2 何者
「……いや何ぼーっと空見てるんだ。用がないならさっさと出ていけ」
「え、酷いなぁ…。君をここまで連れてきたの僕なのに…」
「お前が気絶させたからだろ!?」
コイツは自分を棚に上げる達人なのかもしれない。
俺はため息をついて再びベッドに寝転がった。コイツを話すのはどうも疲れる。
「あ、そうだ朔弥君。僕をここに入れてくれた金髪の子が目が覚めたら『朔弥に、お客人と共に共有スペースへお越しください』って言ってたよ」
「声真似すんな気色悪い」
辛辣~、と口を尖らせるエーベルを放置して、俺は仮眠室を出る。
すぐに後ろについてきたと思ったら、また喧しく口を開き始めたので、俺は徹底して無視を貫いて歩を進めた。
コイツの異能は、資料の限りでは血液操作であり、実際、俺は血液で出来ているであろう鎖に拘束された。たとえ異能を持つ者でも、急所は俺たち人間と同じだ。そこを攻撃されれば簡単に死ぬ。
心臓、脳、腹部大動脈、頸動脈エトセトラ。
そのうちの一か所、心臓をコイツは自ら刺させた。仮に俺がもう片手にナイフを持っていたとして、そのもう片方で脳を刺すことも可能な位置に俺がいたと、コイツはわかっているのだろうか。
武器を持った相手を自ら間合いに入れ、何なら急所を晒した。
それでも俺相手には負けないという確証が、コイツの中であったのか?
「君には僕を殺せない」。その言葉が耳に残り続け、幾度となく反芻される。
エレベーターの中、俺の隣で薄い笑みを浮かべるエーベルの存在に悪寒がした。
共有スペースは俺が眠っていた五階の仮眠室の一階下で、エレベーターはすぐに四階に到着したと知らせ、扉が開く。
ソファ、テレビ、簡易キッチンにダイニングテーブル、いくつかの椅子。冷蔵庫とコーヒーメーカー。
共有スペースには、構成員が普段過ごせるような物が常備してある。
案の定、共有スペースには三人の構成員がいた。
「…ただいま」
「おかえりなさい。任務お疲れ様」
「朔弥兄ちゃんおかえり~!!」
俺がそう声を掛けると、コーヒーを飲みながら本を読んでいた仲間の一人、白鷺がこちらを見て穏やかな笑顔で労ってくる。この笑顔を向けられる度、俺は「帰ってきたんだなぁ」と心のどこかで実感する。
母が今でも生きていれば、こんな感じだったのだろうか。
俺は飛びついてきたもう一人の構成員、春風を抱き留め、頭を撫でる。
春風は孤児で行く当てのなかったところを組織の長が拾い、普段は白鷺と共に生活を送っている少年だ。
俺や他の構成員を兄、姉と呼び慕う最年少の彼は、基本的に組織の誰かしらに甘やかされている。
そして、この場にいる三人目。
「おいローザ、出て来い。お前が部外者入れたことはもう本人から聞いてるぞ」
「そんなに怒らないでくださいよ。将来禿げますよ」
口調こそ冷静だが、簡易キッチンで飲んでいる紅茶が入ったティーカップは本人の手の震えによりガタガタと揺れていた。
そこまで怒られることを恐れるのなら、どうしてエーベルをここに入れたんだ。
「だってしょうがないじゃないですか!!私には貴方を運べるほどの筋力がないんです!!」
「だからってなぁ……」
まぁ、組織にいたのが白鷺、春風、ローザだったなら、しょうがないという結論付けるしかないのか。
俺が渋々納得している横で、エーベルが口を開いた。
「こんにちは。さっきは仮眠室まで案内してくれてありがとう」
「いえいえ。伝言お伝えいただき、ありがとうございました」
お互い丁寧かつ笑顔。だが二人の間に走る重い空気を、俺は見逃さなかった。
どうやら本当に、気絶した俺が重くて運べないからと、エーベルを組織内に入れたらしい。
交わされた握手の手もギチギチと音を鳴らしている。
それを見て、白鷺は「あらあら」と頬に手を当てて笑うと、春風に対して耳打ちする。
「春ちゃん、お小遣いをあげるから、近くのスーパーで好きなお菓子を買ってらっしゃい」
「いいの!?ありがとう白鷺姉さん!」
白鷺が財布から二枚ほどの札を握らせ、春風が共有スペースを出て行ったところで、未だに握手を交わしている二人に向き直る。
「もう、二人ともそろそろ手を離しなさい。お客人様、申し訳ないけれどお時間をいただける?好きな席に座ってちょうだい。コーヒーでいいかしら?」
「ありがとう。シロップを一ついただけると嬉しいな」
白鷺の言う通り、二人は手を離すと、エーベルはダイニングテーブル備え付けの椅子に腰かける。
ローザも一番端の席に着き、俺はその二つ隣に。コーヒーを入れてきた白鷺は、俺とローザの間に座った。
「さて、では本題に入らせていただくわね」
彼女の笑顔が消え、声色が冷たく凍る。
「あなた、異能を偽っているでしょう」
エーベルが微かに目を見開いた。
そして再び薄ら笑いを浮かべ、一言。
「半分正解、半分不正解ってところかな」




