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 ライブ配信の画面上では、視聴者たちが狂喜乱舞していた。

画面端には【月殴りカウント:35,000回突破記念企画】と銘打たれた、ド派手なエフェクト付きの集計枠が表示されている。


「おら! 10万投げドネートだ! 次の告白のセリフはこれにしろ! 『俺の拳が月に届いたら、俺と結婚してくれ』だ!」



「ぎゃはは! それ採用! おい兵士、さっさとあの無能に吹き込んでこいよ!」


通信魔石の向こう側で、顔も見えない観衆たちが、金に物を言わせてコウタを「最高に無様な道化」に仕立て上げようと盛り上がっていた。

「無能の公開求婚」という、この世で最も残酷な見世物のプロデュースだ。

基地の兵士たちは、魔石に表示される高額な報酬の通知を見て、下卑た笑いを浮かべた。


「おいコウタ、ちょっと来い! 世界中の『ファン』たちが、お前の恋を応援して、とっておきの作戦を授けてくれたぞ!」


コウタは、修行でボロボロになった腕を拭いながら、純粋な目を輝かせて兵士たちに駆け寄った。


「えっ、本当!? みんな、俺なんかのために……」



「ああ! いいか、聖女様を落とすには、大きな『約束』が必要なんだ。修行の区切りに、こう言うんだ。……『俺の拳が月に届いたら、俺と結婚してくれ』。これだ。これが、あのお方を一番感動させる『聖なる誓い』なんだとよ」



「……月に届いたら、結婚……。そうか……。そうだよな! それくらいの男にならないと、リアネに相応しくないよな!」


コウタは、兵士たちが鼻を鳴らして笑いを堪えていることにも気づかず、その「呪いのセリフ」を噛み締めるように何度も呟いた。

彼にとっては、画面の向こうにいる悪意ある視聴者たちこそが、自分とリアネを繋ぎ止めてくれる「味方」に思えていた。


「よし……。俺、絶対言うよ! みんな、教えてくれてありがとう!!」


コウタは満面の笑みで、再び月へと拳を構えた。

その様子は、リアルタイムで世界中に配信され、コメント欄には「フラグ立ったwww」「一生結婚できねえwww」「公開処刑までカウントダウン開始!」という、冷酷な嘲笑の弾幕が、星のように降り注いでいた。



 深夜の静まり返った第四基地。

テントの薄い布地を隔てたすぐ外側では、数人の兵士たちが息を殺し、通信魔石のレンズを一点に集中させていた。


「おい、もっと右だ……。角度を合わせろ。聖女様の顔が隠れてるじゃねえか」



「黙ってろ。今、最高にいいところなんだから……っ!」


魔石の画面には、薄暗いランプに照らされた、リアネとコウタの密接したシルエットが鮮明に映し出されていた。

リアネがコウタの頬を強引に掴み、至近距離でその瞳を覗き込む。

怯える獲物を追い詰める捕食者のような、あるいは、愛する男を狂おしく求めているかのような、淫靡な「誘惑」にさえ見える構図。

それがD-tubeのライブ配信にリアルタイムで流れた瞬間、視聴者数は一気に限界突破オーバーフローを記録した。

画面上を埋め尽くしたのは、驚天動地の弾幕だ。


「おいおいおい!! なんだよこのシチュエーション!!」



「捏造聖女、あの無能をあんな目で見てんのか!? これもう誘惑だろ! ガチの密会シーンじゃねえか!!」



「無能へのご褒美が豪華すぎるだろ……っ! あんな風に顔を掴まれて見つめられるなら、俺だって最前線に行くわ!」


コメント欄は、かつてのアンチたちによる嫉妬と興奮で、文字通り大炎上していた。

「汚れ仕事は無能にやらせて、裏では二人でいちゃついてんのか」

「やっぱりこいつら、視聴者をバカにして楽しんでるんだ」

悪意に満ちた憶測が、動画の「急上昇」をさらに加速させる。

テントの中。

リアネは、自分のこの「支配的な行動」が、世界中に「淫らな誘惑シーン」として加工され、拡散されていることなど微塵も知らない。

彼女はただ、必死だった。

コウタという唯一の「盾」を逃さないために、その顔を引き寄せ、耳元に届くほどの距離で執拗に視線を絡ませる。


「……分かっているわね? あなたが頼れるのは、世界で私一人だけなのよ……」


その支配の言葉さえ、魔石の向こうの観衆には「愛の囁き」にしか聞こえていない。


「ぐはっ! 今の声聞いたか!? 『私一人だけ』だとよ! この無能、どんだけ愛されてんだよ!」



「あーあ、完全に陥落してやがる。捏造聖女、実は無能専むのうせんだったのかよ。幻滅だわ、投げ銭してくる」


嫌悪しながらも目を離せない、最高に下劣で贅沢な見世物。

テントの隙間から漏れる光と、レンズ越しに二人を覗き見る無数の悪意。

リアネがコウタの頬に触れているその指先が、彼を地獄へ繋ぎ止める楔であると同時に、世界を熱狂させる「性的コンテンツ」へと変質していく。

二人の知らないところで、この夜の密談は「伝説の炎上動画」として、ネットの海の奥深くまで刻み込まれていった。



兵士たちは、テントの布地の薄さを嘲笑うかのように、通信魔石を最も「映える」角度へと調整していた。

魔石の画面には、ミラーサイトを通じて数万人、数十万人の視聴者がリアルタイムで群がっている。

そこにコウタの震える声が、最前線の冷たい夜気を通じて、世界中へクリアに響き渡った。


「……好きだ、リアネ! ずっと、ずっと好きだった!」


その瞬間、コメント欄はまるで爆発したかのような速度で埋め尽くされた。


「うわああああああ! 言いやがった! あの無能が本当に言いやがったぞ!!」



「【悲報】月殴り、身の程を知らない【公開処刑】」



「おいおい、聖女様の顔見ろよ! ドン引きして固まってんじゃねえか! 最高にメシが美味いな!!」


視聴者たちは、コウタの必死な、そして絶望的に無謀な告白を、安全な画面の向こうから指を差して笑い転げている。

彼らにとってこれは、感動的なラブストーリーではなく、狂人が分不相応な夢を見て自滅する「最高のギャグ」だった。

テントの外で魔石を持っていた兵士の一人が、我慢できずに声を殺して吹き出した。


「聞いたか? 『死ぬまで拳を振るう』だってよ! あんな、空気を撫でるだけのパンチで誰を守るつもりなんだか!」



「おい、今のセリフ、録画しとけよ! 一生の語り草だぜ、これは!」


悪意は基地全体へと伝播していく。

翌朝、コウタが「修行」のためにテントを出た瞬間、待ち構えていた兵士たちが一斉に拍手で彼を迎えた。


「よお! 昨夜の主役ヒーローのお出ましだぜ! 『死ぬまで守る』んだってなあ、コウタ!」



「おいおい、そんなに顔を赤くするなよ。世界中がお前の『大告白』を応援(笑)してくれてるんだからよ!」


コウタは戸惑い、足を止めた。

なぜ自分たちの秘めた想いを、周りの兵士たちが知っているのか。

なぜ彼らが、自分の言葉を茶化すように反芻して、腹を抱えて笑っているのか。

彼はまだ、自分が今この瞬間も、頭上の「月殴りカウンター」とともに世界中の晒し物にされていることに気づいていない。


「……応援、してくれてるのか……? そっか、みんな、聞いてたんだな……」


羞恥に顔を染めながらも、コウタはそれを「基地のみんなが認めてくれた」と残酷なまでに純粋に誤解し、照れくさそうに頭を掻いた。

その背後で、兵士たちは画面に流れる【無能、死ね】【身の程知れ】というコメントの濁流を見せ合いながら、今日一日分の娯楽を使い果たすほどに笑い転げていた。


 テントの外では、すでに悪意と熱狂が渦巻く「祭」が始まっていた。

基地の兵士たちがテントの隙間から差し込んでいた軍用魔石は、リアネの「冷徹な支配の顔」が、あまりにも純情な告白によって「乙女のフリーズ顔」へと劇的に崩れ去る瞬間を、一秒も逃さず世界へ発信していたのだ。

D-tubeのミラーサイトには、かつてのファンもアンチも入り乱れ、極太のテロップが画面を埋め尽くす。

【速報:捏造聖女、無能のガチ告白に陥落!?】

【月殴りカウント:35,000回記念・公開処刑ライブ中継中】


「ぎゃははは! 見ろよあの聖女の顔! 完全に魂が抜けてやがるぞ!」



「無能のくせに身の程を知れよ! でもあの至近距離で顔を掴まれるなんて、無能へのご褒美が豪華すぎて炎上モンだろ!」


画面越しに世界中から浴びせられる罵詈雑言。

視聴者たちは、かつて高嶺の花として贅沢を極めたリアネが、泥にまみれ、あろうことか「無能」と見下していた幼馴染の言葉に魂を抜かれている姿を、至高の娯楽として消費し始めていた。

(……え? いま、なんて……?)

テントの中、リアネの脳内は完璧にフリーズしていた。

コウタの熱い吐息が顔にかかる。

自分の両手は、今も彼の頬を強く掴んだまま。

裏切りの芽を摘むための支配の言葉は、その場違いな愛の告白によって、どこか遠い銀河へ吹き飛んでしまった。

だが、その沈黙の数分間さえ、魔石の向こうの観衆には「愛の囁き」を待つ濃密な時間として、淫靡に、あるいは滑稽に加工され、拡散されていく。

翌朝、一睡もできずにテントから這い出したリアネを待っていたのは、基地全体の粘りつくような視線だった。


「よお、聖女様。昨夜は随分と熱かったじゃねえか。コウタのあんちゃん、今朝はさらに張り切って空を殴ってるぜ?」


兵士たちが、ニヤニヤしながらリアネの鼻先に魔石の画面を突きつける。

そこには、昨夜の自分の情けない「フリーズ顔」が切り抜かれ、あちこちでコラ画像の素材にされ、弄り倒されている無残な光景が広がっていた。


「……な、なによこれ……。消しなさい、今すぐ消しなさいよ!!」


顔を真っ赤にして叫ぶが、その狼狽ぶりは、かえって周囲の「リアネ様、実はチョロいんじゃないか?」という噂に拍車をかけるだけだった。

一方で、ネットのコメント欄では「次のセリフ」の公募が始まっていた。

高額な投げ銭と共に、『次は「俺の拳が月に届いたら、結婚してくれ」って言わせろ』というリクエストが兵士たちの端末に届く。


「おいコウタ! いいか、聖女様を落とすには、もっとこう……男らしい『決め台詞』が必要なんだよ。今度これを言ってみろ!」


何も知らないコウタは、兵士たちに吹き込まれた台詞を「世界中の人々からの応援メッセージ」だと真に受け、ますます真剣な顔で修行に励み始める。

自分たちの尊厳が世界中に晒され、弄り倒されているとも知らず。

彼はただ、テントの中で真っ赤になって震えているリアネのために、泥まみれの拳で空気を爆ぜさせ続けていた。

翌朝、テントから這い出したリアネを待っていたのは、寒風よりも痛い、基地の兵士たちの粘りつくような視線だった。

彼女が一歩踏み出すたびに、焚き火を囲む男たちが肩を揺らし、耳打ちし合う。


「おい、見ろよ。『ツンデレ聖女様』のお出ましだぜ」



「昨夜あんなにフリーズしといて、今朝は随分と澄ました顔してるな。実はチョロすぎなんじゃないか?」


兵士の一人が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら通信魔石を差し向けてくる。

そこに映っていたのは、昨夜の自分の情けない「フリーズ顔」を切り抜き、頬に「チョロい」という文字を躍らせた悪質なコラ画像の数々だった。

ネットの海では、かつて「捏造聖女」と叩かれた彼女に、新たな属性のタグが刻まれていた。

――【悲報】聖女リアネ、無能に告白されて陥落。実はチョロい。


「な、なによこれ……! 誰がチョロいですって!? 今すぐ消しなさいよ、この下衆ども!!」


リアネは顔を真っ赤にして叫び、兵士の魔石を叩き落とそうとする。

だが、その余裕のない慌てぶりこそが、視聴者にとっては「最高のリアクション」だった。

画面には【出た! 様式美のツン!】【顔真っ赤www】【早くデレろよ】という弾幕が滝のように流れ、投げ銭の通知音が基地の静寂を小気味よく切り裂いていく。


「あーあ、怒鳴れば怒鳴るほど『そう』にしか見えねえなあ。……なあ、コウタ。あんちゃんからも何か言ってやれよ」


兵士に促され、修行を終えたばかりのコウタが、肩で息をしながら寄ってきた。

彼は魔石に流れる文字を「俺たちを祝福する聖なる言葉」だと吹き込まれており、その表情はどこまでも純粋で、晴れやかだった。


「リアネはツンデレなんかじゃない! 不器用なだけで、本当は誰よりも優しい女神なんだ! みんな、リアネを誤解しないでくれ!!」


コウタが拳を握りしめ、世界に向かって大真面目に擁護の声を上げる。

その瞬間、コメント欄は【特大燃料投下www】【公式が最大手】【無能、ナイスアシスト】と、制御不能な爆発を見せた。

リアネは、逃げ場のない屈辱と動揺に、ただ震えることしかできない。

コウタの真っ直ぐな視線が、兵士たちの嘲笑が、そして画面の向こうにいる何十万という悪意が、彼女を「チョロい聖女」という檻の中に閉じ込めていく。

(なんなのよ……もう……っ!)

顔を覆い、逃げるようにテントへ戻るリアネの背中に、再び投げ銭の音が降り注ぐ。

それは彼女を生かすための物資の音であり、同時に、彼女の自尊心を削り取る地獄の産声でもあった。


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