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星を結ぶシカのルーノ

それから、長い年月がたって……

ある冬の夜。


湖のほとりには、

ランプを片手に願いごとを胸に抱えた人たちが集まっていました。


「あ、見て! 星の橋!」

子どもたちが空を指さします。


若いお母さんは、

胸の前でそっと手を組みました。


ある青年は、

大切な誰かを思い出していました。


その少し離れた場所で。

白い髪のおばあさんが、

やわらかく微笑んでいました。


足もとには、

青い目をした年老いたシカが、静かに寄り添っています。


「ルーノ」

おばあさんは夜空を見上げたまま言いました。


「今日も、誰かの願いが届いたね」


チリン――

ルーノは、小さく鈴を鳴らしました。

昔々、山と湖にはさまれた

静かな村に、ひとりの女の子が住んでいました。


名前は、ミオ。


そしていつもミオのそばには、

青い目をした小さなシカのルーノがいました。


ルーノの毛は月あかりのようにやわらかく、

歩くたび、首の鈴がチリン、チリンと鳴りました。


ミオとルーノは、どこへ行くにも一緒です。


朝、花をつみに行くときも。

昼、湖のほとりでパンを食べるときも。

夜、星を数えながら眠るときも。


まるで、本当の兄妹のようでした。


けれどミオには、

もう会えない人がひとりいました。


それは、ミオのおじいさんです。


おじいさんは、星を見るのが大好きな人でした。

夜になると、ミオをひざにのせて、こう言うのでした。


「悲しい日はな、空を見なさい。

星は、泣いている人のために光るんだよ」


けれど今は、

その声はもう聞こえません。


ミオはさびしくても、めったに泣きませんでした。

ルーノの前では、いつもにこにこしていました。


「大丈夫だよ」と笑うミオの顔を見て、

ルーノはいつも思っていました。


ほんとうは、

大丈夫じゃない夜もあるんだろうな、と。


ある冬の夜でした。


しん…しん…しん…


村は雪に包まれ、

音まで白くなってしまったみたいでした。


ミオとルーノは、暖炉のそばで、

ひとつの毛布にくるまって眠っていました。


ぱち…ぱち…と薪が鳴り、

そのあたたかな音の中で、

ミオがガサガサと毛布からでていきます。


ベランダから星空をみて、ポツリと呟きました。

「おじいちゃん…」


星の多い夜になると、ミオは決まってベランダに出ました。

手すりにほおをのせて、

だれかを思い出すみたいに空を見つめるのです。


その横顔を、

ルーノはいつも黙って見つめていました。


やっぱり、会いたいんだ。


会えなくても、

会いたい気持ちは消えないんだ。


ルーノは、そっと立ち上がりました。


「よし。

ミオの願いを、空まで届けよう」


次の日の朝。

雪はやみ、空にはうすい光が広がっていました。


ミオが目を覚ますと、ルーノは言いました。


「ミオ。

星に手紙を届けられる場所、知ってるよ」


「ほんとう?」

ミオの目は、ぱっと明るくなりました。


「うん。でも、そこへ行けるのは、

心から会いたい人がいる子だけなんだ」


ミオは急いでコートを着て、

ルーノのあとを追いかけました。


さく…さく…さく…

雪の道を歩きます。


村を抜け、白い林を抜け、

風の歌う坂をのぼっていくと、


そこには、

丸い湖がありました。


湖の水は鏡みたいに静かで、

昼なのに、たくさんの星が沈んでいるように見えました。


「きれい…」


ミオがつぶやくと、

ルーノは湖のほとりに立って言いました。


「ここは、星結びの湖。

言えなかった気持ちを、空へ返してくれる場所だよ」


「どうすればいいの?」


「会いたい人のことを思いながら、

いちばん大切な言葉を言うんだ」


ミオは、湖をのぞきこみました。


最初は、自分の顔しか映っていませんでした。

けれど、じっと見つめているうちに、

湖の奥に、小さな灯りがともりました。


それは、見おぼえのあるランプの色でした。


そしてそのそばに、

椅子に座って星を眺めている、

やさしい背中が見えました。


「おじいちゃん…!」


ミオは思わず声をあげました。


その人は、たしかにおじいさんでした。

けれど、声は届きません。


ミオはもう一度、強く呼びました。


「おじいちゃん!」


それでも、おじいさんは振り向きません。

ミオの目に、涙がいっぱいたまりました。


「どうして…どうして聞こえないの…」


ルーノはそっとミオのそばに来ました。


「ミオ。

声じゃなくて、心のいちばん奥にあるものを渡すんだよ」


「心の…いちばん奥?」

ミオは胸に手を当てました。


そこには、会いたい気持ちだけじゃなく、

まだ伝えられていない言葉がありました。


ありがとう。

もっとお話ししたかった。

いっしょに星を見たかった。

わたし、ちゃんと元気でいるよ。


ミオは涙をぬぐって、言いました。


「おじいちゃん!

わたしね、さびしい日もあるよ。

でもね、ちゃんと笑えてるよ。

おじいちゃんにもらった星のお話が、

ずっとわたしの中にあるから!」


すると、ルーノが湖のふちを、

とん、と軽く蹴りました。


すると湖の星たちが、

ふわり、ふわりと空へ舞い上がりました。


ひとつ。

ふたつ。

みっつ。


銀色の光は糸のようにつながって、

冬の空に、大きな星の橋をかけました。


きらきらきら…

きらきらきら…


その光が、おじいさんのいる世界の窓辺まで届きます。


すると、おじいさんが、

ふっと顔を上げました。


「おや…?」


窓の向こうに、

ミオが大好きだった星の橋が輝いています。


おじいさんは目を細めて、

とても懐かしそうに笑いました。


「ミオだな」


その口が、

たしかにそう動きました。


「元気でいるんだね」

安心した優しい笑顔でした。


ミオには、もうその言葉は聞こえません。

けれど、その笑顔を見たとたん、

胸の奥がぽうっとあたたかくなりました。


ミオは笑って、空を見上げました。


「うん。わたし、元気でいるよ」


ルーノがたずねました。

「ミオ。これでよかった?」


ミオは何度も何度もうなずきました。


「うん!

おじいちゃんに会いたかった。

でも、それよりもね…

おじいちゃんが、安心して笑ってくれるのがうれしい」


そして、ミオはルーノにぎゅっと抱きつきました。

「ありがとう、ルーノ」


ルーノは、少しだけ照れたように目を細めました。

「どういたしまして」


ほんとうはルーノにも、

ミオに返したいものがありました。


まだ小さな小鹿だったころ。


雪の日に傷ついて倒れていた自分を、

ミオだけが見つけてくれたのです。


冷たい手で抱き上げ、

「だいじょうぶ」と何度も言ってくれました。


あの日、ルーノは決めたのです。


この子のさびしさを、

いつか光に変えよう、と。


それから村では、こんな話が語られるようになりました。


雪がやんだ夜、

星結びの湖に銀色の橋がかかるとき、

大切な人への願いは空に届くのだと。


おしまい

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