ラボ-2
翌日は晴天のとても澄んだ青空だった。
潮さんとキルシュがラボに来たのはもう日がかなり高くなってからだった。
眠れなかったのか少し疲れた顔をしている。
「おはようございます」
「おはよう。隆羅は良く眠れたの」
「はい、爆睡でした」
言葉に偽りなく不謹慎かもしれないが海の顔を見たらどうでもよくなってしまった。
「潮さんそんな不景気な顔してないでガツンと行きましょう」
「そうね、ガツンとか。本当にあなたを見ていると何でもできるような気がするわ」
潮は少し驚いた顔をしたが何か吹っ切れた様だった。
これからの手順について説明を受ける。
「これから下の部屋に行き始めます。隆羅の右腕の封印を遮断するの無理矢理の荒業だから必要最小限の解除よ。それにはキルシュの力を使う為に特別な訓練をさせていたの。キルシュの鬼の力を隆羅の腕に入れて一時的に鬼の力を増幅させてその力で封印を遮断するの。腕に入れる時にかなり痛むけど大丈夫かしら」
「腕に入れるって噛み付くと言う事ですよね」
「そうよ。麻酔なしで」
「なら大丈夫です。実験済みですから。な、キルシュ」
「ああ」
キルシュも何かを感じているのか俺から顔を背けて唸った。
「へんな2人ね、でもお似合いよ」
「潮さんサクッと行きましょう。サクッと」
どんなに明るく振舞っても何故だか嫌なイメージしか浮かんでこない。
ラボの地下の部屋はまるで映画の中のCIAやFBIかKGBが使いそうな部屋だった。
とても壁が厚く衝撃吸収材が張り巡らされ。
室内の様子が良く見える大きなぶ厚いガラス窓がある。
二重になっていて中側はアクリルか何かだろう中に入り叩いたらガラスではなかった。
拘束衣を着せられパイプイスに座れば立派な映画の一場面が出来上がる。
でも拘束衣じや無く俺はパンツ一枚で部屋の中に居た。
キルシュは目を閉じて精神を集中させているスピーカーから潮さんの声が流れた。
「キルシュ、隆羅。準備は良い。行くわよ」
俺もキルシュも頷き右腕を横に突き出す。
キルシュが目で合図をして俺は目を閉じてOKのサインを出した。
次の瞬間、右腕に激痛が走る。
奥歯を噛み締めて堪えるが気が流れ込んでいるせいか左腕を噛まれた時など比べ物にならないくらいの痛みだった。
「キルシュ離れなさい」
潮さんの声が聞こえる。
左手で右腕を押さえると右腕に直線的な文様が出たり消えたりしている。
島で覚醒した時よりも体が燃えそうなくらい熱い。
床の上をのた打ち回り体が激しく痙攣する。
キルシュは気を放出したせいかあまり動く事が出来ず部屋の隅で丸くなていた。
体の中で何かが弾け。
座り込み右腕が上に伸ばされる。
右腕に文様が濃く浮かび上がりバチバチと音を立てながら放電現象が起こり。
体から何本もの青い稲妻が立ち上っていた。
「俺はどうなっても構わない。でも潮さんやキルシュは」
そう心の底から願った時に胸のあたりから暖かい物が溢れ出した。
そしてもの凄い音と共に激烈な光が全てを飲み込んだ。
ラボ全体に巨大な神鳴りが直撃し。
その神鳴りは天井を突き破り地下まで届き。
全てのモノを一瞬に焼き尽くした。
どの位の時間がたったのだろう。
潮が気付き辺りを見回すラボの周りは木がなぎ倒され一面真っ黒焦げになっていた。
「隆羅! キルシュ!」
潮がやっとの事で立ち上がると数メートル先に隆羅が。
その向こうにキルシュが丸くなっていた。
不思議な事に青白い光の球体が包みこんだ場所だけ何事もなかったかの様に残っていた。
「隆羅! 隆羅! しっかりしなさい」
潮が隆羅に駆け寄り声を掛けながら体を揺らす返事が無い。
「キルシュは大丈夫なの?」
「一体、何が起きたんだ」
「解らない。でも隆羅が」
キルシュが起き上がり隆羅の胸に耳を当てる。
「こいつ、心臓が。まてかすかに動いている。呼吸もゆっくりだがしているようだ」
その頃、海は屋敷の中で凄ましい光と音に遭遇した。
あまりの凄さにその場にしゃがみ込んでしまう。
そして窓の外に黒服の男達が数人ラボに向かって走るのを見た。
しばらくして黒服に運び込まれる隆羅の姿を見て。
我にかえり部屋を飛び出した。
凪も学園で雷鳴と地響きを聞いていた。
「何、何が起きたの?」
生徒たちが一斉に悲鳴を上げた。
直ぐに隆羅は屋敷内の医療施設に黒服の手によって運び込まれ精密検査が行われた。
しかし体には何処にも異常が見られずあり得ない状態だった。
今の最先端の医療技術でも原因も判らない為に処置の施しようも無かった。
心臓の鼓動はとても間隔が長く呼吸もゆっくりで息をしているのか判らない程で。
一見すると寝ているようにしか見えないの。
冬眠状態と言った方が判りやすいかもしれない。
集中治療室に海が走り込んで来て。
ガラスの向こうでピクリとも動かない隆羅を見て血の気が引き我を失った。
「隆羅に何があったの、どうして動かないの。もしかして」
「大丈夫とは言えないわ。海、ごめんなさい」
「お姉ちゃん、隆羅まで連れて行かないで。どうして。お母さんも隆羅も……」
海の声は言葉にならなかった。
潮さんは為す術がなく立ち尽くした。
凪が帰ってきたのは隆羅が屋敷内の別の部屋に移されてからだった。
屋敷の中はいつもの様に静まり返っていて近くにキルシュが座ってる。
「ただいま。キルシュ。あの雷凄かったね」
キルシュは立ち上がり凪の前を歩き出した。
「キルシュ何処へ行くの? ついて来いって事なの?」
凪がキルシュの後をついて歩いていくと普段使われていない部屋の前で潮が腕組みをしてドアにもたれているのが見えた。
「潮お姉ちゃん、ただいま。何かあったの?」
「凪、ゴメンね」
潮がドアを開け凪が中に入るとベッドに隆羅が横になっていた。
その向こうで海がベッドに突っ伏して泣いている。
「ねえ、お姉ちゃん。兄貴どうしたの? どうして動かないのもしかして……」
「大丈夫だから」
「大丈夫って。何が大丈夫なの全然動かないじゃん。まるで死んじゃった見たいじゃん」
「海、凪。本当にごめんなさい」
泣き叫んで隆羅の体を揺すっている凪の体を後ろから潮さんが抱きしめ3人が泣き崩れた