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一人百物語 2

階段

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/20


以前、長年勤めていた会社の事務所は、古い雑居ビルにあった。

そのビルでの話。

「ここのビル、夜遅く階段使ってると、変な時があるよ」

と同僚の益田さんは言った。

階段室にいると、上からまたは下から、誰かがやってくる足音がするという。

こんな遅くまで、他でもまだ残ってる人がいるんだ、と思っているとその足音はどんどん近づいて来て……

足音だけが通りすぎてゆく。

姿は見えない。ただ、何かの気配がすぐそばを通りすぎ、足音が遠ざかってゆくのだという。

「こないだなんか、階段を下りてたらやっぱり足音だけが追い抜いていってさ。気味が悪いと思いながらやっと一階に来たら……階段室と一階玄関の電灯が一度にパンッ!と消えてさぁ。もうびっくり。チビりそうになったよ」

その話に、他の同僚たちが、ヤだなやめてよ、などと言っていた。


しばらく後、夜遅くにやはり同僚の村松さんは得意先から商品交換で引き取った古いデスクトップのパソコンモニタと本体を持ち帰ってきた。

モニタと本体を営業車から下ろし、台車に積んで六階の事務所の物置に入れようと、エレベータを使おうとした。

が。ビルでひとつしかないエレベータの扉には、無情にも

【故障中・使用禁止】

の貼紙が貼られていた。

「うわ。ちょっとぉー」

村松さんは舌打ちした。

今のパソコンはモニタも本体もずいぶん小型軽量化されているが、昔(!)のパソコンはモニタはブラウン管式で、男性の手でも持ち運びは大変だった。

重くてデカいパソコンを六階まで手で運ぶなんてまっぴらだ。車に積んだままにしておこうかな、と村松さんは思った。

しかし翌朝は一番で部長が車を使うと言っていた。部長に文句を言われるのも…

村松さんはため息をつき、まずは大きくて重いモニタを抱えて階段を上りだした。

しばらくすると

背後から足音が聞こえてきた。

はじめは気にもしなかったが、ゆっくり目の足音がどんどん近づいてくるにつれ、村松さんは益田さんの話を思い出し、怖くなってきた。

(まさか。他の誰かだろ)

自分にそう言い聞かせ、さっさと六階まで上ろうとした。

その間にも足音はどんどん背後に迫っていた。

カツン、カツン……

村松さんは後ろを振り返った。

誰もいなかった。

(……うわぁ)

村松さんはモニタを放り出して逃げたくなった。

カツン、

足音は村松さんのすぐそばで響いて


ずわぁぁっ


と村松さんの中を何かが通って行った。

「……!」

村松さんは声になっていない悲鳴を上げ……モニタを落としてしまった。

自分の右足の甲の上に。

階段室に村松さんの絶叫が響いた。


「それから?もちろんちゃんと運んだよ。モニタも本体も。部長に文句言われるの嫌だもん。モニタの角は割れちまったけどさ。まぁあれはどうせ廃棄するやつなんだし」

村松さんは労災を申請し、しばらく足をひきずっていた。



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