『詭弁魔法使い・グラウディス登場!?』
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、
『実は』彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
……の番外編です。コメディ中心。なんでも許せる人向け。
→本編はこちら
毒をまとう魔法使いと、毒の効かない偽聖女【どくまと!】
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→読み切り短編版はこちら
『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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「――【銀煌の聖女】。結婚を前提に、私と交際しては戴けないだろうか」
「は?」
さびれた安宿の、ひとけのない食堂。
その隅っこの席で朝食のスープを啜ってたら知らん男が近づいてきて、とつぜんプロポーズされた。
……って、どういうこと?????
あ、わたしはピュイ。
単なる旅の剣士なんだけど、わたしと同じ銀髪青目をした英雄こと【銀煌の聖女】さまと間違われがちで……ご多分に漏れず、今回もそのパターンっぽい。
……けど、さすがに出会い頭にプロポーズされたのは初めてだ。
「ええと……」
「――ああ、すまない。自己紹介がまだだったな」
ぽかんとするわたしの前で、謎のプロポーズ男は優雅に一礼した。
「私はグラウディス・ヴァルディオン。大貴族ヴァルディオン家の次期当主であり、聖職者でもある。手前味噌ながら、かの【銀煌の聖女】の結婚相手としては不足のない身分だと思うが……どうだね、聖女よ」
よどみなく名乗るなり顔を上げ、青年は自信たっぷりに微笑んでみせる。
――二十代半ばくらいの、ハンサムな青年だった。
黄金色の瞳と、背中ほどの長さがある赤い巻き毛が、いかにもゴージャスな印象だ。
見るからに上等そうな布地の上着。その襟元には、なにやら由緒がありそうな紋章ブローチが燦然と輝いている。
服装や立ち居振る舞いを見る限り、彼が貴族だってのは本当みたいだ。
……けど、なんだって、こんなところに貴族さまが?
なんせ、ここは正真正銘の安宿だ。壁紙はシミだらけでそこらじゅう破れてるし、テーブルはガタガタなうえにベタベタ。木目の隙間には油と埃が混ざったものが詰まって固まってる。
しかも食堂の半分は物置として使われてるらしく、客席のすぐ隣に足の折れた椅子やらなんやらの雑多なガラクタがうずたかく積まれて埃をかぶってる始末だ。
ガラクタの中にはなぜか、ごつい鎖の束まであった。なんで宿屋にこんな鎖があるのかちょっと意味が分からない。ひそかに拷問でもしてんのか? ここの主人は。
……とにかく、どう考えてもお貴族さまが生息できるような環境じゃない。
大人しく、通りの向かいの高級宿にでも行けばいいのに……。
――いま、この食堂にいるのはわたしと、目の前の赤毛の青年のふたりきりだった。
ついさっきまで、わたしの向かいの席には黒衣の魔法使いが座ってた。
わたしの旅の連れ……正確には、わたしを理不尽に捕らえて連れ回してるにっくき宿敵だ。
けど、やつはいま席を離れ、自分の分の食事を受け取りに行ってる。
わたしは思わず、奥の部屋へ続くドアの方へ目をやった。
開け放たれた扉の向こうに、水差しから水を注いでる魔法使いの背中が見えた。
どうやら、こちらの事態にはまだ気づいてないみたいだ。
「さあ、聖女よ! プロポーズの返事を聞かせてくれるかね?」
「え、ええと……」
重ねて問われ、わたしはおずおずと口を開いた。
「ていうか、プロポーズ云々の前にそもそも、わたしは聖女じゃな……」
「まったまたぁ!」
わたしの言葉を遮って、青年がさも面白そうに笑う。
「いくら偽ろうとも、この私の目は――いや、この私の【論理魔法】は誤魔化せないぞ!」
「ろ、論理魔法?」
「おお、興味があるのかね! ならば説明しようじゃないか、聖女よ!」
……いや、べつに、興味とか一切ないんだけど……。
けど、わたしが断る前に、青年は「つまり」、と、得意げに説明し始める。
「まず、世の人間を『【銀煌の聖女】』か『それ以外』かのふたつに分類する。
すると、選択肢は二つであるから確率は半々……つまり、五割ということになる訳だね」
「……え?」
「五割ということはすなわち、四捨五入すれば十割だ。
十割とは100%であるからして、つまり貴女は【銀煌の聖女】だ、ということになる。
しかも貴方は銀髪で青目の少女なのだから確率はさらに高まり、100%をゆうに越えるというわけだ。
――だから私は貴方を聖女と判別し、プロポーズを申し込んだ、という次第なのだよ!」
「は、はあ……」
……なんかいま、とんでもない論理の飛躍が立て続けに行われたような。ていうか、確率って100%を越えても良いんだっけ?
どう考えてもおかしい気がする。
けど、あまりにも流暢に堂々と断言されてしまうと、なんだか突っ込む隙もない。
「というわけで、了承してくれるかね、【銀煌の聖女】よ!」
わたしが戸惑ってると、青年がずずい、っとテーブルに身を乗り出してくる。
その近さと勢いに、わたしはすっかり怯んでしまった。
「え、ええと……」
――その時だった。
「――俺の婚約者に、何の用だ」
抑えるような低い声が、わたしの頭のすぐ上から落ちてくる。
思わず振り返って見上げると、そこには朝食のお盆を手にした魔法使いの姿があった。
「魔法使い!」「ヴェルカスくん!?」
わたしと青年の声が重なる。
瞬間、魔法使いの顔色が変わった。
赤毛の青年の顔を見るなり驚いたように目を見開く。
「……グラウディス!? どうして、お前がここに!?」
「やっぱり!」と、赤毛の青年が破顔した。
「久しぶりじゃあないか! ヴェルカスくん! いや、その格好の時はヴィルクくんと呼ぶべきだったかね!?」
……へっ?
目の前のふたりのやりとりに、わたしはぽかんとしてしまった。
「……って、まって!? この赤い髪の変な人、もしかして、あんたの知り合いなの?」
思わず魔法使いに訊ねると、彼はスライムでも噛みつぶしたような顔で頷く。
「……認めたくはないが、定義上はそうだ」
「水臭いなぁヴィルクくん! 同じ魔法使い組合の幹部じゃないか!」
「組合の幹部っ!? ってことは、この人も大魔法使いなの!?」
「……認めたくはないが、定義上はそうだ」
魔法使いの表情がさらに渋くなる。
……まるで、何気なく石をひっくり返したらえっぐい量の虫がうぞうぞしてるのを目にしてしまったときみたいな反応だ。
「でも」と、わたしは首を傾げてしまう。
「この人、さっき大貴族だって……あれ、聖職者だっけ?」
「全てが正解だよ」
赤毛の青年が微笑みながら胸を張る。
「大貴族にして聖職者であり、また、大魔法使いでもある。――それがこの私、グラウディス・ヴァルディオンなのだ!」
「は、はぁ……」
わたしは呆気に取られて目を瞬かせた。
……じ、情報が多い。
ただ、とりあえず、なんかすごい人だということは分かった。
「しかし――」
にこにこと親しげに微笑んでいた赤毛の青年――グラウディスさんが、不意に魔法使いに視線を向ける。
「ヴィルクくん。まさか、君が先に聖女を確保していたとはね」
……なんだか、含みのある物言いだった。
魔法使いの表情がすっと硬くなる。少し黙ったあと、彼は重々しく口を開いた。
「……人違いだ。彼女は……【銀煌の聖女】ではない」
またまたぁ、とグラウディスさんが軽く笑った。
「例の採決、君は賛成票を投じた筈だが……成る程、そういう狙いだったのだね」
言いながら、どこか意味深なまなざしを魔法使いへ向ける。
……って、『例の採決』って、いったいなんの話だ?
わたしは思わず魔法使いを見た。けど、彼は苦々しげに口を引き結んで押し黙ってる。
しかたなくグラウディスさんの方も見たけど、こっちも説明してくれる気はなさそうだった。
……なんか、わたしひとり完全に蚊帳の外、って感じだ。
「――しかし、君も知っての通り、私には確固たる信念があってね。先着順、と言うわけにはいかないのだよ」
グラウディスさんが挑発的な微笑みを浮かべた。
「責任は私が負う。――【銀煌の聖女】の今後については、私に一任しては貰えないだろうか?」
黄金色の目を悠々と細めて宣言してくる。
魔法使いがわずかに身じろぎするのが分かった。
ややあって、彼は短い息を吐く。
「……ピュイ、逃げるぞ」
「へっ?」
彼らしからぬ台詞にわたしは目を丸くした。
「なに? どういうこと? やっぱこの人、やばい人なの?」
「……やばい、などというものではない」
魔法使いが口早に答える。
「こいつは……」
「――おや、ヴィルクくん。どこへ行くのだね?」
しれっと会話に入ってきたグラウディスさんが、不意に眉をひそめた。
どこか硬い声音で「もしかして」、と呟く。
「……もしかして、これから、ふたりで野球をしに行くつもりなのかね?」
「や、やきゅう?」
なんだ、それは?????
わたしが思わずオウム返しすると、グラウディスさんは「やっぱり」と叫んで身を乗り出した。
「ほら! やっぱり野球しに行くんだ! ずるい! 私も行く!!!!!」
そう言って、しれっとわたしたちについてこようとする。
魔法使いが舌打ちした。
「……黙れ!」
振り向きざまに腕を振るう。
瞬間、彼の手のひらに膨れあがった眩い光球がグラウディスさん目掛けて放たれた。
……って!?
わたしは動揺した。
魔法使い、なに考えてるんだよっ!?
いくら変質者相手だからって、宿の中で攻撃魔法使うとかあり得なくないっ!?
しかも、離れてるのに肌にしっかりと熱を感じるくらいの高温だ。
光球は、真っ直ぐグラウディスさんの方へ飛んでく。
けど、当のグラウディスさんはまったく動じなかった。
というか、動じるどころか、避けもしなかった。
その必要すらなかった。
グラウディスさんがわずかに指を振った瞬間、魔法使いが放った攻撃魔法はあっさりと消失してしまう。
「魔法が消えた!?」
あっけにとられるわたしの前で、グラウディスさんは「やれやれ」、と肩をすくめた。
「ヴィルクくん。君の魔法は、私には通用しないよ」
魔法使いが苦々しげに顔を歪めた。
「……詭弁魔法使いが」
「おや、心外だね。この世界は論理で出来ている。私の魔法は、その論理に従う【論理魔法】なのだよ」
「……どこが論理だ」
「論理だよ」
グラウディスさんがきっぱりと断言する。
「仮説を立て、検証し、証明する。至って、論理的で、かつ、科学的なプロセスじゃないか」
自信たっぷりに言うと、彼はひとさし指をすっと立ててみせた。
「――まず、魔法は波である、という仮説を立てよう」
「……魔法は波ではないが」
「まあまあ、聞きたまえ」
魔法使いの指摘をあっさり聞き流し、グラウディスさんが言葉を続ける。
「魔法が波であるならば、逆位相の魔法波をぶつけてやればこれを打ち消すことができる筈だ。……と、いうわけで、試しに逆位相の魔法波をぶつけて検証したところ、先のようにヴィルクくんの魔法は相殺された。つまり、魔法は波であるということだ!」
「……だから、魔法は波ではないが」
やれやれ、とグラウディスさんが肩をすくめる。
「ヴィルクくん。君が自説に固執する気持ちは分かるが、実際に証明されてしまった以上、私の仮説は正しかったということなのだよ」
「……埒が明かないな」
魔法使いは舌打ちし、低い声で呪文を唱える。
じゃらり、と、重い音がした。
次の瞬間、鈍色のなにかがわたしの視界をさっと横切る。
それは、食堂の物置スペースに積まれてた例のごつい鎖だった。
ガラクタの中から生き物みたいに飛び出した鎖が、あっという間にグラウディスさんをグルグル巻きにしてしまう。
「ふむ」
鎖に巻かれて動けなくなったグラウディスさんが感心したように唸った。
「良いコントロールをしている。さすがはヴィルクくんだ。やはり、我がチームのエースを任せられるのは、君しかいないな……」
「……いくら詭弁魔法使いとはいえ、さすがに、鎖からは逃れられないだろう」
魔法使いがようやく笑みを浮かべる。
けれども、グラウディスさんに焦った様子はなかった。
「甘いなあ」、とグラウディスさんが微笑む。
「この程度の鎖、先ほどの仮説を応用すれば楽勝だ」
「……待て。仮説を応用するな」
「いいかね?」
魔法使いの言葉を無視してグラウディスさんが続ける。
「全ての物質は素粒子というものでできている。そして、素粒子とは、粒と波の両方の性質を併せ持つ。……ヴィルクくんも知っている通り、これは前文明における量子物理学の分野で既に証明されている明らかな事実だね。つまり、全ての物質は本質的に波でもある、と仮定できる」
「おい、待て」
「全ての物質が本質的に波であるならば、逆位相の波をぶつけてやれば相殺できる。――というわけで、さっそく検証してみようじゃないか!」
グラウディスさんが指を鳴らした瞬間、鎖は跡形もなく消失した。
「な……」
絶句する魔法使いの前で、自由になったグラウディスさんがふう、とため息をつく。
「……またひとつ、仮説が証明されてしまったな」
「だから、どうして証明されるんだっ……!」
「どうして、って……私の論理が正しいからに決まっているだろう?」
いったい何を言っているんだ? とでも言わんばかりの顔でグラウディスさん。
「正しい訳があるか!!!!!」
ついに耐えきれなくなったみたいに魔法使いが叫んだ。
「だいたい、物質の逆位相の波というのはなんだ!? もし仮にそんなものがあるとして、いったいどうやって作ったというんだ!?」
「そんなの、魔法でちょいちょい、っとしたに決まっているだろう? しょせんは波なのだからして、魔法の指を突っ込んでこう、適当に揺らしてやれば良いだけの話じゃないか」
「そもそも、波というのは空間的な広がりを持つ現象だ! 仮にある一点で逆位相となって相殺できたとて、それはあくまでその一点のみの話であって、鎖全体が消える理由にはならない!」
「まあまあ、細かいことは気にするな! 実際に消えたんだから良いじゃないか! 時には私のようなおおらかさを持ちたまえよ、ヴィルクくん!」
……魔法使いがぎり、と奥歯を噛む音がした。
「……分かっただろう、ピュイ」、と魔法使いが洩らす。
「この詭弁魔法使いは、詭弁で世界を書き換えるのだ」
「……おいおい、よしてくれ! その物言いでは、まるで私がデタラメ野郎だとでも言わんばかりじゃないか!」
「……最初からそう言っている!」
「やれやれ。私はあくまで論理に従っているだけだよ、ヴィルクくん」
微笑みながら答えるその口調には、どこか上から諭すような色さえあった。
――不意に、どこからか軽やかな音楽が聞こえた。
「おっと」
グラウディスさんが懐に手を差し入れ、取りだした懐中時計の蓋をパチンと開ける。
文字盤に目を落とすなり、彼は物憂げに眉をひそめた。
「……残念ながら、時間切れだ」、と無念そうに呟く。
「実は、これから試合の予定があってね。この私率いる『天衣無縫グラウディーズ』と、宿敵である少年草野球チーム『ダーク・クリムゾン・イレイザー』との運命の一騎打ちが待っているのだ。――申し訳ないが、今日は、ここまでにしておこう」
「……二度と来るな」
魔法使いが心底うんざりしたように吐き捨てる。
グラウディスさんはあっさりそれを無視した。
懐に時計をしまうと、不意にわたしへ向き直る。
「――というわけで、【銀煌の聖女】よ」
「へっ!?」
とつぜん手を取られ、わたしは目を白黒させた。
戸惑うわたしの顔を覗き込むように見下ろし、グラウディスさんが微笑みを浮かべる。
「プロポーズの件、よくよく考えてみてくれたまえ。――次に会うときには良い返事が聞けることを期待しているぞ」
「いや、だから、わたしは聖女じゃ……」
「では、さらばだ!」
一方的に告げるなりわたしから手を離すと、彼はさっさと踵を返して食堂を出て行ってしまう。
取り残されたわたしたち、ただ、ぽかんとその場に立ち尽くすしかなかった。
「な、なんだったの……」
やがてわたしが呟くと、魔法使いが嘆息する。
しばらく沈黙したのち、魔法使いが低い声で洩らした。
「……面倒なことになったな」
……テーブルの上の食べかけのスープは、いつの間にか、すっかり冷めきっていた。
というわけで番外編でした!
こっちはなんとなく一話完結&魔法使い組合の面々が活躍したりしなかったりする感じのゆるーいコメディです。
本編のストックが厳しくなったときとかにしれっと更新されます。
次は本編の方、7/14(火)20:20更新でーす。




