凪の友達-2
「ねえ、君達。ここで何しているの?」
「俺らとドライブしようよ。ねえ、ねえ」
デカ男とチビ男が口々に言うと凪があからさまに嫌な顔をした。
「もうすぐ、兄貴が来るから」
「兄貴なんてほっといて、俺らと行こうよ」
「離してください」
チビ男が凪の手を掴み愛達が騒ぐと男がにやけた。
「最低!」
「何をこらぁ」
凪が強い口調で言いながら男の手を払いのけると男が凄んだ。
メガネ橋に近づくとトラブっているのが見え。
4人の少し後ろに車を止めてドアを開けて声を掛ける。
「どうしたんだ?」
車から降りると4人が口々に俺を呼んで俺の後ろに隠れた。
「自分の連れのこの子達に何か用ですか?」
「あん、なんだてめぇ」
「そのガキがクソ生意気な口の聞き方しやがったんだよ」
デカい男が睨み付け小さい方が凪を指差しながら凄んだ。
後ろを振り向き小声で何を言ったんだと聞くと凪が呟いた。
それだけで十分だった。
「何をゴチャゴチャやってやがるんだ。おい」
「少し下がってて。大丈夫だから」
あまり離れると危ないと思い少しだけ下がるように4人に指示する。
そして事をこれ以上大きくしない為に2人の男に向かって頭を下げた。
「この子達の非礼は謝ります。申し訳ありませんでした」
「ふざけんな、なめてんのか」
デカ男が胸座を掴んできた。
「ちゃんと謝っているじゃないですか」
「ざけんなぁ」
「このヘタレが、なま言ってんじゃねえぞ」
男に突き飛ばされてバランスを崩して4人の前に尻餅をついてしまう。
その後の言葉はこの彼女達に向けられた聞くに堪えない言葉だった。
無性に怒りがこみ上げてきる。
俺の事は何とでも言えば良い。だけどこんな良い子達を侮辱するのは許さない。
それ以上に彼女達をこれ以上危険にさらす訳にいかなかった。
こいつ等には口で言ったのでは無理なのだろう。
もの凄い怒りがこみ上げてきて反比例するかの様に何かがスーと下がっていきとても冷めた感覚がする。
Gパンについた土を払いながら立ち上がり無意識の内に半身の姿勢をとっていた。
「謝っているじゃないですか」
「やるのか、コラァ」
とても冷たい口調になっていた。
デカ男がくわえたタバコを吐き捨て足で捻り潰した。
そして手に持っているまだ開けていない缶コーヒーか何かを俺の顔めがけて投げてくる。
それと同時に俺に向かって拳を上げて走りだした。
感覚が研ぎ澄まれて後ろで4人が耳を塞ぎ、目を瞑ってしゃがむのがわかった。
恐怖心はなく飛んで来た缶を上段の受けで右手の甲で弾き飛ばす。
一瞬、右腕に文様が現れ手の甲が光った。
缶はありえないスピードでガードレールに衝突して炸裂音と共に破裂し中身を撒き散らしてグシャリとつぶれた。
向かってきたデカ男はピタリと止まり尻餅をついた。
「消えろ、このクズ」
冷めた口調で言い放つと男達は慌てふためいて車で走り去った。
男と対峙した時よりも振り返った時の彼女達の反応が怖い。
深呼吸をして出来るだけ優しく4人に声を掛ける。
「もう安心だ、怖かったかゴメンな」
「兄貴、凄い」
「兄さん、超カッコいい」
「お兄さん、素敵」
「お兄ちゃん、大好き」
4人が口々に叫んで抱きついてきた。
最近の子はみんなこんな感じなのだろうか?
すると近くに赤いスポーツカーが止まり窓が開き派手な女の人が声を掛けてきた。
「そこの、お兄さんちょっといい。この峠に『キッド』が来たって、本当?」
「さぁ、あまりここには来ないんで」
真面目に答える気もなく適当にあしらう。
「クイーンの車探そう。こんなヘタレな子に聞いても無駄よ」
「じゃあ~ね」
助手席に居たさらに派手な女の人が口を出して走り去った。
初めてこの間ここに来た事が大騒ぎになっているのを知ったの瞬間だった。
でもクイーンて誰だ?
車に戻り4人に一応確認をする。
「ジェットコースターしなきゃ駄目か?」
「うん!」
4人が一斉に答えた。
「しょうがねえな、行くか」
「イェーイ!」
4人とも楽しそうに腕を上に突き上げた。
車に乗り込み全員にベルトを締めさせて峠の入り口に向かう。
「さぁ、準備は良いか。行くぞ」
「イェーイ!」
4人とも楽しそうにまた腕を上に突き上げた。
アクセルを開けてコーナーで車をドリフトさせながら進む。
コーナーの度にとても楽しそうな声を上げている。
少し遅めの昼飯の為に峠を越えて軽井沢駅に向かう。
駅の近くの『カフェ てぃーだ』に車を止める。
この店はキッド呼ばれていた頃に親父によく連れて来られた馴染みの店だった。
店に入るとマスターが俺の顔を見るなり声を掛けてきた。
「キッ…… た、隆羅じゃないか久しぶりだなぁ、元気してたか?」
「マスター、いつものある?」
「あるぞ、今も、相変わらずだ」
いきなりマスターと俺が話し始めたので4人がキョトンとした顔をしていた。
「兄貴、ここ知ってるの?」
「ああ、昔よく来た店だ」
「兄さん、いつものって何」
「カレーだよ、ここはカレーライスが絶品なんだ」
凪に続いて愛が聞いてきた。そして4人は顔を見合わせ息を合わせて叫んだ。
「マスター、いつもの五つ!」
「ハイよ、元気だなぁ。みんな」
「ひとつ大盛りね」
俺が付け加えた。
食事を終え4人はテーブルでマスターの奢りのお勧めスイーツを食べていた。
俺はカウンターに呼ばれてマスターと話をしている。
「おい、キッドお前、最近あの峠で何をした?」
「少し前に凪を長野まで送る途中で寄り道したんだよ。ちょっと訳ありで」
「れだけかぁ、お前」
「時間が無いのにメガネ橋の写真が欲しいって言われたから。こっちから全開で峠を越えてメガネ橋に」
そこまで言うとマスターが腕を組んで唸っている。
「それだな、お祭り騒ぎだぞ」
「俺的には後の祭りかな。そう言えばクイーンって誰だ?」
「お前の親父キングと張り合っていた凄腕の女の事だよ。何処かの令嬢で名前までは思い出せないな。それより、あの子達はなんだ? まさか未成年はまずいぞ」
「違うよ。彼女の妹とその友達だよ」
本当のところ今は彼女では無いのだが……
「おい、キッド。彼女って」
「マスター声がでかいって。痛たたたた、痛いってば」
「おいキッド。今度絶対に連れて来いよ。連れて来て紹介しなかったら、お前の秘密ばらすからな」
俺の肩を掴んで引っ張り上げながらながらマスターがとんでもない事を言っている。
なんで俺の周りの人って皆こん人ばかりなんだ。
店を後にして帰路に着く帰りは大諸から高速で戻ることにした。
クイーンか令嬢って言ってたな。ヤンチャな令嬢って。
ある人の顔が浮かんで来たが深くは考えない事にした。
アパートに着く頃にはすっかり忘れていた。
その夜は潮さん屋敷に呼ばれ皆で食事した。
その後、俺は潮さんの書斎に居た。
「ターちゃん今日はありがとう。凪も凄く喜んでいたわ。帰るなり機関銃の様にしゃべりまくっていたわよ、よほど楽しかったのね」
「喜んでもらえればそれで良いですよ。俺も楽しかったし」
「そう言えばあなた東京出身なのね。それも文京だなんて。これは何かの運命なのかしら」
「さぁ、どうでしょう子どもの頃ですから」
「それと、何かあったの? 峠で」
凪が潮さんに話してない筈がないとは思っていた。
「ああ、ガラの悪いお兄さん達にちょっと絡まれてお引取り願いました」
「れもそう何だけれど缶が爆発したとかしないとか」
「俺も確かじゃないんですよね。久しぶりに半ギレでしたから」
何故か潮さんの顔が引き攣ている。
「分かる範囲でいいから説明してもらえるかしら」
「缶を投げ付けられて裏拳で弾き飛ばしたんですけど。その時に一瞬だけ文様が出て手の甲が光った気がするんですよ」
「隆羅、それ本当なの?」
「だから確かじゃ無いって。潮さんに言ったばかりじゃないですか」
「ちょっと来なさい」
潮さんは大きな本棚に向かい一冊の本を押した。
すると本棚が横にずれ始める隠し扉だったようだ。
そこの向こうにはとてもコンパクトだが確かにラボらしき施設があった。
「ここは私しか知らないラボよ。少し良いかしら」
「はい。判りました」
従うしかなくいくつかの検査を受ける。
「おかしいわね。画像がぼやけるわ。これは何? 隆羅あなた何を首に着けているの」
「ああ、これですか羅閃ですよ」
「羅閃ってなんでそんなものあなたが」
「この間、実家でお袋から」
「ちょっと見せて頂戴」
首からチェーンを外して差し出すと探究魔人の様な潮さんが怖いのか決して触ろうとしなかった。
「始めて見たわ。本当にこんな物があったのね。あなたのお母様は何て言っていたの」
「笛みたいなもので。気の込め方は知らないけど2人の気が込められていれば吹いた本人の画像が相手に伝わるとか…… この間はやって見せてくれたから分かったけど言葉にするのは」
「やっぱりあなたは相変わらずね。他には」
「魔除けにもなるって言っていました」
「そう、あまり表に出さない方が良いわね。大きな力や珍しい物は狙われやすいから。判った? あなたの安全の為よ」
羅閃を外してもう一度検査をする。
「分からないわ、やっぱり。この前と一緒よ。ありがとう」
ラボのデスクの後ろのファイルの棚にいくつかの写真が飾ってあり。
その中の一枚に目が留まり近づき手に取ってみる。
写真は暗くて周りはよく解らないがとても綺麗な水色の光の玉が何かの中で光っていた。
「この写真は何ですか? 宝石か何かの光ですか?」
「ああ、それは海よ」
「えっ、海って」
「あの子は子どもの頃。両手の間で私達の水の力を具現化す事が出来たの。その時の写真よ。私達には水の力があるけど皆が皆同じじゃないの。それぞれに特徴があるのよ。海の力はヒーリングがメイン、凪は声ね。ローレライとかセイレーンみたいに人を惑わす力。でも、まだ凪は幼いから力は強くないわ。そして私の力は内緒よ」
頭の中を一本の光が走った。
「俺、子どもの頃にこれと同じ水色の光を見たことがあります」
「そんな筈は無いわ。隆羅、それ本当なの。誰にも見せるなって禁止していたはずなのに」
「本当です。場所は上野動物園の近くの不忍池で」
曖昧だった記憶が鮮明に蘇える。
「詳しく話しなさい」
「親父のレースの打ち上げが毎回上野で行われていて。その日も打ち上げがありいつものように1人で遊んでいたんです。そして池の周りで遊んでいる時に泣いている少し年下の女の子が居て。普段は絶対そんな事しない筈なのに不思議な事に話かけたんです。『どうした、何をそんなに泣いているんだ』ってそうしたら『探し物が見つからない』ってそれで一緒に探したんです。イヤリングか何かだったと思います。一時間ぐらい探して水際の草の中で俺が見つけてキラキラしてとても綺麗な物でした。渡すと『ありがとう。これは絶対に内緒だよ』って言って綺麗な光を見せてくれました」
「運命としか言い様が無いわね。それは確かに海よ。不忍池の近くで海がふざけて私のイヤリングを片方失くしたの。その時に少しきつく言い過ぎて海が家から飛び出して居なくなってしまったの。必死に探すと池のほとりに居て無くした筈のイヤリングをとても嬉しそうな顔で私に返してくれたわ。あまりに嬉しそうだから理由を聞いたの。そうしたらとても優しい男の子が一緒に探してくれたって言っていたわ。その少し前に母を亡くしていて全く笑わない子になってしまっていたのにとても不思議だったの。それからよ、海が変わり始めたのは。そう幼いあなたに出会ってから」
何も言わずにいると少し間をおいて潮さんが口を開いた。
「私達、一族には言い伝えがあるの。それは『光、見し者 共に歩み婚ぐ宿命なり』伝説的なものだと思っていたわ。光を具現化できたのは子ども頃の海ただ1人で。この意味分かるわよね。あなたに問いたいあなたの気持ちは何処にあるの?」
真っ直ぐ潮さんの目を見て答えた。
「決まっています。実験の前の夜に海に逢いました。その時は揺れていましたが今は違います。どんな覚悟も出来ています。俺は海の傍を離れる気はありません」
「判ったわ。私の正直な気持ちを話すわね。まだ、海にはこの事秘密にして貰えないかしら。私、怖いのよあなたの力が。まだ、何も解っていないその力が。これ以上、何も失うわけには行かないの。私にとってあの子達は命なの分かってくれる。お願いよ」
「判りました。潮さんが良いと言うまで海には話しません」
アパートに戻ってパソコンを立ち上げてメールのチェックをする。
いつもの様に茉弥のメールに目を通して返信する。
凪達とまたメガネ橋に行った事。そして軽井沢で古い知り合いに会った事など。
俺はいつも遠く離れていた為に茉弥とメールのやり取りをしていた。
心配かける訳にはいかずあの1週間は急用でと誤魔化してある。
他のメールをチェックしていると嫌な件名が親父だった。
なじみのバイク屋のロゴを作って送れと細かい指示書までご丁寧に添付してある。
そのバイク屋は親父が族の頭をしていた時の仲間で親父の補佐をしていた人らしい。
なんでも族の雑用を一手に引き受けていて連絡係りもしていたと話していた覚えがある。
昔からチームのステッカーや簡単なロゴの製作をして小遣いを貰ってはいた。
まあ、親父のする事なんていつもこんな感じだった。
納期は明日まで、どうせまた忘れていたのだろう。親父のそんないい加減な性格が大嫌いだった。
「仕方ないやるか」
この仕事は割が良く欲しい物もあることだし速攻で終らせようと気合を入れるとドアをノックする音がした。
出てみると海だった。
最近、お互い何かと忙しくすれ違いばかりだった。
急ぎの仕事が入って構ってやれない事を告げ部屋に入れる。
直ぐにパソコンに向かう。
まぁ、ロゴなんかは簡単な方でいくつかのパターンを組み上げていく。
飽きてきたのか海が話しかけてきた。
「隆羅あのね、今ねお姉ちゃんと……」
「ふうん、そうなんだ」
「でね、それでね……隆羅、聞いてる?」
少し間があり海の声が大きくなった。
「聞いてるだろ」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、私の言った事覚えてる」
完璧に聞き流していた。
「…………」
「ほら、聞いて無いじゃん、バカ。もういいよ」
剥れて俺のベッドの上で横になり海が向こうを向いて本を読み始めた。
「ああ、もう」
「何だ?」
しばらくすると海の足が俺のイスに当たり。
聞いても返事が無いので無視する。たぶん構って欲しいのだろう。でも先に構えないと言ってあるはずだ。
しばらくするとまた足が当たった。
「何だ?」
「別に」
今度は口調が少し強くなっていた。それでも無視して作業を進め何枚かプリントアウトしてチェックする。
プリンタの音だけが部屋に響き海が立ち上がる気配がした。
「もう、隆羅の」
「しょうがねえ奴だなまったく」
海の言葉を遮りイスをクルッと回転させてプリントアウトしたばかりのケント紙を海の前に突き出した。
そこには円の中に斜め上を向いて泳いでいる人魚のシルエットがありその下に円に沿うようにKai Minadukiとネームの入った海のロゴだった。
「お前に、やるよ」
「あ、ありがとう」
キョトンとした顔をしていたがすぐ笑顔になった。
そしてロゴを胸に抱きしめて帰っていった。
ほぼ徹夜の状態で次の日に仕事に行った事は言うまでも無い。
帰ってきてから泥の様に眠った。




