凪とデート-1
あの日、右腕の封印を解いてから少し変わった事がある。
力の使い方は未だに解らないのだが感覚が研ぎ澄まされている。
キルシュの気配なんかは目には見えていないけれど近くに居れば何処にいるか分かるくらいに。
それ以外にも色々と感じられる様になって来ているのだが、水無月家の連中の気配は水の力の為か集中しないと感じ取れない。
日曜の朝。寝ているとぼんやりと気配を感じた。
とても軽やかな軽い足音だった。そしていきなり俺の上に飛び乗ってきた。
変な呻き声をあげ目を開けるとそこにはマウントポジションを取っている凪の姿があった。
海は毎日のように俺の部屋に知らない間に入り浸っているが凪もちょくちょく俺の部屋に居る事があった。
「兄貴、おはよう。もうすぐお昼だよ早く起きて」
「おやすみ」
「兄貴、起きてってば」
俺の上に乗っかったままで凪が飛び跳ねたが凪の体は軽くダメージがないので気にしない。
「何の様だ、日曜の朝ぱらから」
「日曜の朝だからだよ、兄貴どうせ暇でしょ」
確かに休みの日にする事と言えば掃除か洗濯くらいなものなんだが。
「デートしよう」
「デート?」
「そう、デートしてあげる。兄貴と」
上から目線で言われ布団に潜り込む。
「行ってみたい所があるの」
「何処に行きたいんだ」
「原宿」
「日曜の原宿なんて人間の行く所じゃない」
布団に潜り込んだまま言うと今度は思いっきり凪が飛び跳ねた。
流石にヤバいと思いベッドから転げ落ち床にしたたか頭を打った。
海以外の水無月家の人間は俺の事を人間だと認識しているのだろうか。
「何で逃げるかな」
「そりゃ逃げるわ、殺す気か?」
「で行ってくれるの、一緒に」
「しようがねえなぁ、外で少し待っていろ準備するから」
「やった。兄貴ありがとう」
抱き着いてきた凪を引きはがすと嬉しそうに部屋から出て行った。
着替えを済ませ外に出るが凪の姿が見当たらない。
「まったく、何処に行ったんだ。凪のやつ」
仕方なく階段に座って空を見て待つ事にする。
時計の長針が90度動いた頃に凪が息を切らして現れた。
「ゴメン、兄貴。忘れ物しちゃって取りに行っていたの。てへへ」
「てへへって。しょうがねえな。原宿に何しに行くんだ」
「洋服を見に行きたいの。友達が可愛い洋服がいっぱいあるって言ったから。潮お姉ちゃんに言ったらターちゃんに頼みなさいって」
「判った、じゃあ行くぞ」
歩いて大倉山の駅に向かい東横線で渋谷に向かう。
アパートを出てからずっと感じている視線に気づいていた。
電車に乗った時に誰だかハッキリした。
電車は比較的にすいていたが隣の車両を見るとあからさまに怪しい人物が居る。
大きめの帽子にサングラスをかけてこちらをチラチラと伺う海が座っていた。
凪はまったく気付いていない様子だった。
凪が屋敷に忘れ物を取りに行った時に屋敷の廊下で潮と会った。
「どうしたの凪、そんなに嬉しそうな顔しちゃって」
「えへへ、兄貴に頼んだら原宿に連れて行ってくれるって」
「あら、ターちゃんとデートなのそれは良かったわね。気を付けて行ってらっしゃい」
凪は忘れ物を取りに部屋に走って行った。
その後で潮は海に会った。
「あら、海そんな所でボヤボヤしていて良いの?」
「えっ何のこと。お姉ちゃん」
「凪これからターちゃんとデートって言っていたわよ。凪に取られちゃうかもよ」
「そんな訳無いじゃない」
「あら、ずいぶん余裕ね。凪の声はあれよ。それでも余裕で居られるの?」
潮は心配する振りをして面白がって海を煽り。それを真に受け海は隆羅達の尾行を始めた。
電車の中で凪がずっと学校や友達の話をするのを聞いていた。
「凪、洋服が見たいなら。渋谷にいい所あるぞ」
「えっ。じゃあ行って見たい」
渋谷の駅を出てからゆっくりと歩きだすしハチ公前に出ると恐ろしい程の人ゴミだった。
はぐれない様に凪の手を取って歩き出す。
向かう先は109だ。
マルキュウのビルの中に入ると噂には聞いていたが見事に女の子だらけだった。
そして俺に突き刺さる視線があきらかに痛い。
「ねぇ、あの子、凄く可愛いくない。でも横に居るの、何あれ」
「可愛いモデルかなぁ。あの冴えないのが付き人じゃない」
凪はあの水無月家の人間で。
潮さんや海は誰から見てもハイレベルな美人な訳だから、小さな凪も可愛いくない筈が無い事に気付いたがもう後の祭りである。
潮さんが前に俺に言ったあの言葉を思い出した。
『海はすぐ迷子になるから』
そして気付かれない様に海の姿を確認しつつ集中力を少し高め海の気配を感じ取る。
集中し続けるのはかなりキツイ。
しばらくすると体が慣れてきたせいか常に海の事を頭でイメージすると海の気配を感じられるようになた。
それがどうしてなのはまったく理解できない。
109の中を痛い視線を浴びながら凪に引っ張り回されていた。
凪に手を引っ張られて動き回る度に海の姿を確認する。
海が違う方向に進もうとした時は俺が凪を引っ張りワザと海の視界に入るようにして気付かせた。
何故こんなまどろっこしい事をしているかと言えば海が妹思いで気を使っているのが分かるからで。
そうしている内に海も少し慣れてきて余裕が出来て来たのか洋服を見ている。
昼食時間と言う事もあってか少し店内は空いてきた。
俺は通路沿いのショップのショーウインドウを背にして凪が買った洋服の紙袋を持ち立っていた。
凪は近くのショップで洋服を見ている。
反対側では海がこちらを伺いながらマネキンの前で立ち止まり洋服を見ていた。
とても気になるらしいサイズもちょうど良いのだろう迷っている様子だった。
その時、凪に呼ばれて凪の方に向かう。
「何だ、凪?」
「これどう思う?」
肩越しに見ると何度も振り向いてマネキンの洋服を見ていたが諦めたのか俺らの後を着いて来た。
しばらく店内を見て周り109を出る。
俺の手には凪が買った洋服の紙袋が数個とそれとは別の紙袋があった。
人ごみをゆっくり抜けて渋谷駅の反対側に出る。
原宿までの大通りは比較的日曜でも人が少なくこじゃれた店もありウインドーショッピングをしながら原宿に向かった。
原宿が近づくに従い人が増えもうこれ以上海を確認しながらと言う状況は無理だと判断して。
海を見失う前に手を打つ事を考えた。
しかし、俺たちに見つかれば慌てて逃げ出す事が手に取るように判る。
その為に原宿と言えば山下通りなのだがそこへは向かわず駅前にある歩道橋をわたって原宿の駅前に出る。
海は歩道橋を渡ると見つかると思ったのか通りの向こうで歩道橋の陰からこちらを伺っていた。
駅前の広場で凪に荷物を預け少し待たせて置く事にした。
「悪いが、ちょっとここで待っていてくれ。絶対に動くなよ、それと知らない日本人が声を掛けてきたら適当な英語で答えろ分かったな」
「えっ、意味分からないよ。兄貴、何処に行くの?」
「すぐに戻るから、そこに居ろよ」
若者が集まる所にはキャッチや怪しいスカウトが多い。
駅に電車が入り改札から人が流れ出て来るのを確認して人ゴミに紛れ動き出す。
海を見るとキョロキョロしている俺の事をロストしたみたいだ。
その隙を突いて歩道橋を駆け上がる。
もう一度、海を見ると俺の姿を見失ったので凪の方を見ているようだった。
通りを越え歩道橋を降りて海の背後に立つ。
「海、お前ここでいったい何をしているんだ?」
「べ、べつに何も。その……」
「しょうがねえな」
海が慌てて振り返り俺の姿を見て驚いて、そして強い口調だった為に目が泳いでいる。
海の頭をくしゅっと撫でてから海の手を取り来た道を戻る。
上から凪を見ると不安そうにキョロキョロして俺の姿を探しているようだった。
駅前で待っている凪の前に行くと目を真ん丸にしている。
「な、なんでお姉ちゃんがここに居るの」
「付いて来ていたんだ、俺達の後をずっと」
怒られるのかと思ったのか海は何も言わずに俯いたままだった。
「で、兄貴は何処で気付いたの?」
「アパート」
海と凪が唖然として。そして海に忠告する。
「今日は凪に誘われたのだから凪が主役だ。それに散々心配かけた罰だ。海の事は一切構わないからな」
「しょうがないな、お姉ちゃんはもう。すぐ迷子になるくせに」
俺と顔をあわせて笑った凪の荷物を左肩に掛ける。
「さぁ、飯でも食いに行くか」
「えっ、どうして急に」
「誰かさんはお腹が空いて今にも倒れそうだぞ」
凪が不思議そうな顔をしている。
海の動きが段々鈍くなって極めつけは食べ物屋の前でお腹を押さえしゃがみ込んだのを俺は見逃さなかった。
「お腹が空いているなんて見ただけじゃ分かんないじゃん」
「ほらな、行くぞ」
「まぁ、いいか」
可愛らしい音が聞こえ海に手を差し出すのを見た凪は俺達を微笑みながら見上げた。
近くのカフェに入り食事をした。
食後のコーヒーを飲んでいると海がトイレにたった。
「凪、今日はなんだか変な事になってゴメンな」
「えっ、兄貴が悪い訳じゃないし。お姉ちゃんは兄貴の事が心配だったんじゃないの」
「まぁ、俺の方が心配だったけどな」
「でも、お互いに凄いな。これも愛の力だね」
カップに口を付けた時にそんな事を言われ思い切り咳き込んだ。
カフェを後にして本日のメインディシュ『山下通り』に向かう。
俺の左肩には幾つもの紙袋そして右手は海の手を引いている。もちろん逸れない為だが。
「兄貴。少し荷物持とうか、大変そうだよ」
「これくらい大丈夫だ。それに今日は凪が主役だからな」
山下通りはもの凄い事になっていた。見渡す限り人の頭しか見えない。
そんな人ゴミの中を流されながら一応通り抜けると凪は目を回していた。
「海、ちょっと凪を見ていてくれ」
その場を離れクレープの屋台に向かいチョコレートとストロベリーの2つを買い海と凪の所に戻る。
「ほら、これでも食べながら一休みだ」
クレープを差し出すと海がストロベリーを凪がチョコレートを取った。
凪は放心しながら海はとても嬉しそうに食べている。
「凪、もう大丈夫か?」
「うん、ありがとう。もう平気」
「まだ、見るか?」
人ゴミを見ながら言うと凪が思いっきり首を横に振った。
「兄貴、ここは毎日こんななの」
「そうだな、平日も人は多いけれどやっぱり休日は凄いな」
「もう、洋服買えたからいいや」
時計を見るとまだ時間がたっぷり残っていた。
「今日は凪が主役だ。他に行きたい所は無いのか」
「兄貴が子どもの頃に住んでいた所に行ってみたい。ここから遠いの?」
「まぁ、そんなには遠くないと思うが」
「じゃあ、レッツ ゴー」
頭の片隅にあまり行きたくないと言う思いがあったが凪が元気よく立ち上がり。
行かない理由が無くなってしまった。