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ラボ-1

俺は殴られた頬を腫らしながら半べその海とイタリアンシェフ直伝の特製チーズリゾットを屋敷のキッチンで床に座りながら2人で食べていた。

話は一週間前の朝に遡る。


長野から帰った翌日キルシュによって潮さんに呼び出された。

いつもの様に森を抜け『水の宮殿』の様な屋敷に向かう。

しかし、屋敷には入らずその先の森の中に在るコンクリート打放しの建物に案内される。

『水神第2ラボ』と書いてある研究室か何かだろうか。

「キルシュ、この厳つい建物は何なんだ」

「ああ、潮の研究室だよ」

「研究室? 何を研究しているんだ」

「俺らみたいな力の研究だ。アイツは探求魔人だからな」

「俺らって鬼や水の力か」

探求魔人って潮さんの場合冗談に聞こえない所が怖い。

「誰が、魔人ですって失礼ね。ここは普段あまり使っていないのだけれど。今回は何が起こるか分からないので屋敷から離れたここを選んだの。万が一何かがあってもすぐに対応できるしね」

「万が一って怖いですね」

「隆羅、冗談は言わないで」

潮さんが俺を名前で呼ぶなんてどれだけ真剣で危険を孕んでいるのかがよく判る。


何重にもなった扉をくぐりラボの中に入ると棚の上に小さなフォトスタンドがあった。

「この綺麗な人は誰ですか」

「母よ。ここは元々母のラボだったの」

そのラボの中には最先端の医療機器と思えるものが殆どそろっていた。

それはどんなオペでさえすぐに出来てしまうくらいに。

そしてその他にも見た事も無い設備や機器が数多くあった。

「あの機械は何ですか?」

「あれは私が造った気の流れを見るものよ。全ての力は気の流れと連動しているの。お願いだからこれから私の言う事をきちんと聞いてちょうだい」

潮さんが真っ直ぐに見て一呼吸おいて話し出した。 

「本当に何が起こるか分からないわ。その覚悟は出来ているの?」

「覚悟って言われても困るけど大丈夫ですよ。嫌だと言っても調べるでしょう」

「お気楽ね」

「気楽な訳無いじゃないですか。自分の体の中にある得体の知れない物を弄るんですよ、怖いはず無いじゃないですよ」

「それはそうよね。隆羅にも怖い物あるんだ」

「怖い物だらけですよ。自他共に認めるへタレですから」

「うふふ。そうね、そうだったわね」

少しずつだけど緊張が解けていくのを感じた。

「ターちゃんって本当に分からないわね。鋭いのか鈍感なんだか」

「よく言われますよ。人の事に対してはよく気付くのに自分の事に関してはへタレだって」

「それじゃ手順を説明するわね。今日はあなたの体を徹底的に調べさせてもらうわ」

「いいですよ、潮さんにはもう丸裸にされてますから」

「あなたこんな時にそんな冗談を言っていられるわね、本当にヘタレなのかしら」

ヘタレだろうがそうじゃなかろうがこんな所に連れてこられて緊張するなと言う方が無理だろう。

今の自分には潮さん達の力無くして生き抜くのは難しい。

それならば出来る限り協力したいと思っていた。

「ここからが本題よ。明日、あなたの封印の一部を解き力を解放する実験をするわ」

「実験ですか?」

「実験って言うのは語弊があるかも知れなしけれど予測は不可能なの。だからちゃんと覚悟していて欲しいの。判るわね」

「ナンクルナイサーですよ」

潮さんに笑顔で答える事しか出来ない。

「それは、どう言う意味なの?」

「島の言葉で何とかなるさ気楽に行こうって感じです。俺の好きな言葉ですよ。今まで独りで島に飛び込んで生きてきて何とかならなかった事なんて一度も無いですから大丈夫ですよ」

「不思議な子ね、あなたが言うと本当に大丈夫だと思えてくるから不思議ね。明後日には、元気で居られるはずよ、始めるわよ」

MRI、マルチスライスCT、その他。色々な検査が潮さんと会話のやり取りをしながら進んで行く。

「あなた、かなり骨折していた箇所があるのね」

「ああ、それは多分。バイク事故を起こした時のですよ」

「それと肋骨に古い傷があるけど」

「そんな事まで解っちゃうんですか凄いですね。子どもの頃に大人に蹴り飛ばされた時の傷ですよ」

「大人に蹴り飛ばされたって何故? そんな酷い事を」

「俺、小さい頃から親父に連れられてカートやバイクのレースに出されていて、親父の出るレースにも連れて行かれていましたから。周りはライバルか大人ばかりで。それに解っちゃうんですよ大人が考えている事が。子どもだから上手く言えなくてだから疎ましく思っていた大人もいっぱい居たんですよ。その中でも特に俺の事が気に入らない大人が居て。そいつにレース前に誰も見ていない所で思いっきり蹴り飛ばされたんですよ。多分、その時じゃないかな。レースは散々で親父にボコボコにされたし」

「何故、お父さんに言わなかったの」

「言えば大騒ぎになるだろうし、お袋が心配しますから。お袋を泣かせたら親父にボコボコですよ。親父はお袋命ですからね」

「そうなの。じゃ学校はどうだったの友達いっぱいで楽しかったんじゃない」

潮さんには自分を曝け出そうと思っていたが一番触れられたくない部分を直撃され。

話題を変えて逃げた。

「そう言えば。凪は今日学校へ行きましたか」

「ええ、とても楽しそうに。なんでかしら」

「いや、昨日は車の中でとても詰まらなそうな顔していましたから」

「飛び級しているから回りはみんな年上の子ばかりだからだと思うわ。子どもの1~2歳差って大きいわよね」

学校で凪は少し浮いた存在なのかもしれない。

それを表に出さないのは俺と同じ理由なのだろうか。

「でも、今日は楽しそうに行ったわよ。ターちゃんのお陰かしら」

「俺は何もしていないですよ」

「そうなのかしら。長野から帰ってきてからずーとあなたの話ばかりしていたわよ。大きなトラックの間をすり抜けたとか。ジェットコースター見たいだったとか。メガネ橋の写真を見せられたわ。峠に行ったのね」

「ちょっとした寄り道ですよ。潮さんもかなりヤンチャだったんですね、車に乗ってよく判りました。それと例の件ありがとうございました」

「別にそれはいいのよ気にしないで。こっちが無理矢理頼んだ事だしね。ヤンチャだったのは昔の話よ、ちょっとだけね」

「ちょっとですか? それに今もですよね」

「本当にターちゃんには敵わないわね」

「いやいや、潮さんに勝てる人なんて居ないですよ」

そんな会話をしている間にも検査は順調に進み。

頭から足の先まで電極やコードを付けられて気の流れを見る機器の検査を始める。

「これじゃまるで実験動物のサルみたいですね。ウッキーなんちゃって」

「ふざけないの行くわよ」

悪ふざけでもしていないと押し潰されそうなほど重い空気で。

5分が過ぎ10分が経ち。

潮さんの表情が段々険しくなっていった。

「これじゃ、この子の体は何故?」

「それに、何なのこれは有り得ない」

「この状態で、封印を全て解いてしまったらこの子は、死んで……」

潮さんが何かを呟いて唇を噛み締めようやく検査が終わった。

「どうでした? 何か解りましたか俺の体」

「それが、よく解らないと言うのが本当。こんな事は初めてだわ」

「解らないって。それじゃ検査の意味が」

「解った事も少しあるの。それはあなたの一族の力がとても特殊だという事よ。普通の退魔師は自分の強い気をぶつけて鬼の力を滅するの。でも、あなた達はその逆よ鬼の力を吸収してしまうの。でも問題はここから鬼の力なんて基本的に溜め込む事なんて出来ないわ。それをどうしているのか全く解らないのよ。それとこれはあなたの体しか診てないからハッキリとは言えない事なんだけれど。もう一つ薄っすらとだけど別系統の気の流れがあるの。それもなんだかはっきり解らないわ」

「俺の体は、特殊中の特殊って事ですか?」

「そうね。それと島で襲われた時に雷みたいのが落ちたって言っていたわよね。それにあなたシャワーを浴びて感電したわよね。有り得ないのよ電気なんて。雷は神鳴りと書いて昔から神が鳴らす物と決まっているの。明日、一部だけでも封印を解くのが怖くなってきたわ」

「大丈夫ですよ。この日の為に今まで痛い思いや辛い思いして来たんです。このままじゃ誰も守れないから。昔の俺には何も無かったけれど今はどうしても守りたいモノが有るんです。お願いします、どうなっても構わないから俺に力を下さい」

思わず潮さんが一番困るであろう言葉を発してしまった。

どんなに後悔しても口から出た言葉を飲み込むことなんて出来ない。

「あなた、どうなっても良いって。万が一の事があったらどうするの」

「お袋達には島に帰ったと伝えて下さい。潮さんの言う事なら信じる筈ですから」

「それでいいの本当に良いのね」

「いいです。ナンクルナイサーですよ」

何とか萎まないようにしていた風船から空気が漏れていく。

「本当に、あなたには敵わないわね。判ったわ、明日頑張りましょう」

「お願いします」


アパートに戻って良いと言われたけれどラボに泊らせてもらう事にした。

「こんな所で本当にいいの? 屋敷かアパートへ戻って良いのよ」

「ここで良いです。面倒くさいですし」

「変な子ね。出入りはこのカードキーで出来るから」

潮さんからカードを受け取ると潮さんは屋敷に戻っていった。

本当はとても不安で怖くてしょうがなかった。

もしアパートへ戻ったらそのまま逃げ出してしまいそうで。

死ぬかもしれないという事も怖かったけれど、それ以上に失ってしまうかも知れない事が耐えられなかった。

なかなか寝付かれず。

なんとなく外に出てラボの壁にもたれて芝の上に座って夜空を見上げた。

月がとても綺麗だった。

少しすると誰かが歩いて近づいてくる気配を感じる。

月明かりに照らされて姿を見せたのは海だった。

「海、こんな遅い時簡にどうしたんだ」

「べ、別に散歩だよ」

「そっか、散歩か。少し座るか」

「うん」

芝生を叩くと海が俺の横に座った。

「月がとても綺麗だな。島でも綺麗に見えているかな」

「隆羅はやっぱり帰りたいの?」

「どうなんだろう。今は判らない」

「そうなんだ」

「ああ」

今は島よりも好きなモノが出来たからと言いかけて止めた。

海を見ると膝を抱えて僅かだが震えているように見える。

「海、寒いのか?」

「違う、怖いの」

「怖い? 何がだよ。何も心配する事無いじゃないか」

とても海が不安になっている事に気が付いた。

検査のために少しの間会えない事が原因ではないだろう。

「お母さんもお姉ちゃんみたいに研究者だったの。今回みたいにお姉ちゃんと何かを調べていて。そして調査中に事故が起きて死んじゃったの。だからもし隆羅に何かあったら」

「そうだったのか」

「だって隆羅が、隆羅の事が」

海の口から母親の話を聞いて不安になっている理由がはっきりして大丈夫だなんて軽い言葉を使うべきじゃないだろう。

それに何が起きるか誰にも分からない。

月明かりの下、海がその綺麗な顔を俺にまっすぐ向けて静かに目を閉じた。

『ゴメンな』心の中で囁きながら海のおでこに軽くキスをする。

今の俺にはこんな事くらいしか出来なかった。

「そうだ、海。これを預かっていてほしんだ」

「良いけど、何が入っているの」

それはいつも羅閃を入れている小さな巾着だった。

「大切なものだよ。明日、検査があるから海が預かっていてくれると嬉しいんだけど」

「うん、それじゃ検査が終わったら返すね」

「ありがとう」

「おやすみ」

海が嬉しそうに屋敷の戻っていった。

腹を決めた。

海を泣かせない為には何が何でも力でねじ伏せるしかない。


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