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新年-2


30分も走るとアパートが見えてきた。

下にバイクを止めて2階に上がると誰かが真っ暗な部屋の前に座っていた。

「海なのか? そんな所で何しているんだ。それもそんな格好で」

海の格好はお袋からクリスマスに貰った黒のセーターにチェックのスカートに黒いストッキングにスニーカーだった。

「あっ、隆羅。独りで帰って来ちゃった。でもお姉ちゃんにはちゃんと言って来たから」

「いつから居るんだ。ここに」

海の手を触ると冷え切っていた。ダウンのジッパーを外してダウンで包み込み抱きしめる。

「しょうがねえな、まったく」

「隆羅の体暖かい。あっ、私のセーターだ」

「こんなに体冷やして。風邪でも引いたらどうするんだ」

「だって会いたかったんだもん」

「電話するか部屋の中に居ればいいだろ」

「えへへ、そうだね。ゴメンね」

「あんまり心配掛けるなよ。まぁ、いいさ。俺も海に会いたかったしな」

海を前に向かせ後ろから抱き寄せてドアを背に廊下に座った。

「ねぇ、何でバイクなの?」

「頭を冷やしに出てきたんだ。バイクは親父のだよ」

「ああ、もしかして喧嘩したんだ」

「そ、そんなんじゃないよ。ただ正月早々お袋に悪いから出てきたんだよ」

「ああ、図星なんだ。茉弥ちゃん可愛そう」

「茉弥なら今頃、久しぶりに帰ってきた親父とじゃれているよ」

あのクソ親父は茉弥を溺愛していた。

茉弥に三回まわってワンと言えと言われれば躊躇いなくするに違いない。

「じゃ、隆羅ひとりぼっちなんだ」

「独りじゃねえょ。海が居るだろ」

「えへへ、嬉しい事を言うじゃん」

「そうだ。バイクで何処かに出掛けるか?」

「えっ、良いの? 行きたい」

「ちょっと待ってろ」

部屋に入りいつも着ているジャンパーを取り。

デイバッグに膝掛けになる物を入れて表に出て海にジャンパーを渡す。

「ほら、それじゃ寒いからこれでも着ろ」

「うん。あ、隆羅のいい匂いがする」

「足元それじゃ、寒くないか?」

「足は平気だよ。これとても温かいやつだから」

海が黒いストッキングの様な物ををつまんだ。

「これを持ってくれ。それとこれも首に巻いておけ、バイクは寒いからな」

海にデイバックを背負わせて凪から貰ったマフラーを海の首に巻いてやると俺の方を見て海が笑っている。

「ねぇ、隆羅それなあに」

「あっ、茉弥の奴だ。茉弥と遊んでいる時に着けられたんだ。あいつ、俺にヘアゴムやヘアバンドとか着けて遊ぶからな」

「ちょっと、それ貸してくれる」

「ああ、いいけど何するんだ」

「こうするの、だって、ヘルメット被るんでしょ」

茉弥が俺の首に着けていたヘアーバンドを渡すと綺麗な髪を一つに束ねていた。

「隆羅は首に何もしなくて良いの?」

「俺はタオルでも巻くから大丈夫だ。ヘルメットを被ってくれ」

「こう?」

「そうだ、動くなよ」

海の首に手を回してヘルメットの後ろにあるスイッチを入れる。

「今、何をしたの?」

「スイッチを入れたんだ」

スイッチを入れてヘルメットを被り確認のために海に話しかけてみる。

「俺の声が聞えるだろう」

「うん、凄い良く聞えるよ」

親父とお袋のヘルメットには会話が出来るようにインカムが仕込んであった。

タンデムステップを下ろして先にバイクに跨るとステップに足を置いて海がバイクに跨った。

「ねぇ、隆羅。このバイクって何ていうの?」

「カワサキのゼファーかな。でも親父が弄り倒しているからまったく別物になっちゃてるけどな」

「ふうん、そうなんだ。でも綺麗だね」

「じゃ、行くぞ」

エンジンを掛けると心地よい振動と海の温もりを感じる。

「しっかりつかまってろよ」

「うん、判った。何処に行くの?」

「初日の出を見に千葉の秘密の岬だ。内緒だぞ」

「本当に? 嬉しい」

バイクを出してとりあえず浮島に向かう。


「寒くないか?」

「平気だよ、凄く気持ちが良い」

「そうか、バイクに乗るの初めてなのか?」

「うん。初めて」

「じゃ、俺に体を預けてくれ」

「判った。隆羅の体と同じ動きをすればいいんでしょ」

「そうだ、自然にな」

しばらく環状2号線を走り首都高速神奈川6号川崎線に乗り浮島からアクアラインに入る。

「長いトンネルだね」

「車が通る海底トンネルとしては最長だからな」

「へぇ、そうなんだ」

「そろそろトンネルを抜けるぞ」

オレンジ色のナトリウムランプが海の上の高速道路を照らしていた。

「うわぁ綺麗。隆羅、隆羅。凄い、光の道みたい」

「楽しいか?」

「うん、ありがとう。連れて来てくれて」


千葉に渡り路肩に寄せて一旦バイクを止める。

真冬の夜のツーリングは流石にかなり寒かった。

「海、寒くないか?」

「うん、少し寒いかな」

「じゃ、ここからは景色も見えないし山道もあるから。俺のダウンの中に潜り込んでおけ」

この為にお袋が買ったんじゃないかと言うくらいかなり大きめのダウンのコートだった。

「うん、そうさせてもらうね」

「大丈夫か? 出すぞ」

海がダウンコートに潜り込みしっかりと腰に手をまわした。

「えへへ、隆羅の優しい匂いがいっぱいするよ」

「海、寝るなよ落ちるぞ」

「うん、判ってる」

しばらく畑の中のような閑散とした国道を走る。

「ねぇ、あのさ。隆羅のお父さんてどんな人なの」

「親父は昔、暴走族のヘッドをしていたって言っていた。今もやっている事は殆ど変わらない。家にもめったに帰ってこないしな」

「何のお仕事をしているの?」

「何でも屋みたいなものかな。車とバイクの事なら何でも。チューン、ドライバー、メカニック。今でもレーシングチーム持っているしな」

「凄いんだね」

「どうなんだかな。ただの道楽にしか見えないけれど」

「でも、如月ママはそう思っていないんでしょ」

「ああ、田舎から連れ出してくれたのは親父だって言っていたからな」

「田舎って?」

「お袋も親父も生れは四国の山奥だよ」

「へえ、そうなんだ」

「あっ、トイレに行きたくなって来た」

「もう、ムードも何も無いんだから。バカ」

「仕方ないだろ、生理現象なんだから」


「確かこの先だったと思うけど。あそこまだあるのかな」

そんな事を考えながらしばらく走ると国道沿いに灯りが見えてきた。

店の前にバイクを止めると海がゴソゴソと降りてヘルメットを取り伸びをしている。

古びた木の看板には『喫茶 風』と書いてあった。

「隆羅、ここは何?」

「えっ? ただの喫茶店だぞ」

「だって、周りに民家なんて一軒も無いよ。それに山の中みたいだし。お化けが出そうだよ」

水の精の海が不思議な事を言っている。俺なんか鬼の血が……

「大丈夫だよ、ここはバイク乗りの溜まり場なんだ。迷惑にならないようにこんな所に店を構えているんだよ。それに大晦日から元旦に掛けては朝まで営業している筈だからな。親父の馴染みの店だから安心しろ。寒いから入るぞ」

「何だか、怖いなぁ」

ドアが不気味な音を立てると海が俺の後ろに隠れた。

「おやっさん、おやっさん。居るの?」

「なんだ仁か。はぁ? 隆羅じゃねえか、久しぶりだな」

声を掛けると薄暗い店内のカウンターからひげ面のおやっさんが顔を出して驚いている。

「ご無沙汰しています。ちょっとトイレ借りますね」

「コーヒーぐらい飲んでけよ。たく」

「スンマセン、これが有るもんで」

「沙羅スペシャルか敵わねえな。沙羅ちゃんには勝てねえからな。ほれ行って来い」

シルバーのステンボトルを見せて店の奥のトイレに向かう。

「おんや、あんたもしかして隆羅の彼女さんか?」

「えっ、は、はい」

海が白髪交じりのひげ面のマスターの顔を見て後ずさりした。

「そんなに怖がるなよ、取って食ったりしないから。そうだお汁粉食べるか、温まるぞ」

「うっ、はい!」

マスターの手にあるお椀からは甘く蕩けそうな匂いがして湯気が立っていた。

「あ~ すっきりしたって。海、何してるんだ?」

「あっ、隆羅。お汁粉甘くて温かくて美味しいよ」

カウンターで海はおやっさんと仲良くお汁粉を食べていた。

「美味しいよって、お前な。あんなに怖がっていたのに」

ちょろっと舌を出して海が笑っている。

「隆羅、こんな可愛い子隠しておいてちゃんと紹介しろ」

「こいつは俺の彼女の水無月 海です。おやっさんもヨロシクな」

「おい、み、水無月ってまさか」

「おやっさんには敵わないな。そのまさかなんですけれど出来るだけ内密にお願いします」

「ひゃあ、たまげた。隆羅の彼女があのコンツェルンのお嬢さんなんて。いやぁ正月でも毎年開けておくもんだな。また来年も連れて来いよ、お譲ちゃんまたお汁粉用意しておくからな」

「はーい」

現金な海が嬉しそうに手を上げて返事をした。

「隆羅、写真撮らせろ店に飾るからいいな。撮らせなかったら皆に言いふらすからな」

「本当に子どもみたいだなおやっさんは」

そんな訳で記念撮影になった。

俺がおやっさんのデジカメでタイマー機能を使い何枚か撮る。

「じゃ、また来ますね」

おやっさんに頭を下げて店を出た。

「しかし、海も現金な奴だなあんなに怖がっていたのに」

「だって、お汁粉美味しそうだったんだもん」

「じゃ、行くか」


.しばらく走るとだいぶ開けてきて海に突き当たり少し北上する。

海側にバイクを止めて海に向かって獣道を少し歩く。

「暗いから足元気を付けろよ」

「キャッ」

「言っているそばから、お前は」

「う、うん。ありがとう」

海の手を取りながらしばらく歩くと少し開けた岬の上に出た。

そこそこの広さがあり岩が良い感じで頭を出している。

時間を確認すると日の出までには少し時間があった。

「なぁ、秘密の場所だろ」

「凄いね、少し寒いけど」

「すぐそこの下は海だからな。あの岩に座るか」

暗闇の中から岩に当たり砕ける波の音と風の音しか聞こえない。

ダウンを広げて海を包み込むようにして岩に座った。

「ねぇ、隆羅はなんでこんな所を知っているの?」

「そ、それはそのなんでって親父に教えてもらったんだ」

「えっ、お父さんに」

「そうだ、親父も昔はお袋と毎年のようにここに来ていたんだ」

「ええ、ここって隆羅のお父さんと如月ママの思い出の場所なの?」

「俺達が生まれてからは、あまり来なくなったらしいけどな。その……」

「ん、何?」

あまり口にしたくない言葉だが海が隣で首を傾げて俺を見ている。

ゆっくり息を吐いてから口にする。

「俺も彼女が出来たら連れて来たかったんだ、親父達のみたいに」

「うん、凄く嬉しい、ありがとう。クチュン」

冷たい風のせいか海が可愛らしいくしゃみをした。

「寒いのか、もっとこっちに来い」

体に手を回すと海の鼓動と体温が伝わってくる。

「私ね。小さい頃から隆羅の事知っていたような気がするの」

「そうなのか」

海も何かを感じているのかもしれないと思った。

「うん、何故か判らなないけれど」

「そうだなえにしで繋がっているのかもしれないな」

えにし?」

「そうだ出逢う人は出逢うべくして出逢う。みんな縁で繋がっているんだ。潮さんも凪も五月先輩も島の皆も縁で繋がっているから出逢った。海とはもっと昔から繋がっていたのかもしれないな」

そうあの池のほとりで出逢った時から。

いや、それ以前からだったのかもしれない。

そんな運命だったのかもと今なら思える。

「隆羅って不思議」

「なんでだ?」

「隆羅が言う事何でも信じられる。隣に居てくれるのが隆羅でよかった」

「ありがとう、俺もだ。コーヒーでも飲むか。温まるぞ」

ポケットからステンボトルを取り出す。

「えっ、コーヒー?」

「お袋が入れた沙羅スペシャル、美味いぞ。ほら」

ステンボトルの蓋に注ぎ海に渡すと海が両手で蓋を持ちそっと口をつける。

「うっ、隆羅、苦い」

「ブラックコーヒーだからな。どれ、苦くないぞ」

海から蓋を取り口を付けるが言うほど苦くなかった。

「暖かいけど苦いもん」

「海はお子ちゃまだからな。まいったな」

左のポケットを触ると何かが当り取り出してみるとクッキーだった。

「なんだこれ、クッキー? ふふふ、茉弥だな」

「それ、どうしたの?」

「茉弥からのお年玉だ。ほれ、クッキー」

「えっ、ありがとう。でもどうして」

海にクッキーを渡すと美味しそうに頬張った。

「俺が知らない間にポケットにお菓子を入れておいたんだ。たぶんお年玉のつもりなんだろう他には何が入っているのかな。お、板チョコがあるぞ。そうだ」

板チョコを見つけボトルの中蓋を外し板チョコを割りながら入れる。

「何をしている?」

「ちょっと、待っていろ」

ゆっくりとステンボトルを回しながらチョコを溶かし、もう一度、蓋に注ぎ渡した。

「飲んでみな」

「うん、あ。甘くて美味しい。チョコの味がする」

「隆羅特製チョコーヒーだ」

「チョコーヒーって何だか、変」

「そうか変かなぁ」

「隆羅って面白い」

「そうか、そうだな」

「うん、でもありがとう」

空が白み始める。

海は黙ったまま寄り添い水平線を見つめていた。

ゆっくりと白い光が上がってきて光が強さを増していく。

そして、力強くとても優しい一年の初めの太陽の光が辺り一面を包み込んだ。

「今年もよろしくな」

「うん、ヨロシクね」

「海」

「なに?」

「海、愛してる」

「隆羅、私も愛してる」

軽く柔らかい海の唇にキスをする。

「隆羅、もう一度、言って」

「海、愛してる」

再び唇と唇が重なるとても静かに。そしてしっかりと2人を結びつけた。

海の顔を見ると涙が光っていた。

「どうしたんだ? 海」

「何故だか判らないけれど涙が出てくるの。嬉しくって幸せなのに」

「そうか、また一緒に来ような」

「うん、約束だよ」

「約束だ」

海の肩を抱きしめ、しばらくそのままでいた。

初日の出に祝福されているように暖かい光に包まれながら。


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