クリスマス-3
俺は海にイヴの予定を決めるべく海の部屋に向かっていた。
「海、居るか。開けるぞ」
「駄目! 今は開けちゃ駄目!」
ノックして声を掛けると部屋の中から凄い物音がして海の声がした。
心配になりノブに手を掛けると慌てて海が顔をだし肩で息をしてる。
「凄い音がしたが大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫だから。何の用なの?」
「いや、イヴの予定を話したくてな」
「じゃ、あっちで話をしよう」
なんだか何もしていないのにとても悪い事をしている様な気分になってくる。
海に手を引っ張られて応接間に連れていかれた。
何だったんだろう?
部屋の片付けでもしていたのだろうと思うしかないがクリスマスの事を切り出しづらい。
しばらく海と他愛のない話をしていると潮さんが現れた。
「あら、ちょうど良い所に居るじゃない。ラブラブカップルが」
「バカップルみたいな言い方やめて下さい」
潮さんに弄られた瞬間に嫌な予感がした。
「ターちゃんと海はイヴの日は仕事なの?」
「いえ、先輩に2人でゆっくりする様にと休みを頂きました」
「2人でゆっくりね。でもゴメンなさいターちゃんにお願いがあるの」
「何ですかそのお願いって。俺に出来る事なら出来る限りはしますけど」
イヴの予定を聞いた潮さんの瞳が嫌な意味で輝きだした。
「ターちゃんにしか出来ないお願いなの。実はイヴの日にうちでパーティーをする事になってケーキや料理を準備してもらいたいの」
「無理ですね」
「でも、そのパーティーには沙羅さんや茉弥ちゃんも参加するんだけれど。ね、お願い。この間4人で会った時に決定しちゃったの。お願いよ」
「それはお願いと言うんじゃなくて命令か強制と言うんじゃないですか?」
「それは違うわ。お願いと言う事後承諾よ」
「馬鹿馬鹿しい」
一蹴しようとするとピンポイントでウィークポイントを突いてきた。
「海も、愛しいターちゃんの美味しいケーキや美味しい料理食べたいわよね」
「うん、食べてみたいな」
キラキラとした嬉しそうな目で海が俺を見つめている。
「ああ。もう、しょうがねな。やりますやらせて頂きます」
「じゃ決まりね、ヨロシク。ターちゃん大好きよ」
「それは結構ですから」
幼い頃は毎年クリスマスは茉弥とお袋と俺の3人だけでしていた。
俺が居ないここ数年はお袋と茉弥の2人でしていたのだろう。
そんな事を考えるとみんなとパーティーは楽しみにしている筈だ。
俺と海の都合だけでむげに断る事など決して出来る筈もなく。
茉弥や凪の喜ぶ顔が見られるのならそれで良い気がする。
イヴの前夜、クリスマスイヴイヴに。
仕事が終わってから俺は翌日の仕込みの為に水無月家のキッチンに居た。
メニューは頭の中で大体決まっている。
レシピさえ解ればどんな料理でも作りはするが料理を基本から覚えた訳ではないので殆どが自己流だった。
それにクリスマスの料理と言っても茉弥の為にお袋と相談しながら作っていたのでお子様メニューばかりなのだが。
だからと言って決して手抜きではない。
取りあえずケーキとサンドイッチの仕込みだけ前日に終わらす予定でキッチンに立っていた。
ケーキは2種類。
ひとつ目はココアのスポンジでラズベリーのムースをサンドしてチョコレートコーティングしたもので粉砂糖でデコレーションをする。
そしてもう一つが定番のブッシュ ドゥ ノエルで作り方は色々あるが、こちらもチョコレートクリームで茉弥と凪はチョコレート系がお好みらしくその為のチョイスだ。
サンドイッチは卵やハムにキューリなどの定番中の定番と。
イチゴやオレンジ、パイナップルやバナナと生クリームを挟んだフルーツサンドを作りラップして冷蔵庫で寝かせておく。
予定通り3時間弱くらいで仕込が終わった。
家のキッチンではこうは行かない。
ここはちょっとしたレストラン並みの設備がある水無月家のキッチンならではだ。
そしてここはあの日どんな事をしてでも海を守ると決め。
2人でリゾットを食べた場所でもあった。
あの時と同じようにキッチンの床に座り壁にもたれて何も考えずに休んでいると、誰かがキッチンに入ってくる気配がした。
「どうした海? こんな時間に」
「コーヒーが飲みたくなって部屋から出たらキッチンに明かりが点いていたから。まだ隆羅がいるのかなって」
海の手には温かいコーヒーが入ったカップが2つあった。
俺の横に座り海がカップを差し出した。
「サンキューな」
「なぁ、海。憶えているか? あの時もこんな感じだったな。海がグシュグシュでリゾット食べていたよな」
「だってしょうがないじゃん。あれは隆羅が」
「そうだな、ゴメンな変な事を言って」
しばらく沈黙が流れた。
俺は潮さんの電話の言葉を考えていた。
後どれ位こうして海と一緒に居られるのだろう。
時間はどの位残されているのだろう。
俺が居なくなった時に海は今までの俺との思い出を全て忘れてしまうのだろうか。
すると海が切なそうな声で話しかけてきた。
「隆羅、何でそんな哀しそうな目をしているの? お願いだからそんな悲しそうな眼をしないで。悩みがあるのなら話して。2人でなんとかしよう。お願い」
「大丈夫だ、俺は海とこれからもずーと一緒だ」
揺れる瞳の海に笑顔で答える。
「うん、私も隆羅とずーと一緒だよ」
「そうだな明日も朝から準備だ。もう寝よう」
立ち上がり2人でキッチンを後にした。
玄関まで送ると言われたが1人で大丈夫だと断り海のおでこに軽くキッスをして別れた。
今さら悩んでも仕方が無い。
俺は全力で海を守ると決めたんだ。
どうしようもない事にも全力でぶつかるしか今の俺には出来ないのだから。
覚悟は出来ている筈だった。
翌朝は準備に追われていた。
半分に切った大根にアルミホイルを巻いて皿に立てる。
そこにピックに刺したートボールやプチトマトに丸いチーズなどをさしてツリーに見立て。
ツリーの周りにはブロッコリーやカリフラワーにウインナーなどで作った温サラダを盛り付ける。
鶏の骨付きもも肉のロースト・トマトソース煮にパスタを数種類。
明太子とクリームチーズのディップをクラッカーにのせる。
小さなケーキの丸型にカレーピラフを敷き詰めそこに型と同じ大きさに焼いたハンバーグを入れ。
またカレーピラフを敷き少し押し固め落ち着かしてからお皿に型から外し。
ケーキの様に錦糸玉子やニンジンのグラッセやグリーンピースなどでデコレーションする。
あとは一口おにぎりなのだが海が手伝うと言ってくれたのでやってもらっている。
小さめのラップにふりかけなどで色々な味を付けたご飯を巾着の様に絞リボンをする。
いたって簡単なのだが数があると結構見栄えがする。
それに手を汚さずに食べられる。
フレッシュサラダ系もと思っていたらお袋から電話があり。
俺だけじゃ大変だろうから何か作って持っていくと言ったので打ち合わせをしてサラダ系はお袋にお願いをした。
サラダならかさ張るが重たくは無いはずだし潮さんが車で迎えに行くと言ってくれたので問題は無いだろう。
凪と潮さんは会場のセッティングをしている様だった。
パーティーは夕方からで。
それにあわせて準備していたが少し時間が余ったので1人で庭を散歩していてキルシュに会った。
「お前これからどうするのだ?」
「どうするって、何がだよ」
「お前には覚悟が出来ているのだろう」
「ああ、でも誰にもこれからの事なんて分からないじゃないか」
「そうなんだが」
「なぁ、キルシュ。誰しも先が見えず不安になったり未来に期待したりして悩みながら生きているんだ。でも、たぶん何とかなるもんなんだ。どんな事でもな。ナンクルナイサーさ。気楽に行こうぜ」
「そんなものなのか?」
「そんなもんだろ人生ってやつは。今まで何とかならなかった事なんて無いじゃないか。そうだろ」
「そうだな」
「でも、ニライカナイやパイパティローマにハイドナンが在ったらいいのにな」
「なんなんだそれ」
「沖縄の昔からの言い伝えで南方の何処かにあると言われている理想郷か楽園みたいなものかな」
「そうか、楽園かそうだな」
「ヤバイ時間だ。また後からな」