新年-4
レストランからも海を見渡すことが出来てとても明るい。
あさり御膳を注文すると海は海老とアサリのクリームトマトパスタを頼んだ。
パスタだけで足りるのかと思ったが味見と言う攻撃を受けながら食事をする羽目になった。
「海、今夜はみんな帰ってくるのか?」
「お姉ちゃんに聞いてみるね。隆羅、携帯貸して」
お嬢様は携帯なんぞ持ち歩かないのだろうか。使っているのでさえ見た事が無い。
しばらく海が潮さんと話をしていた。
「隆羅、少し遅くなるけど今夜は戻るって」
「そうか、じゃ俺の家でお袋のお節でも食べるか」
「えっ、良いの? 私は嬉しいけれど」
「大丈夫だ。茉弥も喜ぶしな。それに一応、正月くらいしか家に居ない親父にも紹介したいし」
「本当に? 嬉しい。隆羅ありがとう」
とりあえずお袋に連絡を入れてみる。
「お袋か、これから海と一緒にそっちに行くから晩飯頼みたいんだけれど」
「えっ、本当に。タカちゃんOKよ。腕を振るわなきゃ」
「それと親父に彼女紹介するから首洗って待っとけって伝えといてくれ。宜しくな」
「じゃ待っているから。気を付けて帰ってらっしゃい」
携帯を切り海にOKが取れたことを告げる。
「でも、ちょっと緊張しちゃうな」
「あんなクソ親父なんてどうってこと無い。親父、たぶん海の顔見たら腰抜かすぞ」
「えっ、何で?」
「だってこんなに可愛くて綺麗なんだぞ」
「た、隆羅、そんな事言われたら恥ずかしいよ」
「何、照れているんだよ。本当の事だろ」
「そんな事ないもん」
正直に口にしたのに海の顔が真っ赤かだった。
「では、参りましょうか。お姫様」
「隆羅のばか」
実家のすぐ近くまで首都高速で帰れる。
都内は元旦と言う事もあって道はとても空いていた。
30分ちょっとで着くはずだ。
「海、もう少しで着くからな」
「隆羅が変な事言うから凄く緊張しちゃうじゃない」
「大丈夫だ。初対面の俺を殴り飛ばした時みたいにガツンとな」
「もう、隆羅のバカ、バカ、バカ」
背中に海の拳が打ち付けられる。
「少しは落ち着いたか」
「うん、大丈夫」
一方、実家では。
「パパ、タカちゃんが彼女紹介するから首洗って待ってろって」
「あのクソ坊主。彼女の顔見て笑い飛ばしてやるからな」
「本当に2人はしょうがないわね。でもタカちゃんも人が悪いんだから、パパ今日はゴメンなさいタカちゃんに花を持たせてあげたいの。許してね」
しばらくすると隆羅の父親の耳に聞きなれたエキゾーストが聞えてきた。
「来やがったな、クソ坊主。待ち伏せてやる」
高速を降り少しするとすぐに実家だった。
「あれ、親父あんな所で何やってんだ」
玄関の前で腕を組んで突っ立っていた。親父の目の前にバイクを止めエンジンを切りヘルメットを取る。
そして鍵とヘルメットを親父に渡す。
「ありがとうな、バイク。ガソリン代は後で請求してくれ」
「ふん、そんな物くれてやる」
「へぇ、サンキュー」
後ろで海がヘルメットを取り髪の毛を整えていた。
「親父、この子が彼女の水無月 海だ。宜しくな」
「始めまして。隆羅さんとお付き合いさせて頂いております水無月 海です」
「…………」
「親父? 親父」
海の顔を見て思考が止まってしまったらしい。
「おい親父。聞いていたら返事くらいしろよ。失礼だろ」
「あ、ああ、た、隆羅の父です。宜しく」
そこにお袋が現れた。
「何を玄関先で騒いでいるの。パパ、パパどうしたの?」
「あ、あ、なんでもない別に」
「ほら、タカちゃんも海ちゃんも家に入りなさい。寒いでしょ」
笑いを堪えるので精一杯だった。
家に入り居間でくつろいでいるのに親父はまるでロボットの様だった。
直ぐに2階から茉弥が降りてきた。
「茉弥ただいま」
「あっ、兄さまと海姉さまだ。海姉さま。あけましておめでとうございます」
「茉弥ちゃん、おめでとう。今年も宜しくね」
俺と海の間に座り嬉しそうに俺と海の手をつかんできた。
「あら、マーちゃんも起きたんだ。じゃ、少し早いけれど食事にしましょう」
「あ、私も手伝います」
「いいのよ、海ちゃんは。今日はお客様なんだから。マーちゃんお手伝い宜しくね」
「はーい、母さま」
食事が楽しく始まった。
親父も少しなれたのか色々と話す様になってきた。
「へぇ、島で知り合ってね。フラフラした奴で面倒掛けると思うけど宜しくね」
「フラフラしているのは親父だって一緒だろ」
「お前と一緒にするな」
親父が俺の事を一瞥して海の方を向いた。
「海さんは何のお仕事をしているのかな?」
「俺と同じ先輩の店で働いているよ」
「お前には聞いてないだろ。少し黙ってろ。しかし、何処からどう見てもお嬢様にしか見えないんだけどな」
親父が腕を組んで唸っている。
お袋が何かを親父の耳元で囁くとそれでお終いだった。
「み、水神、こ、こ、コンツェルンの、そ、総帥の妹さん?」
完全に壊れてしまった。
俺も笑いを堪えるのが限界で腹を抱えて笑い海だけがキョトンとしていた。
「今度は親父が少し頭冷やした方がいいんじゃないか」
「ああ、少し散歩して来るわ」
食事を終わらせフラフラと出て行ってしまった。
「隆羅、お父さん大丈夫なの?」
「全然、平気だよ。しばらくしたら戻ってくるよ。正月で酒も飲んでるから頭を冷やしに土手にでも行ったんだよ」
「もう、タカちゃんも人が悪いんだから」
「でも、止めを刺したのはお袋だぞ」
「だって、黙っておくわけにも行かないじゃない。パパはあんなんなんだから」
「それもそうだな。しかし面白いな親父の奴」
「あんまり、馬鹿にして笑っちゃ駄目よ」
「判っているよ。俺はアイツの息子だぞ」
「そうね。うふふ」
茉弥は動じないと言うかマイペースでお節を食べていた。
潮さんが戻っている事を確認し屋敷に帰る事にする。
「また、遊びに来てね。海ちゃん」
「はい。茉弥ちゃんまた来るからね。バイバイ」
「海姉さま、またね。バイバイ」
「じゃ、お袋またな。親父に宜しく言っておいてくれ」
「タカちゃんも体に気を付けてね」
親父は結局戻ってこなかった。まったく何処行ったんだか。
電車を乗り継ぎ大倉山まで帰る。
電車では殆ど話さなかったが海は俺の腕につかまってとても楽しそうな顔をしていた。
「今日は、結構連れ回しちゃったな」
「そんな事ないよ。とても楽しかったし。それにとても嬉しかった。隆羅がとても大切に思っていてくれるのがよく分かったから。ありがとう」
「これからも、宜しくな」
「うん」
アパートの裏で軽くキスをして2人で屋敷に向かった。
屋敷に戻り海は部屋でキルシュに今日あった事を話ていた。
「キルシュ、聞いて。今日ね、隆羅と千葉に初日の出見に行ったの。アクアラインを通って山の中にある変なおやっさんの居る喫茶店でお汁粉たべて。皆で写真撮って。でね、隆羅のお父さんとお母さんの思い出の岬に行って初日の出を見てそこで色々あったんだけどそれは内緒ね。それから初詣行って海ほたるでご飯食べて。隆羅のお家で隆羅のお父さんに会っちゃた。今日は生きてきた中でも一番幸せかもしれないなぁ」
キルシュは毛繕いしながら何も言わずき海に付き合っていた。
「海ほたるで外人さんに囲まれちゃって大変だったんだから」
その頃、俺は潮さんの書斎に居た。
「ターちゃん、今日のデート楽しかったの?」
「ええ、とても」
「なんなの冴えない顔して。海とも上手く行ったんでしょうに」
「その事は海にでも聞いてください」
どう話せば良いのか整理がつかずごちゃごちゃな頭で考えていた。
「もう、何なのいったい。はっきりしなさい」
「逢魔の闇に遭いました」
「えっ、今なんて……」
潮さんの顔から一気に血の気が引いた。
「多分、アイツが逢魔の闇だと思います」
「いつ、遭ったの?」
「昼過ぎくらいです。凄い殺気で息すら出来ませんでした」
「昼間って。子どもの姿と言う事なの?」
「たぶん」
直ぐ近くに最悪が迫ってきているのに無力感に打ちひしがれ。
それ以上は何も言えなくなってしまった。
「そう、すぐには襲っては来ないでしょう。だけど油断は禁物よ」
「判っています」
「しっかりしなさい。お願いだから」
「大丈夫です」
小さな歯車が大きな歯車を動かし。
さらに大きな歯車が動き出そうとしていた。
小さな出来事が運命を動かす様に。