最恐の悪女として私は今日も社交界に君臨する。「あなたを失脚させる?」いい度胸。面白そうな余興ね
短編を投稿します。 よろしくお願いします!!
「エレノア・ノワールヴェル!!」
無数の燭火に照らされた大広間に、私を呼ぶ声だけが鋭く響き渡った。
貴族たちが、次々と声のする方角を振り返る。
今宵は王太子殿下までご臨席される、王都でも指折りの夜会なのに。そんな場所でよりにもよって、この私の名を声高に呼ぶとは肝の据わったお方だ。
「これはまた、退屈しなさそうな方が来ましたね……」
確か、ベアトリス・セクンディア公爵令嬢とか言う方。
そういえば、今の王都では我がノワールヴェル家に次ぐ権勢だったかしら。
まあ、そんな有象無象のことなどどうでもいいのですが。
程なくして、騒ぎを聞きつけた衛兵たちがこちらへ駆けつけてくる。
「あの、王太子様もいらっしゃる場ですので……」
「何よ、悪いのは向こうよ!! 衛兵風情が私に近寄らないで!!」
そういって目の前の衛兵を今押しのけた。
どうやら、彼女にとっての正義とは私を糾弾することが第一らしい。
「あなたたち、彼女を離してあげなさい」
私の声に、衛兵たちが振り向いた。
「ですが……」
「せっかくですからお話くらいは聞いてあげましょう」
王太子もいらっしゃる、そんな場所なのですから、余興も必要でしょう。
「ふんぞり返っていられるのも今のうちですわ。エレノア!!」
ぞろぞろ、と後ろの方から援軍がやってきた様子。
お友達も連れて。さながら気分は聖女様といったところかしら。なら、私は仇なす悪魔ね。
「悪女たるあなたの罪、今日こそ白日の下に晒して見せますわ!!」
「あなたに私の罪が裁けるかしら」
そう、私は悪女。
傲慢、冷酷、陰険、狡猾……。
この世の悪名は私のためにある。誰もが恐れ、夜の帳の向こうでその名をささやく、そんな存在。
王家の裏に潜むもの。貴族社会に巣くう毒。表には決して出せぬ醜くおぞましい存在。
年端もいかぬ頃から私に立ち向かうものは幾らでもいた。だがその程度、私には娯楽にしかならない。
今日こそ退屈しない敵に出会えるといいのだが。
「まずは反逆罪ですわ!」
「えっと、私、王家に忠誠を誓っている自信だけはあるのですが」
その言葉から、クスクス……と周囲から笑いが漏れた。誰も口を挟もうとはしない。ただ、そこかしこで小さな笑い声だけが聞こえてくる。
「取り巻きの教育が足らないのでは?」
パッとベアトリスが手を挙げた。その直後、さざ波のような、可愛らしい声が彼女の周りで起こる。
「へえ、あなたにはそういう風に見えるのね」
あまり関わりが無かったが、こんなに面白い女だとは思わなかった。それでこそ話を聞く価値があるというもの。
「あなたはこれまで逆らった令嬢たちを何人も社交界から追い出してきた。商人を王都から追い出し家々を孤立させ、根も葉もない噂を流した」
ベアトリス様が提示した書類には、数々の私のしてきたことが連ねてある。こう並べられると我ながら数々の仕事を成し遂げてきた。
だが私がなぜそれをやったか。そこまでは彼女は知らないのだろう……。
いや教えてもらってない。というべきだろうか。
「そして……」
ぐぐぐ、とベアトリスは拳を強く握りしめる。
「私が敬愛する王太子様までも、奪ったのです!!」
……最後のはよく分からないが、彼女には深く刺さったのだろう。
「あなた、口には出せないほどのおぞましいことをしでかしているでしょう」
とっておきと言わんばかりに一枚のノートを叩きつける。はて、なんだろう。必要なことはなんでもやってきたとは思うけども。
無数の新聞の切り抜きが貼り付けられている。どれも火事の話題ばかりだ。火事、火事……。
「ああ……三年前の」
「よ、よくもそんな軽い口が利けますわね!!前代未聞の大火災でしょう!?」
フィアンマ公爵邸の全焼事件。
当時、私とフィアンマ家は対立を極めていた。
正真正銘、この勢力が私に対抗しうる最後の存在だった。
フィアンマ家は表向きは由緒ある公爵家なのだが、その正体は薬物、密輸、人身売買を取り扱う犯罪のるつぼ。私を失脚させるためにあらゆる手段を行使してきた。彼女らの無法な妨害には手を焼いた記憶がある。
この家との対決は少々面倒だった。摘発には証拠を集め関係者を洗い出し、背後にいる人物を逮捕させて……。主要人物はほぼ逮捕したが、未だ犯罪は根を張り続けていた。
私への嫌がらせも弱まるどころか強まるばかり。
捜査と度重なる妨害行為で鬱屈とした気分だったのもあったかもしれない。
ふと、私は思ったのだ。
見せしめにあの館を焼いてみよう、と。
「ふふ」
「な、何がおかしいのですか!!」
思い出すだけでも笑えてくる。屋敷を一晩で焼き尽くしてやれば、さすがに残党も身の危険を悟る。実際、効果は覿面だった。ネズミの巣を燻した時のようにその日から私への嫌がらせはパタリと止んだ。
焼死した者でもいれば、もう少し華が出たのですが。
その場合は、目の前のベアトリス様も身の程をわきまえたでしょうか……?
「なんと、あなたが燃やしたという目撃証言が複数上がっているのです!! さあ、これで言い逃れは……」
これは一部の人間しか知らないことですが、実はあの館は摘発した後に私が買い上げたものなの。だから、私の所有物をどう扱おうが私の勝手。
でも彼女は私が犯罪を犯したと本気で思っている。少しからかってみることにしましょう。
「なら、あなたのご実家、今ごろ燃えているかもしれませんね。心配でしたら、ご両親をお助けに戻られた方がよろしいのでは」
「なっ……!?」
かわいい反応だ。何も知らないこの子にはこの脅しはよく効く。その焦り方は今にも心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。
もちろんこの子の家を焼くつもりなどこれっぽっちも無いですが。
「敵を目の前にして帰るわけ無いでしょう!? 数々の悪行を重ねてきたあなたは王家に徒なす反逆者なのです!!」
あら、なかなかの強心臓。
堂々と私を指差して言うなんて。並の人間にはできたものではありません。
楽しくなってきました。
「それを言うなら、あなたも私の家を潰す気なのでしょう。それも王都一の権力を持つ我がノワールヴェル家を。でしたらあなたも立派な反逆者ですね」
その言葉に彼女は後ずさりした。ベアトリスは自らも王国への反逆者になる危険があることには気づかなかったのだろう。
「王太子様もご照覧なさるこの場でその発言……。覚悟はよろしいようね」
王太子様の表情は静かにベアトリスと私を見据えている。
冷徹な視線。その様に慈悲はなく、ただ負けたものに裁きを下す死神の目つきのよう。
彼女の唇は震えたまま静かになってしまった。
当然ですわね。先ほどまで、正義を掲げて振っていたその剣が自らの喉元に向けられていたのだとようやく気づいたのですから。
これでは、ベアトリス様は怖じ気付いて逃げ帰ってしまうでしょうか。
いいえ。逃がすわけにはいかないの。
「大丈夫ですわ」
一度殺してから、息の根を吹き返すと人は狂ったように運命に抗おうとする。言葉が剣で、証拠が刃。夜会場はきらびやかなシャンデリアが輝く、血の流れない戦場。
ならば私は、死した者を迎え、その魂を導く戦乙女のように微笑みましょう。
「ベアトリス様。あなたが私を失脚させればいいのです。それなら助かりますわ」
足下の崖を見せた後、遙か上から救いの手を差し伸べる。そうすれば、自ずと死力を尽くしてくれる。
「それなら……エレノア。あなたと私のつぶし合いということね……」
ほら、乗った。本当は今逃げておけば、多少の罰で済んだものを。
「王太子様、必ずやわたくし、ベアトリスはこの悪女エレノアの誘惑からお救いさせて差し上げますわ!!」
よしよし、聖女気取りが戻ったようね。
「その意気ですよ、ベアトリス様。さあ私を潰してみなさいな」
私は笑いをこらえながら、彼女を挑発する。
さあ、吐き出してくださいな。誰があなたを焚きつけたのかを。あなたが死力を尽くしてこちらに攻めてくれなければ、それが分からないわ。
「……ふ、ふふふ。ずいぶんと余裕のようね。エレノア」
ベアトリスは懐から書類を取り出した。
「ドレスやら、装飾やら。随分と贅沢をしているようじゃない?」
「ええ。まあ。王都に出向いた時、王太子様からいただいたり、自分で買ったりしますわね、それが何か?」
ベアトリスの顔が怒りでこわばる。
「これを見て、平然といられるかしら」
次は新聞の切り抜きではない。何枚もの帳簿の写しに、金額と日付。私の名前が記されている。金貨十万枚。と記されている。
「なぜ国庫からエレノア様の名義でお金が出ているのですか?それも金貨十万枚!! 相当な量です!! 王太子様!! 彼女は横領をしています!!」
なるほど、今度は私の金銭事情と来ましたか。これは少々厄介かもしれないですわね。
「エレノア……お前という奴は……」
王太子ははあきれた顔を浮かべている。
やはりそうきましたか。
「さあ、言い逃れできませんよ?エレノア様……」
「そうではない」
本当に何も知らないのですね。この方は。
「この者は王都直属の財政官なのだ」
「え……?」
王家の資金を預かり、融資先を選ぶ特別職。
数多くの政敵と争い続け、王家に忠誠を誓った末にこの職を任された。
表向きには正当なはずのフィアンマ家の悪事を日の下に晒した私に驚嘆した彼が私に任命した職。
私の欺瞞を見破る目と成功への嗅覚を高く買ってくださったらしい。どの投資家よりも優れているのだとか。
「世間のお前の印象は分かっているだろう。正しいとはいえ、こういった面倒ごとに繋がる。だから言っておろうに……」
「……善処します」
王太子はまだ、ベアトリスの出した書類を眺めている。
「それに何だ、この額は」
やっぱり言うと思った。そう、ここからが厄介なのだ。
「信用のおけない企業だったからですよ。投資には不十分かと思いました」
「だが事実としてこの企業は金貨二十万枚の税収が見込めている。倍の利益ではないか……」
私は財政官で、国から融資の一部を秘密裏に任されている。入金を控えめに済ましたことが発覚するとすぐにこの有様だ。
「結果論ですよ。王太子様。倒産していれば十万枚も意味が無いでしょう?」
結果を出したのは事実。そういえば王太子はとりあえずは何も言えないだろう。
「……次からは遠慮するな。必要なら金貨の百万や二百万でも投資せよ。その程度王家にとってははした金だ。成功に応じ、相応の報酬は与えるといつも言っているであろう。お前は慎重すぎる」
そうは言うものの、融資とは経営状況や信用だけではない。他国の情勢や流行り廃りを加味しなければならない。私でも乗りこなすのは至難の業。国の興亡がかかっているとなるとうかつな運用は出来ない。
だからこそ、あまりつつかれるといい気分がしないのだ。
全く余計なことをしてくれた。ここは憂さ晴らしにベアトリス様に嫌みの一つでも言ってやらなければ。
「ベアトリス様。そんなはした金で騒がれるくらいお金がないのでしたら、多少の融資をしてあげてもいいですわよ?」
「……っ!!」
ベアトリスの顔が真っ赤に染まった。
「ふざけるな。ベアトリスに投資するくらいなら、競馬にでも賭ける方が幾分かましだろう。真面目にやれ」
そう言った瞬間、ぷっと誰かが吹き出した。
堅実な彼がやけになって大金をつぎ込む想像でもしたのだろうか。
それとも彼女が馬と競走する想像でもしたのだろうか。
別の場所からも押し殺したような笑いが漏れる。次から次へと広がっていく。
止まらない。
どうやら、今の一言がよほど面白かったらしい。
「まさか、本当に何も知らないでここに来たのか」
「エレノア様の言う通りこれはとんだ余興ですな」
ベアトリスは羞恥と怒りに震わせ、周囲をにらみつけた。
「あなた、不倫しているでしょう!!」
ベアトリスが叫んだ。
「王太子様というお相手がいながら!! そこの男も! そこの男も!!」
彼女は会場にいる殿方を次々と指差していく。
「馬車で一緒にいるところを目撃した情報も!! 辺境で男を侍らせてるのも全部知ってますわ!!」
しん、と静かになった。
「そういえば、言っていなかったわね。」
私はぽん、と扇を閉じた。
なぜベアトリスは王太子を奪ったと思ったのか。
その理由をお教えしてあげますわ。
「ここにいる殿方は全員、私の婚約候補なの」
「な……」
ベアトリスの口が止まる。私は王太子へ視線を向ける。
「そういうことだ。まだ正式な婚約者は決まっていないからな」
ベアトリスの顔がみるみる青ざめていく。
王太子。第二王子。有力公爵家の嫡男。侯爵家の御曹司。名だたる家の令息たち。どの殿方も、私の婚約候補。王太子と交際していて、不倫していることが彼女の逆鱗に触れたのだろう。
純粋な彼女には申し訳ないが、それも私には許されているのだ。私とその背後の力故。
「殿方だけじゃないでしょう!? エレノア様は私のものですわ!」
「私だって!」
「抜け駆けは禁止でしょうに!」
……殿方だけでは無かったようですわね。
「なぜ!! こんなことを王太子は許しているのですか!!」
「なぜと言われてもな。見ての通り、ノワールヴェル家との婚姻はそれだけで他家への影響が大きい。今は婚約候補とすることで均衡を保っているのだ」
私と結婚すると戦争が起きる。そういう意味なの。実を言えば、結婚などしたくないので私が婚約を渋ったらさらに面倒なことになったというのが事実。
責任が重すぎて本当は誰かに代わってもらいたい。
「王太子殿下がお気に入りでしたなら、譲ってあげてもよろしくてよ?」
「なっ……!?」
私の少しの願望を込めた発言。
ベアトリスはもちろんのこと、この発言には、王太子すらもあり得ない発言を聞いたような顔をしている。
「おい、エレノア……。さすがに今の発言は看過出来んな」
「あら失礼。あまりにも反応が面白かったもので、からかってしまいました」
まあ無理ですよね。仕方ない。
「それで?次の証拠は……?」
ベアトリスは拳を固く握りしめ。怒りに震えている。悔しいと顔に書いてあるようだった。
そこは普通、絶望したりするところなのですが。
「覚えてなさい……」
どうやら、これ以上証拠がないようだ。余興も終わってしまえばむなしいもの。なら、聖女物語もこれでおしまい。薄っぺらい正義も余興くらいにはなりましたね。
「失礼します!」
夜会場を駆け抜ける一人の衛兵の声。どうやら、ネズミを捕らえたらしい。
「はっ、やはりこの者がベアトリスの協力者で間違いないかと……!!」
私はその顔に見覚えがあった。その貌から、小汚い犯罪の匂いが漂ってくる。
間違いない。三年前に捉えたフィアンマ家の残党。
「思い出した。うちの銀行で最近怪しい者を解雇したな」
「おお、俺の領の厩舎でもだ」
口々に声が上がっている。ここにいるのは王都各地を司るものたち。交通、銀行……。立っているだけでも、値千金の情報が耳に入る。
なるほど、工作員を王都各地に置き、都合のいい噂だけを引っ張って私に突きつけた、そんなところだろうか。
「ベアトリス・セクンディアとやら」
びく、とベアトリスの体が浮いた。
「フィアンマ家と何を企んでいたか、ゆっくりと後で聞かせてもらうからな」
「ひっ……」
そうしてベアトリスは縮こまってしまった。勝てば官軍とは言いましたが、負けてしまえばそれまでのこと。こうして聖女気取りの令嬢はただの賊となったわけで。
焚きつけた私はというと……。
「反逆者はやはりあなたの方だったようね」
慈悲などあるわけが無い。なぜなら私は悪魔なのだから。
「エレノア、思ったより首尾は上々だったな」
「ええ」
フィアンマ家がもたらした災禍は未だに王都にはびこっている。今回だけでもこんなに釣れたということは、まだまだいるのでしょう。各地に潜伏しているとなると、先が思いやられる。
「まさか私は泳がされていたの……?」
「そうね。情報収集も容易だったでしょう?」
手元の杯を傾けながら、そう言った。
私がまっとうに噂の否定をしていたら、ベアトリスはこうもたやすく尻尾を出さなかったでしょう。
悪女と呼ばれるくらいが仕事がしやすいの。
この国の闇すらも、男たちも、貴族社会の悪意も。
私は背負ってみせる。
終
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!




