさんに見えたんだもん」
海がモジモジして赤くなった。
「それって惚気てるのかしら」
「違います。本当にそう見えたんです」
「そんなに怒らないの、判ったから」
海や凪だけ弄られるのは可哀そうだろう。
「そう言えばここだけの話。潮さんも俺が着替えて更衣室から出たら顔を赤くして鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔していたんだぞ」
「ええ、潮お姉ちゃんが? 信じられない」
「お姉ちゃん、本当なの?」
「ターちゃんは余計な事を言わないの。バカ」
「あっ、潮お姉ちゃんなんだか赤くなった。もしかして兄貴の事を」
「えっ、隆羅は駄目。絶対に駄目だからね」
「盗ったりしません。ターちゃんが変な事言うからよ。もう」
海が取り乱し潮さんに睨まれてしまう。
「でも、いいなカクテル。凪も飲みたかったな」
「あのね、あのカクテル。私があまりお酒飲めないからって全部ノンアルコールカクテルを作ってくれたんだよ」
「兄貴はお姉ちゃんには優しいもんね」
「凪、『には』ってどういう意味だよ。凪にだって優しくしているだろ」
「えへへへ、そうなんだけどね」
凪が嬉しそうに鼻の頭を掻いている。
「でも、隆羅。あのカクテルって有名なの?」
「3杯目のCinderellaはノンアルコールの中では有名だけど。先の2杯は俺が即興で名前も考えたんだけれど。なんでだ?」
「えっ即興でって隆羅そんな事も出来るの?」
「カクテルバーで仕事していた時に普通にやっていたぞ。お客さんのイメージに合わせてとか」
「ええ、兄貴それはどうやるの?」
瞳を輝かせて凪が海以上に食いついてきた。
「どうって言われても。大体、男が彼女をイメージしてとオーダーするのが多いから。最初は女性の服の色とかマニキュアの色に合わせて作るんだ」
「そう言えば。今日も素敵なドレスに合わせてってLittle Mermaidという名の青いカクテルだったよね」
「それで少し話をしたり聞いたりしているとその人自身のイメージが分かるから最後はそのイメージで作るんだ」
「それじゃ、島でターちゃんもそんな事していたんだ女の子に」
潮さんが楽しそうに弄りを入れてきた。
「してないですよそんな事。それに今日みたいにナンパな奴を良く潰していたから。ナンパ殺しなんて物騒なあだ名を付けられましたから」
「ナンパ殺しって?」
「嫌がっている女の子に強引に言い寄るナンパ男の事を酔わせて潰して女の子の伝票もその男に付けて支払いは全部男から取るんだ」
「兄貴、鬼みたいな事していたんだね」
「だから、ナンパ殺しなんだろ。それにお酒は楽しく飲む物だからな。店も損はしないし女の子は助かる。一石二鳥だろ」
「ええ、でもその男の人は殆ど憶えてないのにお金だけ取られるんでしょう」
「酒は飲んでも飲まれるなだぞ、基本は」
凪が呆れ果てた顔をしているが潮さんと海は嬉しそうに聞いている。
「兄貴が飲ませたんじゃん」
「そうとも言うが過去の事だよ」
「今日もやったんでしょ。大事なパーティーなのに」
「それはだな、海を助ける為に仕方なくだな」
改めて言われると恥ずかしくなってきた。
「そんなにお姉ちゃんが心配だったんだ」
「当たり前だろ。俺の一番大切な人なんだから」
言ってから口を噤んだが遅く。海が真っ赤になって俯いてしまった
「ラブラブでお熱い事。見せ付けた罰としてこれからここでカクテルをターちゃんに作ってもらいましょう」
「やったー」
凪が声を上げ慌てて手を口に当てて周りを気にしている。
「えっ、ここでですか。無理ですって」
「大丈夫よ、ほらバーワゴンもあることだし。この紙に必要な物を書きなさい用意させるから」
「用意させるって、まさか」
「もちろん、うちの系列のレストランよ」
紙に必要な物を書いて潮さんに渡すと潮さんがウェーターを呼んで紙を渡し指示をする。
10分もしないうちに準備が出来てしまった。恐るべし総帥の力。
「最初は凪のから行かせて頂きます」
材料をシェーカーに入れ振ると軽快な連続音がする。
とても鮮やかなオレンジ色のカクテルをグラスに注ぐ。
「南国の太陽の様な元気な凪をイメージしてマンゴとパッションジュースで作りました。いかがですか凪お嬢様」
「美味しい、名前は何って言うの?」
「ヤマングー」
「兄貴それって沖縄の言葉でお転婆って意味だったじゃない」
「凪にぴったりじゃない。流石ねターちゃんは」
「もう、潮お姉ちゃんまで酷いよ」
文句を言いながら凪がカクテルを味わっている。
「次は海のカクテルを作ります」
シェイクして今度はシャンパングラスに注ぐ。
とても綺麗な水色のカクテルに仕上がった。
「俺が感じる海の色をイメージで作りました。名前は『アクアマリンの瞳』 映画のカサブランカみたいに『君の瞳に乾杯』なんていったら女の子がコロっと落ちたりするんですかね」
「ナンパ殺しがそんな事をよく言うね。兄貴」
「俺は恥ずかしいからそんなキザな事言わないぞ」
「ターちゃんは、へタレだもんね。でも、そこにコロっと落ちちゃった女の子が居るけど。ターちゃんが責任取りなさいよ」
目の前に惚けていると海が……
「俺が照れちゃいそうだな。まったく、海。味の感想は?」
「凄く飲みやすくって美味しいよ。何が入っているの?」
「ベースのお酒とブルーキュラソー、パインジュース、カルピス、レモンジュースだよ」
「甘くて凄く飲みやすい。ありがとう」
顔がほんのり赤くなり少し艶があってドキッとした。
「では、潮さんのカクテルを作ります。ちょっとだけ待っていてくださいね」
店員に耳打ちをし調理場を少し借り赤いお酒が入ったコップを持って調理場から戻る。
海と凪がどんなカクテルが出来るのか瞳を輝かせてみていた。
「じゃ、作ります」
シェーカーを振り細身のシャンパングラスに注ぎ、カットしたシャトーレモンをグラスの縁に添え。
とても澄んだブルーのカクテルに仕上がった。
「ちょっと大人の艶やかさをイメージしました。レモンのお月様がカクテルにキスをするとカクテルがほんのり頬を染めます。カクテルの名前はMoonlight Kissです」
レモンを絞るとカクテルが青から少しずつ紫に変わり周りからも拍手が上がった。
「ターちゃん。あなた大したものだわ。なんで今まで彼女が出来なかったのかしら」
「さぁ、何ででしょう」
「そこね、そこがヘタレだからだわ」
「結局行き着く所はヘタレなんですね」
「他に何があるのかしら」
「ごもっともです」
自他共に認めるヘタレですから。
「兄貴、何で色が変わるんだ?」
「赤いハイビスカスの花を使うと色が変わるカクテルが作れるんだ」
「隆羅はなんでそんな事知っているの?」
「偶然かな、島で島酒にいろんな物を漬けて遊んでいた時に見つけたんだ」
「どうやるの、教えてよ兄貴」
「教えてもいいけど、それを見つけるのが物作りの醍醐味だからなとりあえず秘密にしておこう」
「けち」
「けち言うな、後で教えてやるから」
「えへへ、やった」
そんな事をしながら楽しい食事は続いた。