テロリスト襲来
「お前ら動くなあああああ」
銃を持ったテロリストが教室に乗り込んでくる。
生徒たちは逃げ惑い、テロリストは今にも銃で彼らを撃とうとしている。
しかしそのとき、一人の勇敢な生徒がテロリストに飛びかかった。
「うおおおおお」
雄叫びを上げながらその生徒はなんとかテロリストを制圧し、クラスメイトたちを悪の手から守り抜いたのだ。
そして次の日から、彼は学校中から持て囃されることになり、女子たちからモテモテ…。
…なんていう妄想をかれこれ百回くらいしている気がする。
俺はどこにでもいる男子中学生、稲井連。勝本市立西中学校二年一組の生徒だ。得意教科は社会と音楽と保健、苦手科目は数学と体育。部活は吹奏楽部でユーフォニアムという楽器を吹いている。
学校にテロリストが乗り込んできて、自分がそれを撃退する妄想、男なら一度や二度したことがあるだろう?俺は今その妄想の真っ只中というわけだ。
これは俗に言う厨二病の症状らしい。厨二病なのか中二病なのかは定かではないが、俺は前者の方がかっちょいいのでそっちを使っているに過ぎない。
さて、テロリストを撃退するなんて、冷静に考えれば馬鹿馬鹿しすぎる妄想である。日本でテロリストが学校を襲撃して来るなんてほぼありえないし、仮に来たとしても、体力テストD判定の俺はなんの抵抗も出来ずに殺されるのがオチだ。所詮はただの妄想ということだろう。
それは分かってる。百パーセントありえない妄想であることは承知している。それでも、時々「もしかしたら」を考えてしまうのが人間の性だろう。
もしかしたら、本気を出せば俺でも撃退できるんじゃ…。
俺は運動神経クラスワースト二位くらいの雑魚モヤシ野郎だけど、それは俺の脳みそがリミッターかなにかをかけているせいで、本当はもっと強いんじゃないか。それに、人一倍銃や兵器には詳しいから、テロリストから銃を奪って反撃、なんてことも…。
「あるわけないだろ!」
誰だ?
「いや、マジでワンチャンいけん?」
「いやいやないない。だってあいつ前二組に好きな奴いるって言ってたぞ」
チッ。陽キャ共かよ。
どうやら声の主は教室の窓側の端っこで固まってる一軍男子三人組のようだ。しかも他クラスの奴が一人混じっている。入って来るなようちのクラスに。喋るなら廊下で喋ってくれ。声がデカいだけの猿が…。
稲井はああいう連中を心の中で軽蔑している。群れて騒ぐことでしか自分の居場所を作れないような連中だ。
――俺は別に、友達が居なくたって一人でやっていけるんだからな…。
なぜだか虚無感を覚えた。調子が悪いのかもしれない。
「はぁ…」
あと四分で三時間目の理科が始まる。この隙間時間に特にやることもないので、机に突っ伏していることにした。
――俺はあいつらとは違うんだ…。
「稲井くん、大丈夫?体調でも悪い?」
誰かの声が聞こえた。
机から顔を上げる。黒板の上の時計が見えた。三時間目まであと二分。
誰だよ。起こすなよ。
「…あぁはい。大丈夫です」
声の主は隣の席の陽キャ女子、尾崎沙耶香だった。
「あぁそう?辛かったらいつでも言ってね。保健室連れてくから」
「あぁ…あざっす…」
余計なお世話だとは思ったが、言わないでおいた。さすがに自分もその辺のモラルは持ち合わせている。
尾崎とは出席番号が近いので、年度の初めからまぁまぁ会話ができていた数少ない女子だ。今席が隣なのは、直近の席替えで誰も俺の隣になりたがらなかったから、仕方なく彼女が隣に来たというだけのことだ。特段仲良しというわけではない。
ちなみに、稲井の席は廊下に一番近い列の最前列、教室の右角にある。前のドアから一番近いところだ。尾崎はその隣なので、当然彼女も最前列である。
と、そのときガラガラと扉が開いた。
入ってきたのは理科教師の金森先生だ。白髪が生えてて少し太ってる中年教師である。
「よし、授業始めるぞ〜起立ぅ〜」
おい、まだ二分前だぞ。まさか早く始めた癖に授業延長なんてしないだろうな。
「起立、礼」
学級委員長が号令をかける。みんなそれに合わせてゾロゾロと立ち上がって、金森先生へぺこり。そして着席。
「はい、じゃあ今日は前回の化学反応式の続きから…」
ちなみに、さっきの端っこの一軍男子共は授業が始まってからもコソコソと話している。先生も気づいているはずだが、面倒くさいのか注意すらしない。
…マジでなにしに学校来てんだよ…。
あぁ神よ。どうして世の中はこんなにも不条理なのでしょうか。真面目に授業を受けている私がこんな惨めな思いをして、不真面目な彼らが青春を謳歌している。本当に意味が分かりません。
――俺はお前らとは違うんだからな…。
ピンポンパンポーン。
『副校長先生、応接室までお越しください』
授業も中盤に差し掛かったころ、放送が入った。
…副校長?そんな役職あったか?
そのとき、金森の顔が曇っているのに気がついた。
「ちょっとごめん、職員室に忘れ物したから、五分くらい自習してて」
金森が教室を出て行った。
その途端、端の陽キャの声が急にデカくなった。先生が消えたことで本来の声量を取り戻してしまったようだ。
いや、それよりもさっきの放送が気になる。そして、金森が急に出ていったことも。あいつ、副校長なんて肩書き持ってたか?いや、応接室と職員室だから違うか。
「…さっきの放送、なんだろうね」
尾崎が言ってきた。
知るかよそんなこと。
「さぁ…副校長なんていましたっけ?」
俺はしょうがなくそう答えた。
尾崎がなにか言おうと口を開いた。
――ッパァン!
だが、それは花火のような爆音に遮られた。
「はっ?」
教室がにわかに騒がしくなる。
「えなに今の音。花火?」
「こんな真っ昼間から花火やる奴いるかよ」
「事故?」
「誰か銃でも撃ったんじゃね」
周りの生徒たちは口々に言う。
銃…。
そうだ。銃声だ。なぜ思いつかなかったのだ。
今のはおそらく拳銃。銃声が軽いからライフルなどの大口径じゃない。多分そうだ。多分。
拳銃?いやいやいや。なんで学校でそんなもん発砲する奴がいんだよ。だいいち、銃なんて日本じゃ警官か自衛隊かヤクザくらいしか手に入らない代物…。
…ヤクザ?犯罪組織?テロリスト?
――あ、なるほど。
稲井の思考がそこまで行ったのと、教室のドアが開けられたのはほぼ同時だった。
大柄な人間がノソノソと教室に入ってくる。
Tシャツにゴツいタクティカルベストというミスマッチな上衣。頭には目出し帽。そして手にはAK74自動小銃…。
「全員動くな」
低く唸るような声だった。
男はAKを一発、天井へ撃った。
「「「きゃああああ」」」
教室中が悲鳴に包まれる。
銃声が大きすぎて耳がやられた。キーンと耳鳴りが一瞬だけする。
ポロポロと、天井の石膏ボードの欠片が落ちてくる。見上げると天井にクソデカい穴が空いていた。男の足元には金色の空薬莢。
うん。マジもんだ。マジもんのAKだ。
「全員黙れ!全員後ろの方へ固まれ!」
男が俺たちにそう指示した。
しかも一人だけじゃない。同じような格好の奴が二、三人廊下にいる。しかも全員AK持ち。
うん。テロリストだ。目出し帽にテロの象徴AK74。ザ・テロリストだ。
――おいおいおいおいおい。なんで本当にテロリストが来るんだよ。どうなってんだ。え?ほんとに?ほんとにテロなの?え、俺死ぬの?てか金森はどうしたんだよ。
「なにやってんだ。早く行け!」
テロリストはAKを俺に向けてそう促してきた。指はもう引き金にかかっている。
「あ、あぁあぁぁ」
すっかり腰を抜かしてしまった俺は、情けない声を上げて、匍匐前進みたいに床を這って後ろまで行った。もう既にみんな後ろに固まってた。
「い、稲井大丈夫かよ」
さっき騒いでた陽キャ男子が手を差し伸べてきた。
もうプライドもなにもかもどうでもよかった。俺はそいつの手を握って、みんなと一緒に固まった。
男はAKをこちらに向けて牽制している。
「少しでも変な動きを見せたら、殺すからな」
それは絶対に脅し文句じゃない。こいつは本気で殺す。稲井は確信していた。
テロリストを撃退?無理無理無理絶対無理。
稲井はもう完全にそんな気力無くなっていた。
AKを向けられた時のことを思い出す。男が指を曲げただけで、俺は死ぬ。指一本だけでだ。今この空間において、俺の命はそれだけで永遠に消せるほどの価値に成り下がったのだ。
「う、うおおおお」
だがそのとき、隣にいたさっきの陽キャが、男に向かって走り出した。
マジか。陽キャは男にタックルをかます気だ。
行け。そのまま押し倒せ。
希望を乗せた目で、陽キャの背中を追う。
――ダァンッ。
だが、その背中は直前で後ろ向きに倒れた。
…え?
AKの銃口から煙が立ち昇っている。
その前で、仰向けに倒れている陽キャ。そしてその頭は、一口齧ったトマトみたいに抉れていた。
「う、うわあぁぁぁぁ」
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「さ、佐々木ぃぃぃぃ!」
陽キャは目をかっ開いたまま、まるで最初からそうであったかのように、人形みたいにピクリとも動かなくなっていた。
――死んだ。死んだな。
陽キャの頭に血の池が広がる。抉れたところからちょっとだけ白いのとピンクいのが見えていた。
朝飯が昇ってくる。
「う、うごおぉぉぉぉ」
俺はその場にゲロをぶち撒けた。ビチャビチャと音がして、白いような青いようなよく分からない色をした液体が床を叩く。俺だけじゃない。男子も女子も陰も陽も関係なく、みんなその場で吐いて泣いて漏らしていた。
青春の舞台となる学び舎は、一瞬にして血とゲロと小便と硝煙の匂いが充満した地獄のような空間になった。
「お前らもこいつみたいになりたくなかったら、変な真似はするなよ」
男は陽キャの死体にぺっと唾を吐いた。
――やだやだやだやだ。死にたくない撃たれたくない。なんでだよなんで俺の学校なんだよ。せめて俺が休んでる時とかにしろよなんで俺が巻き込まれなきゃいけないんだよクソクソクソ…。
ピンポンパンポーン。
この状況に似合わないふんわりしたアナウンスが鳴った。生徒たちはもうなにも言わなくなっていた。みんな完全に萎縮してしまっているのだ。
少し間が開いて、放送が始まった。
『勝本市立西中学校の教職員、及び生徒の諸君に告ぐ。この学校は我々が占拠した。我々から君たちへ求めることはただ一つ。我々の指示に従うことだ。我々の指示に従えば、君たちに危害は加えない。ただし、従わない場合、君たちの命の保障はできない。既に我々は、反抗の意思を示した数名の教員や生徒を殺害している。死にたくなければ、家に帰れたければ、家族にもう一度会いたければ、我々に背かないことだ』
ブツっと放送が切れた。
少しずつ冷静になってきた。改めて男の姿をよく見てみる。
身長は俺と同じ百七十センチくらい、大柄で見るからに筋肉質。緑のジーンズに白いTシャツ、黒いタクティカルベスト。顔は目出し帽で分からない。
両手にAK74。ベストはサバゲーでもよく見るやつで、予備なのかAKの弾倉が五個、そして無線機も付いている。拳銃やその他の武器はないようだ。
そういえば、テロリストたちは一体何人いるんだろう。この学校は一学年三クラス、各教室に一人ずついるとすれば、最低九人はいることになる。
「…おい、お前さっきからなにジロジロ見てんだよ」
――そうだ。きっとこれは夢だ。俺が妄想を拗らせすぎたんだ。神様、どうか私のくだらない妄想を早く終わらせてください。本当にお願いします。
男が向かってくる。目の前まで来た。AKの銃床が、俺の顔に猛スピードで迫ってきた。
あぁ、神様…。
ドォン。
――いってえぇぇぇぇぇ!!
左の頬が燃える。熱い。心臓が脈打つリズムに合わせて、熱さがジンジンする。鉄の味がした。口の中に石みたいなジャリジャリしたものもある。
「こっちは人質が一人減ったところで、特に大きな問題もないんだよ。人質はまだまだいるんだからな」
男はAKを肩に担いでいた。銃口は反対側を向いている。
今なら撃たれない。今しかない。やれる。動け。動け。動け動け動け。
「う、うおわあぁぁぁ!」
俺は男に飛びかかった。妄想の中で何度も練習した制圧方法で行くつもりだった。
だが、現実は非情だった。
――え?
突然教室が洗濯機みたいにぐるぐる回り始めた。いや違う。回ってるのは俺か。
ダァンと背中に衝撃が走る。頭がジンジンする。
目の前に男、その後ろにみんな。いつのまにか俺はさっきいたところと真反対の方へ投げ飛ばされたようだ。背中にぶつかったのは机か。
「舐めてんじゃねえぞクソガキがっ!」
男の爪先が俺の腹を襲った。
「カハッ…」
空っぽの胃から胃液が出てくる。冷たい熱が顔に貼りつき、なにかが詰まったように喉が硬くなる。息が…。
「ハハハッ!俺を倒してクラスの英雄にでもなろうってか?あめえんだよチンカス!」
拳が向かってくる。避けられな…。
「ヴゥッ」
記憶が飛んだかと思った。一瞬だけ世界が真っ白くなった。
衝撃で身体が吹っ飛んで、別の机にぶつかる。机ごと前に倒れた。教科書やら筆箱やら筆記用具やらがぶち撒けられる。
「おい、それで終わりか?そんなんでクラスのみんな守れんのか?おぉ?」
男は俺の身体に跨るように立ち、俺を見下ろす。
――やっぱりダメだ。絶対勝てない。抵抗なんかするんじゃなかった。
机の間から、チラッとみんなの姿が見えた。
あぁ。なんてみっともないんだろう。飛びかかったくせにボコボコにされて、血だらけになって号泣してるんだぞ。情けない。ダサすぎる。
「おーい。なんとか言ったらどうなんです、かっ!」
男はしゃがんで、馬乗りみたいになってもう一発俺の顔を殴ろうと拳を振り上げた。
両腕で顔を覆って、必死に自分を守る。
腕に衝撃。筋肉痛を百倍にしたような痛みが走る。折れたのかと思ったが、まだ腕は動いた。
もう無理だ。助けて。死にたくない。嫌だ。
…あ。
目の前に、平べったいペンのようなものが転がっていた。青なのか水色なのかよく分からない色の、プラスチックの塊。先っちょだけ銀色。誰かの筆箱から転げ出た、よく見るカッターナイフだった。
男はもう完全に油断している。今度こそやれる。今しかない。殺せ。殺せ殺せ殺せ。
もう迷いはなかった。
右手を伸ばし、カッターを握る。刃を全部出して、右手を男の首にぶつけた。
「…んあ?」
男はなにが起きたか分からないという目だった。俺もよく分からなくなってた。
右手が徐々にあったかくなってくる。ポタポタと、俺の顔に赤い血が雨のように降り注いできた。
「あ、あぁぎ」
男は泣きそうな目になって、後ろに尻餅をついて倒れた。
カッターが抜ける。栓を抜いたみたいに、ブシャーっと血が排水溝のように溢れ出した。
男はそれを掌で抑えながら、ビクンビクンとエロ漫画の絶頂シーンみたいに痙攣して、やがて動かなくなった。
――死んだ?
稲井は立ち上がった。男はさっきの陽キャとまったく同じで、ピクリとも動かなかった。
「は…ははっ」
すげえ。人間ってこんな簡単に死ぬんだ。こんな簡単に殺せるんだ。なんだ。大したことないじゃん。
「い、稲井…お前…」
もう一人生き残っていた方の陽キャが言った。
みんな俺を見ていた。それはどういう目なんだ。すげーって目なのか、それともこわーって目なのか。どっちなんだい。
「稲井!逃げろ!」
陽キャが叫んだ。
――は?
陽キャの視線の先を見る。後ろのドアから、もう一人のテロリストが入ってきた。
「う、うわぁぁぁぁ」
一目散に前のドアへ走った。
銃弾が俺を追いかけてくる。黒板に弾痕の線ができた。
ドアから廊下へ出て、テロリストと反対側へ全力で走る。
「おい待て!逃げんなクソガキぃ!」
振り向く余裕もなかった。だが、走ってる途中で一直線に走ってるとただの的でしかないなと気づいた。
向かって右側にトイレがある。そこに滑り込む。
案の定、入った瞬間廊下に大量の弾丸が撃ち込まれた。あのまま走ってたら背中越しに蜂の巣にされるところだった。
――いやいやいやいやそれどころじゃない。なんでトイレなんかに逃げたんだよこれじゃ袋のネズミだそ。
「おい逃げんなぁ!ぶち殺すぞ!」
と、とにかく隠れないと…。
稲井はほぼ反射的に二個ある個室トイレの内の奥の方に入った。
――いやこんなん見つけてくださいと言わんばかりだろ。なにやってんだよ俺。
だが足音はすぐそこまで来ていた。
「いるのは分かってんだぞ。今なら楽に殺してやる」
稲井はカッターを強く握った。
――どうする?さっきみたいにやるか?いやでも、あれは相手が油断してたからで、今出たら確実に撃たれる…。
隣のドアが開けられる音がした。二分の一が外れるのは、ほぼ答えが出たのと一緒である。
足音がドアの前で止まった。
息が乱れる。心臓の音が外に漏れてるんじゃないかというくらいはっきり聞こえる。身体中の毛穴から汗が吹き出して、手が震え始める。
やるかやられるか。もう決める時間は残されてなかった。どうする?どうするどうするどうする…。
「やめろおおぉぉ!」
そのとき、誰かがトイレに入ってきた。生徒でもテロリストでもない声。
この声、金森先生…?
「な、なんだクソジジィ!」
「早く逃げなさい!」
どうやら二人は外で取っ組み合ってるようだ。
逃げるか?助けるか?
だが、決めるのが遅すぎた。
「うわっ」
誰かが倒れた。金森の声だ。
「チッ、くたばれジジィ」
「この…」
銃声。声が一つ消えた。
「う、うおおおお」
もうどうにでもなれという感じだった。
ドアを開けて飛び出す。男が一人。AKを持ってる。銃口は出口の方。身体の左側面をこちらに向けている。
チャンスッ!
左手でAKの銃身を抑え、右手でカッターを左の眼球に突き刺す。
「ぐがあぁぁぁ!」
男の絶叫がトイレに響いた。
痛みで体の制御ができなくなったのか、あらぬ方向へ銃を乱射し始めた。
男がよろける。直前で手を離したので、そのまま一緒に倒れることにはならなかった。
だが、人間は目を潰されたくらいで死にはしない。男は二度と見えなくなった目を抑えながら、銃を向けてこようとした。
――ヤバっ…。
稲井は左足で踏み込み、倒れた男の股間にサッカーキックを入れた。
「ヒュッ…」
男は変な声を出して銃を手離した。
チラッと出口の方を見る。血の海で誰かが倒れている。
金森だった。
「…あぁぁぁあぁ!」
男はまだ息があった。
馬乗りになって顔面にカッターをぶっ刺す。
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ねよおぉぉぉ!」
何度も何度も、数え切れないくらい刺した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
ようやく手が止まった頃には、男の顔はスイカの断面みたいにぐっちゃぐちゃになっていた。
「…金森先生…」
倒れている金森に近づいた。
眉間に風穴が開いていた。多分即死だ。
「あぁ、あぁぁ…」
金森がいなかったら、今頃俺は死んでただろう。
この短時間で、俺の親しい人間が二人死んだ。陽キャと金森。そして俺は二人殺した。これでトントンか?
…いやそんなわけないだろう。釣り合うはずがない。陽キャと金森になにか罪でもあったか?無いだろう。罪のない人間と、それを殺したテロリストの命、その二つが平等なのか?
クラスのみんなは大丈夫だろうか。俺のせいでみんなに危害が加えられてないだろうか。
――みんなを助けなきゃ。あいつらを倒さなきゃ。
カッターはポケットにしまった。
男の死体からAKとベストを剥ぎ取って、制服の上から着用する。AKは意外と軽かった。ユーフォニアムより断然軽い。
銃の操作方法はFPSとサバゲーで大体知っていた。まだ弾倉に弾は残っているようだ。
「…ブチ殺してやる」
そうだ。これはきっと妄想の延長線上だ。
だったら妄想らしく、テロリスト共を皆殺しにしてやろうじゃないか。




