幼馴染がこの世界の管理者だと発覚したので、権限で期末テストを消してもらおうとしたら、世界ごと消えかけた件
「私、この世界の管理者なんだ」
真希が何の前触れもなくそんなことを言い出したのは、放課後の教室で二人きりになったときだった。窓の外では夕日が校舎をオレンジに染めていて、掃除の時間も終わったあとの静けさが、妙に彼女の言葉を重く響かせた。
「……は?」
あまりにも突拍子もない宣言に、俺の口から出たのは間抜けな相槌だけだった。
「だから、世界の管理者。この宇宙の設定とか、物理法則とか、そういうのを全部管理してるの。まあ簡単に言うと、この世界の神様みたいなものかな」
真希は黒板にもたれかかりながら、さらりと言ってのけた。小さい頃から一緒に育った幼馴染だ。小学校も中学校も高校も同じ。隣の席になったことも何度もある。そんな彼女の顔を、俺はまじまじと見つめた。
ショートカットにくりっとした大きな目。ちょっと垂れ気味の眉が、いつも気弱そうな印象を与える。実際真希は大人しい方で、クラスでも目立つタイプじゃない。そんな彼女が世界の管理者?神様?
三秒ほど沈黙したあと、俺は自然と笑っていた。
「あっははは! お前、何言ってんだよ。もしかしてラノベの読みすぎ? それとも期末テスト前で現実逃避?」
「笑うと思った」
真希はむっとしたように唇を尖らせたが、すぐにため息をついて窓の外を見た。
「でも本当なんだってば。私がこの世界の管理者で、この世界の命運は全部私の手に委ねられてる。そんなこと言っても信じてもらえないのは分かってるけど」
「そりゃあな。急に幼馴染が神様だって言い出したら、誰だってまずは冗談だと思うだろ」
「じゃあ証明しようか?」
真希がこちらに向き直る。その目は妙に真剣だった。
「証明って、どうやって?」
「例えば……そうだなあ。あそこに置いてある黒板消し、浮かせてみようか?」
彼女が指さしたのは教壇の上の黒板消し。埃だらけのありふれた物体だ。
「マジで?」
「マジ」
真希が黒板消しに向かって手をかざす。何の変哲もないその仕草。次の瞬間――
黒板消しが、ふわりと浮き上がった。
「……ッ!?」
俺は目を疑った。黒板消しはゆっくりと空中に浮かび、そのままくるりと一回転して、元の場所に戻った。まるで重力なんて最初からなかったみたいに。
「どう?」
真希がいたずらっぽく笑う。その笑顔はいつもの彼女と変わらないのに、今は異様に神々しく見えた。
「待て待て待て。どうやってるんだそれ? まさか糸で吊るしてるとか?」
「黒板消し見てくる?」真希が呆れたように肩をすくめる。「でもそんなショボい手品じゃないよ。これが本当の権能ってやつ」
俺は立ち上がって教壇に駆け寄り、黒板消しを手に取った。糸も何もない。普通の黒板消しだ。でもさっき確かに浮いていた。
「……夢?」
「現実だよ。あんたの大好きな現実」
真希は相変わらず呆れ顔だ。俺は黒板消しを置いて、もう一度彼女を見た。ショートカットの幼馴染。控えめで、たまに料理を作って持ってきてくれる、普通の女の子。でも今、俺の前で超常現象をやってのけた。
「……本当なのか?」
「本当だってば」
「つまりお前が神様で、この世界を管理してる?」
「そういうこと」
俺は頭を抱えた。あまりにも情報が大きすぎて、処理が追いつかない。
「なんで今まで黙ってたんだよ?」
「言ったら引かれると思ったから。実際今、ちょっと引いてるでしょ?」
「引くって言うか……驚きすぎて思考が追いつかない」
「でしょー。だから言わなかったんだよね」
真希はまた黒板にもたれかかって、夕日を見た。
「でもなんで急にカミングアウトしたんだ?」
「んー……なんとなく。ずっと隠してるのも疲れたし、あんたになら話しても大丈夫かなって思ったから」
「そうか……」
何と言っていいか分からず、俺も隣に立って窓の外を見る。校庭では野球部がまだ練習している。どこにでもある普通の放課後だ。
「でもさ、世界の管理者って何してるんだ? 毎日何かすごいことしてるのか?」
「全然。基本的に世界は自動運転だから、たまにバグ修正するくらい。あとは願い事を叶えたり?」
「願い事?」
「そう。誰かが『こうなったらいいな』って強く思うと、それが世界に反映されるのを調整したり。あまりにも大きな願いだと世界が歪んじゃうから、ちょっとずつ流したり」
「へえ……」
何だかよく分からないけど、すごいことには違いない。俺はふと思いついて、冗談半分で言った。
「じゃあさ、権限で期末テストを消してくんねえ?」
ほんの軽いノリだった。期末テストが一週間後に迫っていて、勉強が全然進んでいなかったから、つい口に出ただけだ。真希が本物の管理者だって信じたわけじゃない。さっきの黒板消しも、何か仕掛けがあるんだろうとまだ半信半疑だった。
だから――その言葉を発した瞬間、世界が歪むなんて想像もしなかった。
「……消す?」
真希がつぶやく。その声はいつもと違って、どこか遠くから響いてくるみたいだった。
「え、おい、真希?」
彼女の体が、ぼんやりと輪郭を失い始める。いや、彼女だけじゃない。教室が、窓の外の景色が、夕日が、すべてが――
「ちょっと待て、何が起きて――」
その言葉が終わらないうちに、視界の半分が真っ白になった。白というより、何もない。色も形もない虚無。教室の左半分が、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。
「な……っ!?」
机が、椅子が、黒板の左半分が消えている。消えた部分は完全な空白で、その向こうには何も見えない。いや、向こう側すらない。空間そのものが断ち切られていた。
「真希! これ、お前の仕業か!?」
「ち、違う!」
真希も青ざめている。さっきまで神様ヅラしてたのに、今はただの慌てふためく少女だ。
「違うって、じゃあ何で教室の半分が消えたんだよ!?」
「あ……もしかして」
真希が何かに気づいたように口を押さえた。
「もしかして、何?」
「あんたがさっき『期末テストを消して』って言ったでしょ」
「言ったけど、それは冗談で――」
「私の権限、『誰かの願い』に反応するの。特に私の近くにいる人の強い願いに。でもさっきのは冗談でも、私があんたの言葉を『願い』として受け取っちゃったみたいで……」
「ちょっと待て。つまり俺の言葉で、世界が反応したのか?」
「うん……そして今、『期末テストを消す』って命令が実行されかけてる。でも期末テストって概念は、この世界の教育システム全体に関わるから、その一部分を消そうとすると……」
「すると?」
「世界の整合性を保つために、関連する部分も自動的に削除される。つまり、学校が、教育が、そしてそれに関わる人々の記憶や存在が――」
真希の声が震える。その時、教室の外から悲鳴が聞こえた。
「うわあああ!」
「何だこれ!」
「消えてる! 人が消えてる!」
俺たちは窓から校庭を見た。そこでは練習中だった野球部員の半分が、霧のように消えかけていた。いや、消えかけてるんじゃない。確かに、彼らの体が輪郭を失って、透明になっていく。
「まずい! このままじゃ学校全体が、いや日本中が――」
真希が自分の両手を見つめる。その手も、うっすらと透け始めていた。
「真希! お前も!」
「私も『教育を受けた人間』だから……この世界の教育システムの一部として、消去対象になってる」
「そんな馬鹿な! だったら何とかしろよ、お前が管理者なんだろ!?」
「で、でも、こんなこと初めてで……どうすればいいのか……」
真希が今にも泣き出しそうな顔で俺を見る。その目は、小さい頃に迷子になったときと同じだった。いつもは控えめだけどしっかり者の真希が、今は完全にパニックに陥っている。
くそっ、こうなったらやるしかない。
「落ち着け! まずは状況を把握しよう。お前の権限で、この現象を止めることはできないのか?」
「権限って言っても、具体的にどう操作すればいいか分かんない! 普段は自動で動いてるから、私が直接いじることなんてなくて……」
「じゃあどうやって今まで管理者やってたんだよ!」
「生まれつきそういう役割だっただけで、マニュアルなんてないんだってば!」
マニュアル。その言葉に、俺の頭の中で何かが引っかかった。
「待てよ、マニュアル……そういうの、どこかにないのか?」
「え?」
「だってお前、世界の管理者だろ? それなら何かしら、この世界の仕様書みたいなものがあるんじゃないか? 例えば、管理者用の手引きとか」
真希がぽかんと口を開けた。そして、はっとしたように目を見開く。
「そういえば……私が小さい頃、よく読んでた絵本があるんだ。その中に、変な記号がたくさん書いてあるページがあって……もしかして、あれが」
「その絵本、どこにある!?」
「家。私の部屋の本棚の――」
「よし、行くぞ!」
俺は真希の手を掴んで教室を飛び出した。廊下も、あちこちで消滅が始まっている。壁が、床が、天井が、ところどころ虚無に飲み込まれていた。人の悲鳴が遠くから聞こえる。
「早く! このままじゃ学校全体が消える!」
階段を駆け下りる。下駄箱で靴に履き替える余裕もなく、そのまま外に飛び出した。校庭はもはや半分が空白になっていて、そこにあったはずの校舎の一部が完全に消え失せている。
「真希、お前の家までどのくらいだ!?」
「走って十分くらい!」
「よし、全力で行くぞ!」
二人で校門を抜け、街へと走り出す。道行く人々も、車も、家も、すべてがゆっくりと消えつつあった。まるで世界が砂でできた城のように、風に溶けていく。その光景はあまりにも非現実的で、夢でも見ているかのようだった。でも、握った真希の手のぬくもりだけが、確かに現実だと告げている。
「はあ、はあ……真希、まだか?」
「もうすぐ……次の角を曲がったら……」
真希の家は一戸建ての古い日本家屋だ。小さい頃、何度も遊びに行ったことがある。門をくぐり、玄関の戸を開けると、中はまだ無事だった。
「部屋は二階だ!」
階段を上がり、真希の部屋に飛び込む。相変わらず可愛らしい家具と、ところどころに置かれたぬいぐるみ。本棚の前に立った真希は、すぐに一冊の絵本を取り出した。
「これだ!」
表紙は色あせていて、題名は読めない。パラパラとめくると、確かに途中のページに、意味不明の記号がびっしりと書かれていた。まるでプログラムのコードのような、あるいは古代文字のような。
「読めるか?」
「うーん……なんとなく、子供の頃に読んだ感覚を思い出してきた」
真希は目を閉じて、絵本のページに手をかざす。すると、記号が淡く光り始めた。
「そうか……これが管理者の言語か。私が小さい頃は無意識に理解できてたけど、成長するにつれて忘れてたんだ」
「で、何て書いてある?」
真希はしばらく沈黙して、それからゆっくりと口を開いた。
「……世界の改変を行う際は、対象を明確に指定すること。曖昧な命令はシステム全体に影響を及ぼす可能性があります」
「それ、まさに今の状況じゃねえか!」
「うん。『期末テストを消して』って命令が、『期末テスト』という概念の範囲が曖昧だったから、関連するすべてを消し始めてる。これを止めるには、命令を撤回するか、より具体的な命令に上書きしないといけない」
「じゃあ早く撤回してくれ!」
「でも撤回するには、命令を発した人の明確な意志が必要なんだって。つまり――」
真希が俺を見る。
「あんたが、『テストを消すのをやめろ』って強く願わないといけない」
「俺が?」
「そう。さっきの命令はあんたの言葉がきっかけで起きた。だから止めるのも、あんたの強い意志が必要なの」
俺は拳を握った。今も世界は消え続けている。外からは、もはや人の声すら聞こえなくなっていた。もしかしたら、もうほとんどの人が消えてしまったのかもしれない。
「分かった。やる」
「でも、ただ願うだけじゃダメなんだ。心の底から、本当にそう思わないと。さっきは冗談でも、あんたの心のどこかで『テストがなくなればいいのに』って願ってたから、それが実現した。だから今度は、本気で『テストを残せ』って思わないと」
「テストを残せ……テストを残したいと本気で思う?」
俺は考えた。正直、今でも心のどこかでは、テストがない方がいいと思っている。勉強だるいし、赤点取ったら補習だし。でも――
「……それで世界が消えるなら、テストがあった方がいいに決まってるだろ」
「あんた……」
「だって、テストがなくなった世界ってもう誰もいないんだぞ。それじゃ意味ないだろ。それに――」
俺は真希の手を握りしめた。
「お前も消えかけてるんだ。お前がいなくなる方が、テストなんかより百倍嫌だ」
真希の目が大きく見開かれる。その頬がほんのり赤くなった。
「そ、そんなこと言われても……」
「照れてる場合か! 早くやるぞ!」
「う、うん!」
俺は目を閉じて、集中した。頭の中に、期末テストのイメージを思い浮かべる。嫌な思い出しかない。徹夜で詰め込んだ暗記物。解けなくて焦った数学。でも、それでいい。そのテストがあるから、日常がある。放課後に真希とだらだら過ごす時間がある。
そうだ、俺が望むのは――
「……テストのある、普通の世界だ」
その瞬間、世界が震えた。
目を開けると、部屋の中がぼんやりと光っている。真希も驚いた顔で周りを見回していた。
「どうなった?」
「分かんない……でも、何か変わった気がする」
窓の外を見る。空には再び夕日が広がっていて、街並みは元通りになっていた。人の声も聞こえる。遠くで子供が笑っている。
「戻った……のか?」
「みたいだね」
真希がほっと息をつく。でも、まだ何か引っかかる。俺はもう一度外を見た。確かに街は元通りだ。でも――
「なあ、真希。この絵本の続き、読めるか?」
「え? うん、ちょっと待って……」
真希は再びページをめくり、その後の記号を読もうとした。しかし、すぐに顔を曇らせた。
「……読めない」
「読めない?」
「さっきまでなんとなく分かった気がしたのに、今はただの落書きにしか見えない。不思議だなあ」
それはそうだろう。だって――
「なあ真希。お前、本当に世界の管理者なのか?」
「え?」
「さっきの現象、本当にお前が起こしたのか?」
真希がきょとんとした顔で俺を見る。その目は無垢そのものだ。
「何言ってるの? 私が世界の管理者なんてわけないでしょ。そんなこと言った覚えもないし」
「……そうか」
俺は自分のこめかみを押さえた。やっぱりそういうことか。
さっきの出来事は、すべて夢か幻だったのか? いや、あまりにもリアルだった。それに、今も真希の手にはあの絵本がある。表紙は色あせて、確かに古びている。
「その絵本、どこで手に入れたんだ?」
「これ? 小さい頃に、誰かに貰ったんだよね。でも誰からかは覚えてないなあ。もうずっと昔のことだから」
真希は絵本を大事そうに抱えた。
「何だか今日、急にこの絵本が見たくなって。引き出しから引っ張り出したんだ」
「それで、何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと? うーん……そういえば、ちょっと昼寝してた気がする。起きたら、なんかあんたが急に家に来てたけど。どうしたの、急に?」
「いや……ちょっとした確認だ」
俺は立ち上がって、もう一度窓の外を見た。日常が戻ってきている。でも、あの消滅は本当に何だったんだ?
もしかしたら、あれは真希が見せた夢だったのかもしれない。あるいは、俺の願望が引き起こした一時的な幻覚か。
でも、一つだけ確かなことがある。
「なあ真希。期末テスト、もうすぐだな」
「そうだね。勉強、進んでる?」
「全然。だからさ、ちょっと教えてくれないか? お前、数学得意だろ」
真希がぱっと顔を輝かせる。
「いいよ! じゃあ、今からやる?」
「ああ、頼む」
こうして、俺たちは真希の部屋で教科書を広げた。窓の外では、当たり前のように夕日が沈んでいく。さっきまで世界が消えかけてたなんて、誰も信じないだろう。
でも、それでいい。これが日常だ。テストがあって、放課後があって、幼馴染がいる。ただそれだけの、特別じゃない世界。
真希が問題を解きながら、ふとつぶやいた。
「ねえ、もし私が本当に世界を変えられる力を持ってたら、あんたは何を願う?」
俺は顔を上げて、真希を見た。彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべている。さっきまであんなに青ざめてたのに、もうケロリとしている。
「そうだな……」
考えてみる。世界を変えられる力。あらゆる願いを叶えられる力。
「やっぱり、期末テストをなくしてほしいかな」
「ええー、またそれ?」
真希が呆れたように笑う。その笑顔を見て、俺もつられて笑った。
「冗談だよ。俺の願いは――」
言いかけて、やめた。
「なに? 気になるじゃん」
「いや、別に大したことじゃない」
本当は、さっき心の中で思ったことだ。テストのある普通の世界。そして――
「まあいいや。それより次の問題、教えてくれ」
「はいはい」
真希はペンを取って、ノートに数式を書き始めた。その横顔を見ながら、俺は思う。
多分、あの現象は本当に起きたんだ。でも、それはこの世界にとっては「なかったこと」になった。真希が管理者である記憶も、世界が消えかけた記憶も、おそらく誰の記憶にも残らない。
でも、俺だけは覚えている。彼女が世界を救うために必死になったこと。そして、彼女の手が温かかったこと。
それが何よりの証拠だ。
「……真希」
「んー?」
「ありがとな」
「え? 何が?」
「いや、なんでもない」
真希が首をかしげる。その仕草も、小さい頃から変わらない。
世界が消えかけた一日。その記憶は、俺だけの秘密にしておこう。
もちろん、次に冗談で「テストを消して」なんて言わないように気をつけながら。
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あとがき:
この物語をお読みいただき、ありがとうございました。
他にも牛丼屋関連の話を連載していますので、もしこの話がお気に召しましたら、ぜひ下記の作品もご覧いただければ幸いです。
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世界を救った元英雄、記憶を失って異世界で牛丼屋になったら、教え子だった現勇者たちが泣きついてきたんだが?
引き続き、読者の皆様の心に残る物語をお届けできるよう努めてまいります。これからも応援よろしくお願いいたします。




