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落日の凱旋、狂乱の余韻
荒野を包んでいた黒い繭が、ふわりと霧散した。
中心にいたリアネは、コウタの胸に顔を埋めたまま、荒い吐息を繰り返している。
「ああ……、あ……っ……」
空っぽだった心と体が、少年の命そのもので満たされた代償として、彼女の意識は急速に闇へと沈んでいく。
「……コウタ……、わたしの……っ」
最期にそう呟くと、リアネの全身から力が抜け、そのまま深い眠りへと落ちた。
対照的に、膝をついていたコウタは、ゆっくりとその場に立ち上がる。
コウタは意識を失った彼女を、壊れ物を扱うように、しかし誰にも触れさせないという強い意志を込めて背負う。
「……帰りましょう、リアネ様。僕たちの場所に」
夜が明け、朝焼けが荒野を赤く染める頃。
第四基地の正門に、その影は現れた。
血の匂いを漂わせながら、しかし足取りは一切乱さずに歩く少年兵。
城壁の上で監視していた兵士たちが、信じられないものを見る目で硬直する。
「……おい、あれは…………?」
「生きていたのか……? それに、あの魔女を……抱えて……」
ざわめきが基地全体へと広がっていく。
だが、門を潜るコウタの耳には、兵士たちの驚愕も、無線から流れる司令部の怒号も、一切届いていなかった。
彼の視線は、腕の中で微かに寝返りを打ったリアネの睫毛だけに注がれている。
基地の一角、重厚な扉で閉ざされた医務個室。
清潔なシーツの白さが、リアネには眩しすぎて吐き気がした。
「……う、……ぁ……」
重い瞼を持ち上げると、全身を襲うのは、かつてないほどの喪失感と脱力感だった。
指先ひとつ動かすことすら、今の彼女には不可能に思えた。
「……気が付いた、リアネ様」
枕元で静かに響いた声に、リアネの肩が小さく跳ねる。
そこには、純白のタオルと温かな水を入れた器を手に、穏やかに微笑むコウタが座っていた。
軍服を着替え、顔の汚れを拭った彼の姿は、どこか遠い日の「無能な幼馴染」の面影を残しながらも、その瞳には底知れない執着が宿っている。
「……コウタ、私は……、あなたを……」
「しっ、……喋らなくていいですよ。まだ魔力が安定していないんです。僕が、綺麗にしてあげますから」
コウタはリアネの謝罪を遮るように、温かいタオルで彼女の頬を優しく撫でた。
かつて鉄樹の森で、彼を泥の中に突き飛ばし、カメラの前で嘲笑ったのは彼女だった。
だが今、彼はまるで幼子をあやすように、丁寧に彼女の体を清めていく。
「……」
「口を開けて。……あーん」
コウタは、細かく刻んだ果実をスプーンですくい、リアネの唇に寄せた。
拒絶しようにも力が入らない。
リアネは屈辱と、それを上回る甘美な敗北感に震えながら、彼に供された食事を飲み込んだ。
コウタの手が、彼女の髪を指先で梳く。
その触れ方はあまりに献身的で、それゆえに、この部屋から二度と出さないという無言の威圧に満ちていた。
「リアネ様は、ここでずっと休んでいてください。邪魔なやつらは、僕が追い払っておきましたから」
静寂に包まれた個室。
スプーンを置いたコウタが、リアネの唇を指先でそっと拭った。
そのあまりに慈悲深い献身に、リアネの視界が再びじわりと潤んでいく。
かつては「利用してやる」と嘲笑っていたはずのその熱が、今は自分の冷え切った魂を焼き尽くしそうなほど重い。
「ねえ、コウタ……」
リアネは震える声で、自分を見つめる少年の瞳を逃げずに見つめ返した。
指先ひとつ動かない。魔力も底を突いている。
だが、あの夜――テントの中で、彼の真っ直ぐすぎる愛に狼狽え、逃げ出すことしかできなかったあの日から、彼女の胸の奥で燻り続けていた「答え」が、今、腐食の霧と共に溢れ出した。
「……あの時の、返事……してなかったわね」
コウタの手が、一瞬だけ止まった。
彼の脳裏にも、月を殴りに行ったあの夜の熱が蘇ったのだろう。
リアネは自嘲気味に、力なく微笑んだ。




