出会い-2
「水無月さん、あの……」
「海でいい」
聞きたい事てんこ盛りなのに外を向いたままそれ以上返事も無い。
そろそろ玉取崎だなと思った時に聞き覚えがある可愛らしい音が車内に響いた。
「隆羅、飯」
「しょうがねえなぁ、この先に店があるから」
この辺で飯食えるところと言えばあそこしか知らない。
また許婚とか言われたらどうしよう、そんな事を考え巡らせていると冷たい視線を感じた。
「行きます。急行させて頂きます」
そこは夜のバイト先である居酒屋のオーナーの友人で弥生さん夫婦がやっている可愛らしい黄色の平屋建ての小さなお店だった。
ここの一押しは気まぐれタコライスか石垣牛のシチューで旦那の優さんの腕はこの島一番だと俺は思っている。
「お久しぶりです、優さん」
「おっ、きー君久しぶりだね」
「おや? その娘は……」
「ただの友達です」
言い切って石垣牛のシチューをセットで2つ注文すると直ぐに冷製のスープに島魚のカルパッチョと島野菜のサラダが運ばれてきた。
海は腹が減っているせいか黙々と食べているのでとりあえず一安心だろう。
メインの石垣牛のシチューと黒紫米のごはんを堪能しながら優さん達と他愛の無い会話をしていると奥さんの眞子ネェが興味津々な顔で聞いてきた。
「ねぇ、きーちゃん、彼女なんでしょ」
「眞子ネェ。それは天と地がひっくり返るくらいにありえません」
そう言った瞬間、鈍い音とともにゴーヤに激痛が走る。
ちなみに島では弁慶の泣き所をゴーヤと言う。
お願いだからゴーヤだけは蹴らないで……涙が出てきた。
弥生夫婦は隣で笑っているし力加減なんて一切ないから洒落にならない。
デザートの美味しいシャーベットとアイスコーヒーを堪能する。
「ご馳走様でした、また来ますね」
店を出て車に向かうと表まで出てきて手を振り見送ってくれた。
「なぁ、海。なんで何もしゃべらないんだ?」
「鬼の気配」
「えっ鬼?」
また、耳を疑うような言葉を聞き俺自身も半信半疑で口を噤んでしまった。
島の最北端の平崎灯台を回って西海岸沿いを南へ下って市街へ向かっていると海が呟いた。
「橋、青、アーチ」
3つの言葉から連想できる場所が頭に浮かんでくる。
「部屋からも見えるサザンゲートブリッヂがそんな感じかな」
海に睨まれ橋に向かうことが否応なく可決され車を橋に向けて走らせる。
サザンゲートブリッジは市街地の近くにあり橋の先には人工島が造られ公園になっていた。
橋に着いた時はまだ日も高く目の前には青い海と港が広がっている。
欄干に腰をかけ海を眺めると春の大潮で潮が動いている時間らしくもの凄い勢いで流れていた。
海を見ると辺りを見回している。
綺麗な顔立ちでメチャ可愛いのに何であんなに何時も不機嫌なのだろう。
そんな事を考えながら何気なく空を見上げると黒い影がものすごい勢いで向かって来た。
「なんだあれ? コウモリ?」
そう思った瞬間に体が浮き上がり真っ青な空とエメラルドグリーンの海が回転した。
激しく流れる大潮の海に背中の辺りから海に投げ出され思いっきり水を飲んだ。
慌てて何とか水面に顔を出そうとするが激しい流れに翻弄されてしまう。
水面から顔が出た瞬間に橋の上から何かが飛び込んでくるのが見える。
遠くなる意識の中で蒼く長い髪でアクアマリン色の瞳をしていた人魚を見たきがする。
どれだけ時間が過ぎたのだろう。
意識が引き上げられていき感覚が戻ってくると顔に水滴のようなものが落ちてくる。
それは海の水の様に冷たくは無くとても温かかった。
ゆっくり目を開けると海の顔が見え俺の顔を覗き込むようにして海が泣いている。
それは海の涙だった。
「ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ」
絞り出すような声で海が謝った。
辺りは暖かいオレンジ色の夕日に包まれている。
なんだったんだあの巨大なコウモリの様なものは?
とりあえず体を起こし海の顔を見るが泣き止まない。
まだ濡れている手で海の頬を伝う涙を拭いた。
「鬼に狙われている。私の責任」
「大丈夫だから」
擦れる様な海の声に笑顔で答えるしかできない。
何も理解できてないけどそれでいい気がして海の頭を優しくなでた。
「家に帰ろう」
「うん」
その時にこれと似た事が昔あった様な気がした。
幼い頃の俺・池・泣いている女の子・光の玉ぼんやりしていてハッキリとは思い出せない。
ずぶ濡れのままで体が冷えてきて立ち上がると海がなかなか立ち上がろうとはしない。
しゃがんで顔を覗き込むとなんだか海の顔がほのかに赤かった。
照れているのかと思った瞬間にパンチが飛んできた。
女の子の泣き顔よりは怖い顔の方がまだましか。
殴られるのはゴメンだけどね。
あの人魚は海だったのか?
そんな筈はないだろう。