★第八話 会長と副会長
ちょっと行き詰まって(はえーよ)、編み物に突してたら、更新が間が開いてしまいました。
また頑張ります!
ホテルのような廊下。
相撲取りでも平気で通り抜けられそうな幅の広いドアが、充分な間隔を開けて静々と並んでいる。防音性の高さ故なのか、誰も住んでいないかのように物音ひとつしない。
「知り合いの方が住んでるんですか? オートロックも通過してたし」
慣れ親しんだ世界と異質すぎる空気の中を、おっかなびっくり歩く僕とは対照的に、メムさんは慣れた様子で何処かを目指している。自分の声が辺りに響き渡るように感じて、つい小声になる。
「ああ、オートロックとか俺、関係ないから」
「謎かけですか?」
「ここにはねえ、永遠の友、ビッグ・フォーエバー・フレンズが住んでいるんだよ!」
「たぶんその訳間違ってると思います。ていうか、ズ? 複数形?」
メムさんは急に立ち止まって、僕をジッと見る。
「な、なんですか」
見下ろしやがって、このやろう。
「なんでサメフには聞こえないんだろ?」
「聞こえてますよ、失敬な」
「そうじゃなくて、【神さまの声】だよ」
「神さまの……」
ちょうど、ここへ来る前に考えていたことだ(他でもないメムさんに邪魔されたんだけど)。
飛び降りた瞬間に聞こえた声、あれはきっと【神さまの声】だった。でもあれ以来、確かに何も聞いていない。
「僕やっぱり、間違えて選ばれちゃったのかな……」
自嘲が漏れる。神さまでも、間違うことってあるのかな。その場合、僕はこの後どうなるんだろう? ある日突然、体から魂が抜けちゃって、そのままあの世に行くのだろうか?
もしそうなら、それも悪くない。もともとそれを望んでいたんだし。
「サメフはほんと根暗だな~」
メムさんはあっさり流して、また歩き始める。
「もうどうとでも云ってください」
「よし、ここだ!」
華麗にスルーしてメムさんが指さしたのは、6010号室。角部屋だ。
ドアのすぐ横には、当然インターフォンが付いている。それを押すのだろうと思っていると、
「ちょっ、え、え!?」
メムさんはいきなりドアノブに手を掛けた。しかもドアは、カチャリと音を立てて開いた。
「ちょっとちょっと、勝手に入っていいんですか!?」
「おーい、カフターン。いるー? おれおれー」
「そんな詐欺みたいに」
「はーい、こちらリビングー」
その時、女性の声が聞こえた。玄関から伸びる廊下の向こう側だ。突き当たりにドアがあり、中からオレンジ色の光が漏れ出ている。
「よーし、突入~!」
メムさんが無駄にクラウチングスタートの姿勢を取ったせいで、尻アタックをかまされたが、僕は文句も云わずに健気に馬鹿の後を追った。このテンションの差をどうにかしてほしい。
ドアが開くと、そこには想像していたのとは違う風景が広がっていた。
視界一面に、本、本、本。
恐らく、本来はとても広い部屋なのだろうが、壁一面にぎっちりと本の詰まった棚が並んでいるので、圧迫感が凄い。体感では、本来の広さの半分ほどにしか見えない。
そして異常の最たるものは、使命を果たす機会を奪われた窓だ。壁を殆どくり抜いてしまったかのような、大胆な、絶対に確実に夜景を楽しむための大きな窓が、容赦なく本棚によって塞がれている。これは窓の、そして高層マンションの存在意義を大いに損なう事態だ。何のためにわざわざ高層階に住んでいるのだ。景色を見ないなら、ただ災害時のリスクが高いだけじゃないか。
「よー、来たねー、カイチョー」
そんな部屋のど真ん中に主として鎮座しているのは、【黒】と形容するに相応しい女性だった。回転椅子の上で肉付きの少ない脚を組んでいる彼女は、墨を頭から被ったかのように、全身が黒い。
顔を縁取るまっすぐな髪もまっ黒、重そうなまつ毛もまっ黒、三白眼を縁取る幅広のラインもまっ黒、一部の隙間なく肌を覆う服も真っ黒。黒い。黒すぎる。さすがに顔だけは肌色なので、ごく普通のことなのに何故か安心してしまう。それくらい黒い。
「よー、来たよー、フクカイチョー」
そうか、さっき意味不明すぎて聞き流した【カイチョー】は【会長】だったのか。会長と副会長ね。スッキリした。
いや、会長と副会長って何の? やっぱり全然スッキリできない。
「あ、暗号確認しなきゃ」
云うと、メムさんは酔拳の構えみたいに両手を変な具合に固定して、片膝を上げる。怖いのは、それに合わせて、黒い女性が同じ構えを取ったことだ。
「亀の頭はー?」
メムさんの掛け声。
「スッポンポンー!」
黒女性の応答。え? 怖い。
「よし、間違いなく、カフタンだね」
「間違いなく会長だ」
すごく爽やかで満足気な、やりきった顔で云い合って、親指を立て合う。僕はそろそろお暇しようかな? 深夜だし。というか、部屋に入ってから暗号確認しても意味ないだろ。しかも普通、家主の方から確認するだろ。
「で、会長、そのか弱そうな美少年は?」
黒い女性に見つめられて、僕は恥ずかしながらメムさんの後ろに隠れてしまった。こういう時、細長いメムさんは役立つ。
「ああ、この子はね、サメフ。とある夜に出会ったのさ」
「あらやだー、誘拐?」
「失敬な!」
ベートさんにも不穏なこと云われてたけど、メムさんって変質者ポジションなのだろうか。この人と一緒にいて大丈夫だろうか。
「ふふふ、ウソウソ。サメフ君、だね。あたしは、」
「カフタンさん、ですか?」
さっき何度か、メムさんがそう呼びかけるのを聞いた。
「あはは、違う違う」
カフタンさんは何がおかしいのか、ケタケタ笑う。その笑顔が存外無邪気なものだったので、僕は少しホッとして、メムさんの後ろから半身だけ出す。
「ほら会長が変な呼び方するからさー、サメフ君が誤解してるじゃん」
「カフタンはなんか【タン】って感じじゃん」
「意味わかんなーい」
ひと頻りケタった後、カフタンさんは再び僕を見遣った。やっぱり黒縁の眼の圧に怯んで半歩下がる。
「あたしはね、【カフ】だよ。それに会長が【たん】ってつけてるだけ。まあ、どっちでも良いけどね。呼びやすい方で呼んで」
カフさんは気さくに云って、ウィンクまでしてくれた。ウィンクがあんなに綺麗に出来る人は初めて見た。いや、ウィンクを現実世界でする人を初めて見たのかもしれない。
「さあさあ、自己紹介はそんなもんにしておいて、早速本題に入ろうじゃないか!」
メムさんは僕を引っ張り出して、グイグイ前へ押していく。
「今日の議題はなにー?」
カフタンさん改めカフさんは、訊きながら、折り畳み椅子を二つ引き寄せて並べてくれた。冷房が寒いのか、薄い長袖を着ているカフさんの腕は、幼児のように細い。あまり食に興味がないのだろうか。
「今日ももちろん、【謎の失踪事件】について議論する!」
「好きだねー。ま、それくらいしか話題ないしね」
「あのう」
「む、なんだね新入りのサメフ君!」
ズビシ! と近距離で指を突き付けられ、危うく目を突かれるところだった。メムさんの鬱陶しい指を払いながら、
「会長とか副会長とか議題とか失踪事件とか……。一体なんなんでしょうか?」
「む、いい質問だ。実に!」
だから指がうぜえっての。
「なになに、会長。まさかなんの説明もせず、サメフ君を連れて来たの?」
「百聞は一見にしかずと云うからね」
「ごめんね、サメフ君。この人こういう人だから。脈絡という概念がない人だから」
「はい、ここ数日ですっかり理解しました」
「あらー、不憫ねー」
カフさんは僕の両手を握って、眉尻を下げた。なんだ、この人マトモだぞ。少なくともメムさんよりは。人知れず胸がジーンと温まった。
ピンポーン。
僕の感慨を破る様に、インターホンの音が鳴った。




