お盆-4
翌朝。朝食を済ませ宿のある集落の中を歩き回っていた。
それは朝食の時だった。
「今日のランチは海辺でバーベキューしましょう」
「潮お姉ちゃん。凪も賛成」
「海でバーベキューって素敵ね、タカちゃん」
「兄さま、茉弥も楽しみ」
凪や茉弥に何故かお袋まで瞳を輝かせている。
「という訳で、ターちゃん買出しヨロシクね」
「結局そうなるんですか。はぁー了解です。大佐」
「海も一緒にターちゃんのお手伝いお願いね」
「うん、判った。お姉ちゃん」
いとも簡単に可決されパシリが決定し潮さんの思いつきで買出しに借り出された。
「ねぇねぇ、潮お姉ちゃん。お姉ちゃん何かあったのかな、あんなに嬉しそうにして」
「さぁ、知らないわ。あんまり邪魔ばかりしちゃ駄目よ」
「うん、判ってる。でも、まだ認めた訳じゃ無いからね。ただお姉ちゃんの事とても大切に思っているって判ったから」
「あらあら、まだ素直になりきらないの。もう少し時間が掛かるかしらったものね」
「 おーい、海行くぞ」
「うん、隆羅。待って」
「ほら、そのなんだ迷子になったら困るからな」
「う、うん」
手を差し出すと海が恥ずかしそうに手を握る。
買出しにかなり時間が掛かってしまい食材をそろえてビーチに向かうとビーチでは4人が道具を運んでいた。
「ねぇ、潮お姉ちゃん。この辺で良いの?」
「いいわよその辺で」
「大変ねバーベキューするのも。ターちゃんがもう1人いたら楽なのに。それにしても遅いわねラブラブカップルは」
「母さま、楽しみね」
「そうね、マーちゃんはバーベキュー初めてだもんね」
「うん」
ビーチに着くと道具は運んであったが見事に運んだままで。
茉弥と凪それにお袋の3人はすでに波打ち際で遊んでいた。
「ターちゃん、後はヨロシク。運ぶだけでクタクタよ」
「はいはい。分かりかした、やるか」
潮さんに任されTシャツの袖を捲り上げる。
「隆羅。何か手伝う事ある」
「そうだな海は食材をクーラーボックスに入れておいてくれ。それと宿に頼んだあれを取って来てくれないか」
「うん、判った。行って来るね」
「ヨロシクな」
まずはバーベキュー台を組み上げ炭を入れ着火剤で火を熾す。
テーブルを組み立ててその上に割り箸や皿などをセッティングして。
ドリンクと食材のクーラーボックスを運んで完了だ。
「準備できたぞ」
「しかし、ターちゃん手際が良いのね」
「ああ、島でよくビーチパーリーしていましたから」
後ろで見ているだけの潮さんが感心し遊んでいた凪が不思議そうに聞いてきた。
「ビーチパーリー?」
「海辺でするバーベキューの事を沖縄ではビーチパーリーやビーチパーティーって言うんだよ」
「よくやるのか?」
「ああ、暖かくなると休日はどこかで誰かが必ずやっているよ。俺達もよくやっていたからな」
「隆羅、貰って来たよ」
宿の方から海の声がして大きなお皿を持って歩いてくるのが見えた。
海は宿に頼んであったオニギリを取りに行ってもらっていた。
『転ぶなよ』と言いながらオニギリを受け取りに行く。
海がつまずき悲鳴を上げながら前のめりに倒れる。
ラップされた皿を左手で取り右手で海の左手首をつかみ引っ張り上げるが。
海が勢いを殺せずぶつかって来た勢いで後ろに倒れる。
鈍い音がして後頭部に痛みが走った。
オニギリは何とか無事のようだ。
「嫌ぁ!」
凪の声で目を開けると海の顔があり得ないくらい近くにあった。
俺が手を引っ張り上げてそのまま後ろに倒れたので海の体が俺の体の上に覆いかぶさってしまったようだ。
海が慌てて飛び起きてしゃがみ込んだ。
「大丈夫か」
「うん。うん」
海の顔が真っ赤になり首を縦に振るだけしか出来ないでいた。
「タカちゃん大丈夫? あら大きなタンコブ。冷やした方がいいわね」
お袋が俺の頭を擦ると痛みが走った。
「痛いて」
「お姉ちゃん怪我は無い?」
お袋の手を振り払うと真っ赤な顔のまま海は凪に連れられバーベキュー台の所で座っていた。
「ターちゃんは相変わらずヘタレね。カッコいいのは海の中だけなのかしら」
何とかバーベキューが始まった。
焼く係りはもちろん俺の担当だった。
島でもいつもそうだったし手馴れたもんで。
焼いて焼いてオニギリ食べてまた焼いて。オニギリ食べてオニギリ食べて。
「タカちゃんは、しょうがないわね。それでよく調理の仕事なんてするわね」
「それはそれ。これはこれ。だからな」
「まぁいいか、頑張っているみたいだし」
お袋が笑いながらそんな事を言ってきて潮さんに煽られた。
「ターちゃん、早く焼かないと無くなっちゃうわよ。あっ凪それはお姉ちゃんが育てたエビよ」
「早い者勝ちだもん。お姉ちゃんも食べないと、はいエビ」
「しょうがねえなぁ、もう」
朝昼晩シーフードで飽きないのだろうか? 素朴な疑問が……
「マーちゃんもいっぱい食べなさい、お兄ちゃんが心を込めて焼いてくれたのよ」
「兄さまとラブラブ」
「茉弥、それはちょっと違うから。それにしても潮さんの影響受けすぎだろ」
お腹もいっぱいになり。みんなビーチで横になりお昼寝タイムに突入したようだ。
俺はビーチに座りジンジャーエールを飲みながら海を見て疲れを癒している。
何故か海を見ていると心の底から落ち着いてくる。
そして横にはいつものように海がいた。
「さっきはありがとう」
「海はあわてんぼうだからな、気を付けろよ」
「えへへへっ、デッカイなぁ」
「お前が言うな」
海が後頭部に手を当てて微笑んでいる。
潮風が2人を包み込んでくれた。
「隆羅、なんだか凄く楽しいね」
「そうだな、みんなと一緒だからかな」
「そうだね。こんなに楽しいの初めてかも」
「そうなのか?」
「うん、だって今まではあまり出かけたりしなかったから。これも隆羅と出会えたお蔭かな」
「そっか、それじゃ一生懸命遊んでいっぱい楽しまなきゃな」
「今度は隆羅と2人でどこかに行って見たいな」
「判った、今度な」
「うん、約束だよ」
「ああ、約束だ」
夜は昨夜に続き大騒ぎの宴会で潮さんとお袋の酒の肴はいつもの様に俺と海の話だった。
「ねぇ、タカちゃん。もう、チュウはしたの?」
「していません!」
「ええ、本当なの。でも今日はBも見られたし」
「あれはBじゃなくって事故だ」
相も変わらず突拍子もない事をお袋が口走っている。
「でも、横浜に遊びに行った時の朝は一緒に寝ていたんでしょ」
「ば、バカ。お袋こんな所でそんな事言ったら……」
「えーえ、ターちゃんもうそんな事までしているの。進んでるのね」
酔った潮さんが盛大に話を膨らませる。
「誤解です。もの凄い顔をして睨んでいる極道の娘さん見たいのがいるんですけれど」
「お前、やっぱり殺す」
凪が物凄い形相で飛び掛ってきてあっさり腕の関節をきめられた。
腕ひしぎ逆十字というやつだ。
「痛、たたたた」
「凪、やめて隆羅が痛がっているから」
「ギブ、ギブ、ギブ」
声を上げて床を手でタップすると凪が腕を開放した。
「ターちゃん情けないわね。凪くらい掃えるでしょう」
「タカちゃんは、どんな事があっても絶対に女の子には手を上げないものね」
「女の子に手を上げるなんて男のする事じゃないからな」
「そんな事言っているとターちゃん今に痛い目に遭うわよ」
「今、遭っています。散々な目に。俺その辺ブラブラしてきますから」
もう充分、痛い目に遭っている気がするがスルーすべきだろう。
「タカちゃん、はい。いつもの」
「悪いな、お袋」
「ママって言いなさい」
「却下します。じゃ、ちょっと出てくるから」
部屋を出て玄関に向かう。
茉弥は疲れて寝てしまい海はたぶんトイレか何処かだろう。
凪はふくれ面のまま外を見ていた。
「ねぇ、沙羅さん。あの紙袋は何? 昨日も確か渡していましたよね」
「ああ、あれは。タカちゃんはあれだから。うふふ」
そこに海が戻ってきた。
「あれ、隆羅は?」
「出て行ったわよ、ブラブラして来るって」
「じゃあ、私も散歩に」
「海、悪いんだけど凪のご機嫌とってちょうだい。ターちゃんは私が見てくるから」
「うん、判った」
防波堤の上でペットボトルの紅茶を飲みながらパンを独りで食べていると潮さんがやって来た。
「ターちゃん、何しているの? 横いいかしら」
「ええ、どうぞ」
「あら、何でパンなんか食べているのかしら?」
「ああ、これですか。俺、子どもの頃から生ものや魚介類が駄目なんですよ。魚は生じゃなければ大丈夫なんですけれど。それで昔から海に来る時はいつもお袋がパンを用意してくれたんです。今回も気を使って用意してくれたんだと思います」
「それなら、言えばいいじゃない遠慮なんかしないで」
「でも、海に来ればメインは海鮮料理が普通の事じゃないですか。それに今は調理の仕事をする様になった訳だし宿の人に悪いですよやっぱり。美味しい獲れたての魚貝類を食べてもらいたいと思っている筈なのに」
「あなたって子は本当に、どうしようもないくらい優しいのね」
「そんな事ないです、俺はけっこうこうしてパン食べるの嫌いじゃ無いですよ」
何時になくリラックスしている潮さんの周りの空気が少し引き締まるのを感じる。
「そうだわ、この際だから聞いていいかしら」
「何をですか?」
「海との出会いよ。まだ聞いた事無かったし」
「えっと、いいですよ。あれは春の大潮の時だから3月の終わりに近かったと思います。前に世話になった海人から名蔵湾でのカニ獲りを教わったんです。潮が引き始めたら海に入って行って捕まえるんです。冬場は毎年行っていて。あの日も、知り合いに頼まれてカニを名蔵湾に獲りに行ったんです。凄く星空が綺麗で海面には夜光虫が煌いていて。夜空を見上げたらとても綺麗な水色の光が輝いていて何だろうと思ったら、もの凄い勢いで近づいてきて。次の瞬間その綺麗な光に包まれていたんです。でも嫌な感じじゃなくなんだか優しい様な。そして懐かしい様な感じもしました」
「懐かしい感じ、何故」
「俺にも分からないけどとにかくそんな感じがしたんです。その後の事はあまり憶えていなくて。朝、目を覚ましたら自分の部屋のベッドで寝ていて目の前に海が寝ていたんです。メチャメチャ驚きましたよ。そうしたらいきなり殴られて、それが出会いですかね」
「そうだったんだ。今は海の事を隆羅はどう思っているのかしら」
母親代わりの潮さんが海の事を気にかけるのは当然で自分の本心を伝える。
「嫌いじゃ無いですよ」
「ずいぶん、ずる言い方ね。あなた」
「俺も自分でそう思っていますよ。ずるい。逃げているって。でも俺の体の中には海が持っていた鍵がある訳ですよね」
「そうね、事故とは言え」
「だから、海の俺への気持ちは鍵のせいじゃ無いのかなって」
「そんな事、考えていたの」
「だけど、それって変ですか。俺だって不安なんですよ、凄く。海との関係は絶対に失いたくないし」
心のどこかに引っかかっているのは鍵の事だった。
「そうだったの、海は海よ。鍵の事とは関係ないわ。変な言い方かもしれないけれど体は鍵の入れ物に過ぎないわ。鍵が他の人に移ったからってその人に惹かれる事は無いわ。安心しなさい」
「そうなんですか。判りました。潮さんを信じます」
「ありがとう。それで海には伝えたのね」
「伝えました。本当の俺の正直な気持ちを。もう少し時間が欲しい事、そして一緒にゆっくりと進んで行きたい事、俺も海と一緒にいたいと」
「そうなの、本当に大切に思ってくれているのね。さぁ、戻って茉弥ちゃんも起こして。みんなで花火でもしましょう」
また、少し海に近づけた気がした。
そして、翌日はお土産を買って体を休める為に早めに宿を後にした。もちろん俺の運転で。