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或る指導者の青年時代  作者: 本条謙太郎
第1章 子の物語

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ソーフィア・アレクシノワ・カリヨラン 1

 ソーフィア・アレクシノワ・カリヨランは四人兄妹の末娘である。


 三人の兄はいずれも軍に奉職している。というのも、彼女の属するカリヨラン家はニコルス一世の大改革以前より長く〝大鷲の家(レムリス朝)〟に従属し、主君の称号を森林の一首長から中央大陸極東を制する大国の皇帝へと押し上げた武官の名門である。ノーレムリアという国家とほぼ同等の歴史を誇るこの家は、過去に数多くの高名な将軍たちを排出している。

 その武名は国内にとどまるばかりではない。

 ニコルス一世の定めた貴族の国家勤務義務制以前には、生気有り余る一族の若者達は西に向かい「帝国」諸公国の将校として活躍した。時には宗教を異にする仇敵テルシア帝国に雇われる者さえあった。国家への終身奉職が定められた後にも、当主以外の男児の中にはそのような冒険を好む者もいた。


 カリヨランの名はかくの如く戦争の栄光と共にある。だが、長い歴史の中で変わり種が存在しなかったわけではない。その最新の実例こそが女の父アレクシス・セルギィであった。

 カリヨラン侯爵家の次男として生を受けたこの男は、家職の習わしに従い軍学校に進むもその世界が肌に合わず、退校の後、ニコビルグ恩賜大学に入学した。そこで彼はニコルス皇太子——後のニコルス五世の知遇を得る。

「海の戦争」敗北と同時に帝位を継いだニコルスは、大学時代から気心の知れた〝友人達〟をためらうことなく国家の要職に据えた。時を経て、アレクシス・セルギィはノーレムリア帝国における臣下の最上位に上り詰める。〝諸官房の主〟と言い習わされるその地位は他国における宰相である。

 カリヨラン家が諸官房の主を輩出した経験はこれまでに幾度もある。ただし、それらは全て、長い軍役奉仕の終わりに乗馬すら侭ならなくなった大将が、長年の精勤に対する褒美に与えられた名誉称号としてのものだ。一方で、アレクシスは実権を持つ本(・)物(・)の(・)宰相であった。


 ニコルス五世の不幸な死により〝諸官房の主〟の座を退いた男は、今では唯一「評議会」の議長として奉職するのみである。


 評議会。

 ニコルス五世の諸改革により誕生した、貴族と極一握りの富裕市民——当世風に言えば大資本家——が集う皇帝の諮問機関である。

 西方諸国の中でも、特にアングランとサンテネリという二大先進国に定着して久しい議会制度は、ここノーレムリアにおいてはその名を公然と語ることすら憚られる〝不敬〟なものである。ノーレムリアの全ては、古代レムリア帝国の正(・)統(・)な(・)末(・)裔(・)である皇帝の所有物であり、それこそが定められたノーレムリアの〝物語〟であるとする思想は人々の中にほぼ完全な形で内面化されていた。その固定観念を脱し、いわば「実利」を取ろうとしたのが、まさにノーレムリアの所有者たるニコルス五世であったのはある種の皮肉といえるだろう。

 いずれにせよ、彼と配下の政策集団——同志たち(カマラート)——は改革を図った。西方諸国は、国家が持ちうる全力を発揮しうる体制ゆえに精強なのだ。同じ十の力を持っていたとして、アングランやサンテネリは国民達を巻き込むことでその全てを活用することができるが、ノーレムリアにおいては精々三から四に過ぎない。国家に疎(・)外(・)された大多数の人々が、なぜあえて、自分たちを仲間はずれにする国家のために何かを為そうなどと思うだろうか。


 この問題について参考にされたのは中央大陸における議会制の端緒たるアングランではなく、つい数十年前まで王制と共和制を行き来したサンテネリである。〝同志たち〟は歴史を紐解き、自国の状況に比較的近い時期の政体を発見した。それは十八期前半。正教新暦一七四二年の〝大改革《レフォルマシオン・グロー》〟以(・)前(・)の体制である。


 大改革以前のサンテネリを治めた当時の王グロワス十三世は歴史上の愚物、暗君として知られる。その治世を通して政治を顧みることはなく、妃達と戯れるがままに無為の日々を過ごした。だが、この哀れみすら誘う無能と怠惰こそが、次代のサンテネリを先進の強国と為す礎を築いたのである。つまり王権の弱体化、より正確には王権の無気力を受けて、国内諸侯と一部資本家たちの衆議による国政運営の仕組みが生まれた。

「枢密院《コンシー・エン・サンテネリ》」という。


 広範な選挙により選ばれた代議士で構成されるアングランの議会に比して、また〝大改革〟以降の、アングランよりもよ(・)り(・)過(・)激(・)な(・)サンテネリ議会に比して、枢密院はその前段階としてちょうどよい塩梅の存在であった。


 自国の新しい政治機構の模範として枢密院制度を参照するにあたって、ニコルス五世は大笑と共にこう述べた。


「俺は酷い役割を担うことになりそうだ。もし俺が役者なら、興行主に拳の一つもくれてやったことだろう。なにせ俺は、あ(・)の(・)グロワス十三世役を演(や)ることになるのだから!」


 実際のところ、彼の冗談は実現しなかった。

 ノーレムリアにおける評議会は設立から数年で半ば無力化した。

 それを推し進めた主役である〝大鷲の家〟の主、つまり自分自身が暗殺されこの世を去ったのだ。ゆえに彼は「亡国の暗君」の汚名を被ることはなかった。一部の者は惜しみつつ、一部の者は皮肉を込めて彼をこう呼んだ。「開明帝」と。


 レムリア正教の影響色濃い次代の皇帝イーヴン三世の元で評議会は事実上の死を迎えた。廃止されなかったのは一重に、先帝の定めた機関を潰すことが不敬であり、より個人的には親不孝であると考えられたがゆえにすぎない。


 かくの如く死に体の評議会に逼塞したカリヨラン侯爵アレクシス・セルギィの娘として、ソーフィア・アレクシノワは生を受けた。




 ◆




 午後も終わりを告げようとする頃、夜が訪れる直前の一時(ひととき)、ソーフィア・アレクシノワは母に呼ばれた。薄く漂う雪は窓の外に掠れた覆いをかけている。屋敷の中庭に敷き詰められた石畳の灰を、それは微かに白ませた。


 ソーフィア・アレクシノワは二十歳を迎えたばかりの女である。

 十八で高等女学校を卒業して以来、ニコビルグのカリヨラン屋敷で暮らしている。三人の兄達はいずれも軍に入り、それぞれの任地に散って久しい。ゆえに、先祖伝来の巨大な館に暮らすのは父と母、そして彼女だけであった。当然のことながら、召使いや侍女、下働きの女に加えて料理人や御者など、そこに暮らす人の頭数は多い。ただ、彼女の世界において家族とは両親と兄を指すものである以上、寂しさは否めなかった。


 婚姻の適齢期を迎えながらも、彼女の元に良縁が舞い込んでくることはなかった。求婚だけならば山ほどあろうが、良(・)い(・)ものとなると難しい。それもそのはず、いかにノーレムリアきっての名門とはいえ、現当主アレクシスに対する皇帝の覚えはよろしくない。つまり、彼女の父は宮廷という戦場の敗者であった。

 敗者の娘の価値は下がる。かといって婿となる相手の「基準」を下げることも身分ゆえ許されない。この状況にあっては〝大鷲の家〟に連なる親王出自の公爵家など望むべくもない。同格の重臣家にさえも忌避される。妥協が可能な最低の線は伯爵家——ただし名門の——であるが、政治の実働を担うことが多い中流貴族たちにとって、自家の立ち位置を揺るがしかねない敗者の娘は忌避したいところだった。


 ソーフィアは深みを帯びた金髪と、北海の黒混じりとは異なり輝かしく波打つ中海の青のごとく透き通った瞳を備えている。父親から受け継いだ長身も相まって、その容姿は美しい女と称して差し支えのないものであった。

 加えて、比較的聡明である。自身の境遇を嘆く思いは強いが、女学校時代の友人達が次々と片(・)付(・)い(・)て(・)い(・)く(・)様を間近に見ながら、それに耐える術を持っていた。状況を正確に理解するがゆえに。


 それは母ナーシャ・ペテロナから受け継いだものである。

 母はノーレムリア中部の古都モカヴァ周辺に本拠地を持ち、正教会と関わりの強いナリシン侯爵家の娘である。レムリア正教会の総大僧卿を出したこともあるナリシン家は、国内でも有数の敬(・)虔(・)な(・)家系として知られていた。

 実際のところ、正教会の諸教区は一つの明白な世俗所領であるため、その支配者たる大僧卿位を数多く世襲した(建前上は神慮の命ずるところと言われるが)当家は歴とした世俗諸侯であった。


 父アレクシス・セルギィと母ナーシャ・ペテロナ、つまりカリヨラン家とナリシン家の婚姻は、当時の皇帝ニコルス五世の斡旋によるものである。改革に対して抵抗勢力となる可能性が高い正教会を懐柔するための政略結婚であることは明白であった。 

 ただし、父母はそれら外野の問題を全て理解しながら、賢明にも理性的な関係を構築した。三人の男児が父の元でカリヨラン家の武張った教育を受ける一方で、娘であるソーフィアは母からナリシンの伝統を学んだ。つまり敬虔な正教徒となった。


〝待つ日々〟の無為をソーフィアは慈善活動に費やした。

 ニコビルグの中州区画にある聖堂付設の大診療所は、今上帝の皇太后——ニコルス五世の母にあたる——の肝いりで創建された施設である。

 急速に発展・拡大を続けるニコビルグは、近隣の西部四州のみならず帝国全土から多くの人々を吸い寄せてきた。彼らは地縁を持たぬ存在であるがゆえに、農村においては辛うじて機能した共助の仕組みからも切り離されている。市内の人口密度は局所的に、つまり貧民の居住区において高まり、結果疫病が生じる。数十年も前から定期的に流行する疫病の抑止は、政策としては工場での医療施設併設義務化へと結実する。

 一方で、昔ながらの救いの手である正教も対策に打って出た。〝大鷲の家〟の後援を得たニコビルグの教区大僧卿座は聖ニコルス大聖堂の施術院を改修し、近代的な病院へと生まれ変わらせたのだ。


 ソーフィアは週のうち二日から三日、診療所に赴く。

 彼女が関わるのは遺棄された赤子の療育区画が主であった。仕事といえば、赤子の身体を拭き清め、敷き布を取り替え、汚物を処理するという、いわば下働きである。実家にあっては決して行うことのない行為。それは下賤の生業である。しかし、正教の勤めという大義名分のもとにあっては汚濁にまみれた下々の仕事こそが徳の証明となる。

 実際のところ、彼女に割り振られた仕事は比較的「まし」なものばかりであった。真に罪深い役割、例えば生存の可能性を著しく狭める身体条件を備えた赤子の〝物語〟を穏やかに終わらせる措置や、床ずれの末に腐敗した皮膚を削ぐ治療が、ソーフィアのような敬(・)虔(・)に(・)し(・)て(・)恵(・)ま(・)れ(・)た(・)信徒の目の前で行われることはない。

 しかし、かくの如き暗黙の配慮を勘定に入れてなお、彼女は善良な一女性であったといえるだろう。とにもかくにも行動したのだから。


 そんな娘に、母は告げた。


「お父様のところにお客様がおいでです。あなたもご挨拶していらっしゃいな」


 それはつまり、絶えて久しい品定めの機会である。

 ソーフィア・アレクシノワの心は俄に沸き立つ。


 大それた希望を持つわけでもないが、さりとて完全な無関心でもない。

 自室で聖句典を読むか女友達とお喋りに興ずるか、あるいは、献身的な世話を受けながらその半数も生き延びること叶わぬ孤児の世話をするか。二十歳の娘がそんな生活に飽いた思いを抱くことを責める者はいないだろう。




 ◆




 ソーフィアが客間に足を踏み入れたとき、そこには二人の男がいた。


 普段通う診療所であれば、二十人以上の赤子を寝かせて優に余りあるその小(・)部屋には、夕暮れ時、二人の男しかいなかった。


 父アレクシスは愛用の安楽椅子に身体を預けている。

 見事に色の抜けた白髪を几帳面に梳かし、後ろに流した老人。齢六十を過ぎてなお矍鑠たる風采を保つ。


 父の向かいに座するのは、見知らぬ青年であった。


 ソーフィアは怪訝な表情を隠しきれない。

 微かに癖の付いた黒髪は最小限の手入れをしたのみといった体で無造作に垂らされている。時代遅れの四つ釦に大きな襟のついた黒い上着。そして喉元を覆う白い大判布(カルール)。

 明らかに良家の若者とは評しがたい、貴族の若君よりも中流市民の青年といった出で立ちである。


 父が立ち上がる。


「来たか、ソーフィア。——マクシム・ボリジチが我が家を訪ねてくれた。となれば、おまえの顔も見せておかねば思ってな」


 そして青年が直立した。


 たくましい長身を誇る父をさらに凌ぐ巨躯。

 社交界で流行る鮮烈な色など欠片もない黒づくめの衣装に、黒髪。そして漆黒の瞳。

 幾分かそり立った鼻梁の下に大きな、しかし薄い唇がある。丁寧に髭をそり上げた輪郭は耳から顎先にかけて鋭く流れていた。野趣と洗練が奇妙な混交を為すその顔立ちは、煌びやかな夜会では目にすることが難しい類いの風貌といえた。

 一言で言えば、それは明白な「男性」そのものである。


「マクシム、きっと君は覚えてはいまい。覚えていたとしても、まだ子どもだった頃の姿だろう。だが、こうして時が経った。——改めて紹介しよう。わしの末娘ソーフィア・アレクシノワだ」


 青年はアレクシスの言葉に小さく頷くと、ソーフィアの方に向き直る。


「ソーフィア・アレクシノワ殿。お初にお目に掛かります。光栄にもアレクシス・セルギィ様のご紹介を頂きました。マクシム・ボリジチ・ブラーギフと申します」


 存外に重く、深い声。彼女にはそう感じられた。

 まるで地の底から染み出す水のように、青年の言葉は部屋を満たした。


「初めまして、でよいのでしょうか……。少し戸惑われます。どこかでお目に掛かったことが」


 儀礼よりも疑問が先立つ。心内に刺さる何かがある。

 ソーフィアは必死に記憶を探った。

 かつてどこかで、どこかの夜会で顔を合わせているかもしれない。青年が明確に「お初に」と述べたにもかかわらず、違和感は去らなかった。


 会っていれば忘れるはずはない。ソーフィアの本心偽らざるところである。

 優雅さも機知も富貴も感じられない、一目見て平凡な下級官吏か小さな商売をやっている有産市民の装い。


 だが、やはりどこかが違う。

 何が違うのか。


「ソーフィ。ソーフィ。おまえが覚えているとすれば、それは五つか六つの頃の記憶だろう。確かにおまえとマクシムは出会っている。あの頃、わ(・)し(・)ら(・)は親しく交際した。ただし彼はこれほどの偉丈夫ではなかったがね。きみはあの頃幾つだった? マクシム」

「御家と我が家が親しく交際した頃となると……十四、五といったところです」

「となると、きみの方は覚えているだろうな。まだ小娘だったが、面影くらいは」


 マクシム・ボリジチと名乗った男は緩慢な動作で両腕を背後に組み、小さく首をかしげた。

 そして答えた。何一つ気負うところなく。


「どうでしょうか。あなたもご存じのように、その後の出来事が強烈に過ぎて、それ以前の全ては霞掛かって感じられるのです。私には」

「無理もない。……それは無理もない。わしもオーリフの親父(ヤシク・シモノフ)から今回の知らせを受けたとき、世界の全てが霞み掛かって感じられたものよ。衝撃は人を狂わせる。だが、今回のそれは喜ばしいものだ。あ(・)の(・)時(・)と違ってな」


 遠くに何かを見つめるように、半ば独語のごとく喋る父の姿を視界の端に捉えながら、女の意識の大部分は青年に向けられていた。

 

——何か。何か。何かに似ているのよ。この……。

 自問は続く。


——まるで地面から生えた、根をしっかり張った……。

 深い茶の絨毯から男の足が生えている。それは黒い、一本の……。


「……ボリシェール?」


 それは少女の年限を脱したばかりの女に相応しい、軽やかに透き通った音であった。その呟きは。

 ゆえに曇天の薄暗い客間にあって、音は灯りのように在った。


「ソーフィア? おまえ、何を?」


 父の呼びかけは明確に非難の、たしなめの調子を帯びている。

 ボリシェール。つまり「図体のでかい愚か者」と娘が呼んだのだ。父が招いた賓客に向かって。

 それは二重に無礼な行為である。客に対して。そして家長たる父に対して。


 怒りを多分に含んだ父親の声が女を現実に引き戻した。


「ああ! いいえ! 私はその……違います! その、お客様が余りにも立派な立ち姿でいらっしゃいましたから、大(・)き(・)な(・)木(・)のように思われて。〝聖木〟のように!」


 動転のあまり両の手を左右に振って、加えて首をも振って弁明する。肩まで下ろした金の髪が合わせて揺れる。

 その様(さま)は男に何らかの訴えかけを為した。


「お気になさいませんように。実際よくそう言われるのです。この通り、私は図体ばかり大きいものだから。しかし今回ばかりは役得でした。〝聖木のような〟とまでお褒めの言葉を頂けたのですから。ソーフィア・アレクシノワ」


 恐る恐る合わせた視線の先に、女は青年の茫洋たる瞳を見た。


 身分の上下により程度の差はあれ、女ご(・)と(・)き(・)に誇りを汚されたノーレムリアの男はそれを決して許しはしない。相手が身内であれば打擲すら躊躇わないだろう。

 だが、意外なことに眼前の青年は憤慨していない。何も気にしていない。やせ我慢の装いですらない。徹頭徹尾どうでもよいこととして受け止めているらしい。


 一時の動転が収まっていく。

 男の低声は女の逆毛だった心を静めた。毛を逆立てた猫の背を撫でるように。

 ゆえに羞恥が湧き上がる。咄嗟の誤魔化しに正教の象徴たる聖木を用いたのは明らかな過ちである。

 それは冒涜とさえ思われた。


——ボリシェール。ボリシェール。私、どこかで見たことがあるもの! 絶対にあるもの!


 今度は口に出しはしない。心内に止めた。

 逃げ場を失った想いははち切れんばかりに脳内を満たした。


「アレクシス・セルギィ。もしよろしければ、お嬢様ともう少しお話をしても?」

「ああ、わしは構わんがね。この礼儀知らずにきみが我慢できるのならば、だが」

「カリヨラン侯爵家のお嬢様が私に何と呼びかけようが、それは無礼ではありませんよ。逆に私の失礼は明白に無礼でしょうが、彼女もまた、きっとお許しくださるはずです。お嬢様は心根の優しい方ですから」


 苦笑と共に青年は答えた。


 そして視線をソーフィアに定める。


 女に向けて放たれたささやきは不器用ながら、明白なからかいの色を含んでいた。


「たとえば、ボリシェールという名の解放隷農(シュラーヴァ)が無礼を働いても、あなたはきっと許してくださるでしょう。口では咎めつつも、真心ではその男の身を案じてくださるでしょう。か(・)つ(・)て(・)そ(・)う(・)な(・)さ(・)っ(・)た(・)よ(・)う(・)に(・)。——ソーフィア・アレクシノワ」

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