4 不器用なお人好し
俺は今日で何度目になるかわからないため息をついた。
有無を言わせぬ白鷺の決定。それから制止を入れる隙もなく組織の中間管理職的な立ち位置にいる女性、夜凪に一方的に、俺とエーベルのバディ決定を伝えて電話を叩き切ったローザ。そしてトドメの春風による「朔弥兄ちゃん友達出来てよかったね!」の言葉。
何なんだ。春風に俺は友達がいないと思われていたのか。
そんな悲しいことを考えながら、俺は共有スペースのソファを占領していた。
さっさと任務にでも行って気を紛らわしたかったのだが、夜凪から「鴉と、彼の監視方法を決めるから少々お待ちを。エーベルさんと朔弥は共有スペースから出ないように」と伝えられているから、ここから出ることもかなわない。
「ちょっと朔弥、ソファに寝転がらないでください。座れないじゃないですか」
「ごめんな、俺の足が長くって…」
「お黙りなさい」
染み一つない天井を見つめ、俺はローザを一瞥することなく悲壮感たっぷりにそう告げてみた。
ローザはソファ前のローテーブルに中身の入ったマグカップを置き、俺の投げ出された足を叩く。
これ以上足を伸ばしていたら次は脛に拳が降ってくる。俺は起き上がり、ソファの隅に移動するとソファのひじ掛けに凭れ掛かった。
「はい、ココアです。良かったらどうぞ」
「ん、どうも」
ローザは少し離れたところで腰かけ、湯気を立て甘い匂いのするココアを差し出してくる。
それをありがたく受け取り、一口、口に含む。
「あの…怒ってます?」
「何でだ?」
「少しばかり強引に事を進めてしまったので。朔弥は……あまり人と関わるのが好きではないでしょう」
「…まぁ、そうだな」
自ら人と関わろうとはあまり思わない。
春風は俺を兄と呼んで慕ってくれているから抱き留める。
ここに戻ると「おかえり」と言ってくれる人がいるから「ただいま」と言う。
ここに所属して4年ほど経つから、多少なりとも慣れはある。
この組織に所属する人たちが仲間だという意識もある。
でも、それがなかったら、俺は人と関わる事を極力避けるだろう。
関わったら、もう知らないふりはできないから。
「……嫌ですか、彼とバディを組むのは」
彼女の目線の先は、何を捉えているのだろう。どこも見ていないようで、何かをじっと見つめている気もする。
嫌だ、と言ったらどうなるんだろうか。
もしかしたら、エーベルと二度と出会わないかもしれない。
「………わからない」
少し間を開けた末、俺が出した答えはそんなくだらないものだった。
ハッキリと物事を決められない。
「…エーベルとバディを組まずに、エーベルをここから解放したら、いつしかまた、敵として出会うかもしれない。その時__」
その時、俺はアイツを殺せる自信がない。
俺がそう言った時、ローザは、手に口を当てて小さく笑った。
「朔弥ってお人好しですよね」
「なっ、違う。俺はアイツに情が移ったとか、そんなんじゃない。アイツの能力を見切って、殺せる気がしないだけだ」
「ふふ、貴方って意外とわかりやすいですよね」
ローザの深い焦げ茶色の瞳がこちらを見る。
「じゃあ、殺す条件を監視する中で見つけちゃえばいいじゃないですか」
「は?どういうことだ?」
「何か、さっき白鷺さんと夜凪さんが電話してるの聞こえちゃったんですけど、二人、同じ部屋にするらしいですよ。ですから、一緒に生活する中で、殺す条件を見つけてみてください」
「同じ部屋……?俺とエーベルがか?」
「それ以外に誰がいるんですか」
嘘だろ。そもそも俺に家はないし、エーベルは家を持っているのか?仮に、家があったとしても俺がそう簡単に立ち入っていい場所じゃないだろう。
「夜凪さん曰く、「朔弥もいい加減帰る家を持つべき。お金は組織で出すから、どこかアパートでもマンションでも一軒家でもいいから、帰る場所を持たせる」だそうです。ずっと仮眠室に居座っていた朔弥の自業自得ですね」
「俺にバディを無かったことにする選択肢を出すフリしてトドメ刺しに来たのかお前」
「違います!!」
俺に拒否権がないのはさっきからそうだが、エーベルはどう思うんだろうか。
一縷の望みを持って、「エーベルは何と言ってるんだ?」と聞いてみた。
「あぁ、彼は特にこだわりはないって」
今これほど、誰かの無欲さを恨んだことはないだろう。
楽しいから付いていく。これが彼の行動原理なのだろうか。
ココアを飲み、甘い味に舌鼓を打っていると、背後のダイニングテーブルで勉強中の春風から呼ばれた。
「朔弥兄ちゃん!ここ教えて!」
「あー?ソイツに教えてもらえよ」
「エーベル兄ちゃんもわかんないって!」
いくつだよアイツ。小学生の勉強くらいわかるだろ。
俺はマグカップをローテーブルに置いて、春風がいるテーブルに向かう。
「あぁ、理科の電気回路……」
ここはこうで、そこがそうなるから………。と、俺が教えだしたところで、ローザもこちらに来た。
春風はともかく、何故エーベルやローザまで「お~!」と、俺の解説に納得しているのだろうか。
「今のでわかったか?」
「うん!ありがとう朔弥兄ちゃん!」
「あぁ。じゃあこの応用問題やってみてくれ」
俺がそう言い、春風が鉛筆を走らせたその時、共有スペースに一人の女性が入ってきた。
白鷺が笑顔で迎え入れる。
「お久しぶりね、夜凪。元気してた?」




