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夏休み-2

実家に顔を出した翌週の日曜日。

仕事が休みという事もあって俺は惰眠をむさぼる予定でいた。

幾度とない深夜のキルシュの襲撃。

昨夜は帰宅途中に不意打ちを掛けられた。

それも今回は牙や爪をむき出しで。

「大怪我したらどうするつもりだ!」

「同じことをしていたら駄目なんだ。レベルアップだよ」

笑いながらキルシュが言い放ち、そんな事があって疲れきっていた。


朝早く誰かがドアをノックする音で起こされた。

「どちらさまですか?」

「タカちゃん、おはよう」

「兄さま、おはようございます」

寝起きで目をこすりながらドアを開けるとそこにはお袋と茉弥が立っていた。

そして何故だかお袋が部屋の中を見て固まっている。

「マーちゃん、見ちゃ駄目!」

いきなりお袋が茉弥の目を手で塞いだ。

回転数が上がらない頭で振り返るとそこには海が寝ていた。

俺の格好はTシャツにパンツ一枚で……慌ててドアを閉める。

まだハッキリしない頭をフル回転させる。

そう言えば昨夜、俺の事を心配して海が部屋に来て傷の手当てをしてくれて。

俺は疲れてそのまま寝て……とりあえず海を起こす。

もう、隠しようも無いので2人を部屋に入れ一応事の顛末は説明した。

どう思うかはお袋に一任するしかない。

「で、今日は何しに来たんだ?」

「タカちゃん、その前にちゃんと紹介しなさい」

「彼女が、海だ。お姉さんの潮さんには会っているよな」

「海、こっちがお袋と妹の茉弥だ。以上」

海を見ると何故だか顔を赤らめてモジモジしていて話を切る。

「もうタカちゃんは。はじめまして、私が隆羅の母の沙羅です。海ちゃん宜しくね。でも、海ちゃんてすごく可愛いのね、タカちゃんにはもったいないわ」

「で、何しに来たんだ?」

「デートよデート、美少女3人とデートよ。横浜に、ヨ・コ・ハ・マ」

「3人って? 1人は少女じゃないだろ」

無理な設定に突っ込みを入れるとお袋の必殺技のデコピンを食らう。


大倉駅に向かいそこから東横線に乗り横浜で乗り換えて桜木町で降りる。

電車の中でもお袋の全開パワーは炸裂していた。

「海ちゃん、ご両親は? そうなの。じゃあ、今日から海ちゃんも私の子どもね。だってタカちゃんの大切な人だもの」

「キャア、可愛いもう我慢できない。如月ママと呼んで」

圧倒され何も言えない海にお袋が周りなど気にせずにはしゃいで抱きついている。

これ以上は海も俺も耐えられそうにない。

「お袋、恥ずかしいからこんな場所で騒がないでくれ」

「だって、嬉しいんだもん」

こうなってしまったお袋には誰も敵わなかった。

茉弥は茉弥で海に『茉弥ちゃんだっけ、宜しくね』と言われて恥ずかしそうに下を向いてモジモジしていた。

お袋に茉弥の恥じらいを分けてやりたかった。


桜木町に着き駅を出て行き先を確認してみる。

「何処に、行くんだ?」

「もちろん最初はコスモワールドよ」

よこはまコスモワールドは船から見えたみなとみらい21の中にある大観覧車があるアミューズメントパークだった。

「悪い、俺パス」

「駄目よ、タカちゃん。海ちゃん引っ張って来てね」

渋々、歩いてコスモワールドに向かう。

海が少し緊張した顔で俺の横で間を空けて歩いているので不思議に思い茉弥を見ると俺のすぐ後ろを俺と手を繋ぎながら歩いている。

そして右手で海の洋服の裾をちょこっとだけ摘んでいた。


まさか茉弥まで絶叫系が好きだとは思いもしなかった。

コスモワールドに着き3つ目のアトラクションでダウンしてベンチにヘタレこんだ。

「タカちゃん、情けないわね。海ちゃんにカッコいいところ見せなきゃ駄目よ」

「俺がこういうの苦手なの知っているだろお袋は。良いんだよ、俺はヘタレで」

「すぐにそんな事言うんだから。めっ」

「俺は、ここで休んでいるから3人で行って来いよ」

お袋と茉弥に手を引っ張られ海が少しだけこちらに振り向いてアトラクションの列に加わっていく。

しばらく放心状態で空を見ていた。

この空も島に繋がっているんだよな。

そんな事を考えていると目の前にソフトクリームが現れ……

海が何も言わずにソフトクリームを突き出していた。

「ありがとう」

ベンチを軽くたたいて座れと合図すると海がはにかみながら俺の横に腰かけた。

「仲が良いのだな」

「ああ、久しぶりに会ったからな」

「そうか」

「そう言えば海のお母さんてどんな人だったんだ?」

「よく覚えていない、凪を産んですぐに死んでしまったから。でも、すごく優しい人だった。今はお姉ちゃんが母親代わりだ。だから寂しくはない」

「じゃ、また皆で遊びに行こうな」

お袋の大きな声で会話は途切れた。

「あっ居た。海ちゃん急に居なくなっちゃうんだもん。でもラブラブね」

「兄さま、ラブラブ」

茉弥は意味分かっているのか?

「そろそろ、お腹もすいたしどこかで休憩しましょう」

「あそこの大桟橋のターミナルの中に港の見えるカフェがあるから行ってみるか」

「タカちゃん、詳しいわね」

「まぁ、半年くらい横浜に居たからな」

お袋の目が真ん丸になり好奇心が溢れ出しそうになっている。

「ママ初耳よ、そんなの。で、誰とデートに来たの? 誰と」

「デートなんかじゃないさ、ただ海を見に来ただけだ」

「タカちゃんはロマンチストなんだから、もう」

これ以上突っ込まれるのが嫌で徐に立ち上がり歩き出す。

ロマンチックなんて欠片も無かった。

家を飛び出して金を貯める為に横浜で仕事をしていた職場の寮が大倉山で。

これから先の事を迷っている時に職場の人に港が一望できるレストランが在ると聞き、ここで海や船を見に来た事があるだけで。

頭の片隅に南の島が浮かんだのはその時かもしれない。

でも、それはただ何処か遠くへ行きたかっただけなのかもしれず。

ここのスイーツは評判だし。こっちが本当の理由なのかもしれない。


カフェに入りメニューを見ながら迷っていると茉弥が話し出した。

「海姉さまは、何にするの?」

「ロコモコがいいかな」

「茉弥も、海姉さまと同じの」

俺とお袋は珍しい事もあるもんだと思いながら顔を見合わせ俺たちもオーダーをした。

食後にこのお店お勧めのパフェを食べていると茉弥が嬉しそうに窓の外を行き来する船を見ている。

「兄さま、お船がいっぱい」

「茉弥は、海が好きだもんな」

「茉弥、海大好き。広くって大きいから」

「そうか、じゃ今度、お兄ちゃんが居た石垣島に一緒に行こうな。とっても海が綺麗なんだぞ」

「兄さま、約束」

小指を出したので指切りをした。

その時、石垣島の美夢の事を思い出した。

今頃、何をしているのだろう。


カフェを出て少し大桟橋を歩き山下公園へ向かう。

八月だけあってかなり暑かった。

茉弥の体を気遣って船が展示されている近くの木陰で少し休む事にする。

海面が太陽の光を浴びてキラキラと光りとても綺麗だった。

お袋が海とジュースを買いに行き。

茉弥の奴よほど嬉しかったのだなと考えていると茉弥の体が俺にもたれ掛かって来た。

「茉弥、茉弥どうした?」

返事が無く茉弥が意識を失っていた。

その時、ちょうどお袋と海が戻ってきた。

「タカちゃん。海ちゃんとっても可愛いの……どうしたの?」

「いつものやつだ。何処か寝かせて休ませる場所を」

俺がそう言うと海が辺りを見回して俺の袖を引っ張った。

慌てて茉弥を抱きかかえ後をついていく。


公園の近くにある大きなホテルに入りフロントの前で海が誰かに電話している。

フロントの人に電話を変わるとフロントの人の顔色が変わり直ぐに案内してくれた。

案内されたのはスイートルームだった。

直ぐにベッドに茉弥を寝かせ買ってきたジュースで顔を冷やしているとホテルのスタッフが氷枕を持ってきてくれた。

礼を言い茉弥の頭に当てがう。

15分位すると茉弥が目を覚ました。

「兄さま、母さま」

茉弥の声は弱弱しくまだ少し苦しそうだった。

いつもしているように茉弥のおでこに自分のおでこをゆっくりくっ付ける。

するとスーと楽になったのか目を閉じて眠り始めた。

「もう、安心だわ。茉弥はママが見ているから、2人で何処か見てきなさい。皆でここに居てもしょうがないから1時間後にロビーで待ち合わせね」

お袋が言うと海が心配そうに俺の顔を見上げた。

「お袋に任せれば大丈夫だよ。1時間もしたら元気な茉弥に戻るから行こう」

海は少し安心したのか俺の後を付いて部屋を出た。


ロビーに降りホテルを出て何処に行こうか考えながら海に聞いてみる。

「ありがとうな。ここのお礼だ。1時間しかないけれど海の行きたい所やりたい事があれば、何でも俺に言ってくれ」

「ん~、観覧車」

少し海は考えてから答え。

コスモワールドにむかって歩き出そうとすると恥ずかしそうに海が手を差し出した。

「しょうがねえな」

海の手を握りコスモワールドへ向かう。

観覧車に乗ると微妙な空気が2人の間を流れた。

海と面と向かって何を話せばいいのだろう。

そんな事を考えていると海の方から話し掛けてくれた。

「茉弥ちゃんは、いつもあんな感じになるのか?」

「いや。いつもじゃない。でも、時々な」

「あの、おでこをくっ付けたのは何なのだ?」

「ああ、おまじないの様なものかな。理由は分からないけど、あれをすると楽になるらしいんだ」

海に言いながら額を触るとキルシュが言った水の梵字の事が頭を過ぎった。

まさかそんな訳はないか……

「茉弥が小さい頃はとても体が弱かったからな。外で遊べないから俺がいつも遊び相手だった。少し年が離れているからアイツが産まれてしばらくは寂しい思いもしたけどな。前に今回の酷いのが起きて島から呼び戻された事があるんだ。病院でいくら検査しても原因は解らなかった。だから、あんなおまじないの様な事でも信じたいんだ」

「隆羅はやっぱり優しいな」

「こんなの普通だろ」

「違うと思う。強さとか思いやりは優しくないと生まれない優しままで居る事が一番難しいてお姉ちゃんが言っていた」

潮さんの教えは俺のはるか上を行くようだ。

「そうなのかな? でも、俺はヘタレだぞ。海も本当に優しいんだな」

「私がなんで?」

「茉弥が初対面の人に話しかけたり触ったりする事は今まで一度も見た事が無かった。

だから今日は俺もお袋も驚いていたんだ。きっと、海が本当にとても優しい人だと感じたのだろう」

自分で言っておいて少し恥ずかしくなり話題を変える。

「そう言えば、フロントで誰に電話していたんだ?」

「お姉ちゃんに」

「潮さんて何の仕事をしている人なんだ? 水無月家はすごいお金持ちみたいだし」

「普通だと思う、お姉ちゃんの仕事は『ソウスイ』って言ってた」

普通ってあれが普通なら俺なんかミジンコみたいな物か?

それにソウスイってなんだと考えていると。

ボソっと海が呟いた。

「私はそんな優しい隆羅の事が……」

最後まで聞き取れないままで観覧車のドアが開いて。聞き返そうと海の顔を見ると何でも無いと言う様に横に首を振っていた。

観覧車から降りる時に手を差し出すと海が頷きながら手を繋いできて少し歩きホテルに戻る。


ロビーに入るとすっかり元気になった茉弥がお袋と待っていた。

フロントに支払いに行くととんでもない事を言われた。

「いえいえ、結構ですよ。水無月 潮様にはいつもお世話になっておりますので」

まったく理解できなかったので聞いてみた。

「あの水無月 潮ってどんな人なのですか?」

「あちらの方ですが」

フロントマンは顔色一つ変えずに微笑みながらロビーで放送中の大型液晶テレビを指している。

テレビに目をやるといつも俺の事をおもちゃにして遊んでいる人が真面目な顔でテレビに出ていた。

テロップの名前を見るて開いた口が塞がらなくなった。

『水神コンツェルン 総帥 水無月 潮』とあり頭の中が真っ白になる。

あの企業を知らない人が世界中にどれだけいるのだろう。

それくらい有名な……

「ありがとうございました」

深々と頭を下げてお袋たちの所に行きお袋の肩を叩きテレビを指差すとお袋の絶叫がホテルのロビーにこだました。

人間と言う生き物はどうしようもなく理解を超えた事に出会った時は、とりあえず笑っておくのが一番なのだろう。

その後は何事も無かったかの様に4人で元町まで歩きショッピングをして近くの駅でお袋たちと別れた。


数日後、潮さんの書斎でこの事を聞いてみた。

「なんだ知らなかったの? 聞かないから言わなかったけど。まぁ、ターちゃんにはいう必要も無いかなと」

「俺テレビとか見ないですし、よく普通の事知らないって言われますから」

「で、私がコンツェルンの総帥だからってターちゃんが変わる訳じゃないでしょ。それとも私たちに対する接し方が変わるのかしら? 違うでしょ。ターちゃんは総理大臣でも大統領でもそんなのお構いなしだものね。私はターちゃんのそういう所大好きょ」

大きな机に寄りかかるように座り腕組みをしながら潮さんが冗談とも本気とも取れないようなことを言った。

それって褒められているのだろうか?

それにいつから『君『から『ちゃん』付けに昇格したのだろう。

凄くヘタレぽいんですけど。

「私も、海も、凪も、みんなターちゃんの事が大好きなの。これからもヨ・ロ・シ・ク」

総理大臣や大統領はともかく確かに潮さんの言うとおりで。

ホテルのオーナーだろうが会社の社長だろうが違う事は違うとはっきり言ってしまい。

筋の通らない事されると反発し向かって行ってしまう。

それ故にいろんなバイトや仕事をしているのもこんな理由の一つだ。

周りからは『不器用な奴だな、馬鹿かお前は』と言われるが嫌なものは嫌なわけで俺は俺の思ったとおりに生きるしか出来ない。

そんな事を考えながら部屋から出ようとドアに向かい振り向いて挨拶をしようとすると、頭めがけて潮さんの回し蹴りが飛んできた。

とっさに上段の受けを取ったが吹き飛ばされてしまう。

「いきなり、何をするんですか? 殺す気ですか?」

「ちょっと試しただけよ。それよりターちゃん、あなた空手か何かやっていたわね。その上段の受け方は何処で習ったの?」

「島ですよ、知り合いの飲み屋のマスターに道場に無理矢理連れて行かれて」

『男は女の1人や2人守れなくってどうする』などと言われ。

おまけに『そのヘタレ根性を叩きなおす』とシゴキまくられた思い出したくない思い出がある。

「最近、生傷も無くなって来たことだしそろそろ大丈夫ね」

「大丈夫って何がですか?」

「こっちの話よ、うふふ」

はぐらかされて部屋をでると。

『お楽しみはこれからよ』

なんてとてつもなく怖い事も言っていた。


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