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至近距離でリアネに顔を掴まれ、逃げ場を失ったコウタの思考は、限界を超えて真っ白に染まった。

彼女の瞳に宿る、焦燥と執念の入り混じった鋭い光。

それを「自分を案じるがゆえの熱量」だと脳内で変換してしまったコウタの心臓が、鐘のように激しく鳴り響く。

兵士の言葉が、呪文のように頭の中で繰り返される。

――死んじまってからじゃ遅いんだ。


「……り、リアネ……っ。俺……っ!!」


喉の奥でせき止めていた想いが、決壊したダムのように溢れ出した。


「……好きだ、リアネ! ずっと、ずっと好きだった! 君が聖女でも、そうでなくなっても……俺は君のために死ぬまで拳を振るう! だから、俺を……そばにいさせてくれ!!」


静まり返ったテントの中に、コウタの叫びが木霊した。

あまりにも直球で、あまりにも場違いな愛の告白。

顔を掴んでいたリアネの手が、凍りついたように止まった。

(……は?)

リアネの脳内は、一瞬にして冷や水を浴びせられたような静寂に包まれた。

自分は今、彼が「裏切り」を企てているのではないかと怯え、その首輪を締め直すつもりで迫っていたのだ。

それが、蓋を開けてみればこれだ。

「無能」と蔑み、ただの「盾」として利用し、泥水を啜らせてまで自分を守らせている相手からの、純粋無垢な求愛。

コウタの顔は熱を帯び、今にも泣き出しそうなほど真剣な瞳で、リアネの答えを待っている。

(……この、バカ……。この状況で、何を……)

リアネは、吐き気にも似た奇妙な感覚を覚えた。

これほど滑稽で、これほど都合の良い展開があるだろうか。

彼の「好き」という感情さえ利用すれば、これまで以上に彼を縛り付け、死地へ追いやることさえ容易になる。

だが、その合理的な思考の片隅で、何かがチリリと焼けるような不快感が消えなかった。


 至近距離で放たれた、あまりにも純粋で、あまりにも場違いな叫び。

リアネの思考は、その瞬間に真っ白な空白へと叩き落とされた。

コウタの熱い吐息が顔にかかる。

自分の両手は、今も彼の頬を強く掴んだまま。

(……え?)

(……いま、なんて……?)

彼女の脳内にある膨大な「生存戦略」の辞書には、この状況に対する適切な回答がどこにも記されていなかった。

自分は、彼が「真実に気づいて、自分を殺しに来るのではないか」と疑っていた。

その裏切りの芽を摘むために、支配の言葉を叩きつけようとしていた。

それなのに、返ってきたのは、身の程知らずなほど真っ直ぐな、そして泥臭い愛の告白だった。


「……」


リアネは、口を半端に開けたまま、完璧にフリーズした。

瞬きすることさえ忘れ、ただ眼前のコウタを見つめ返す。

コウタの顔は、熟しすぎた果実のように赤く染まっている。

その瞳には一点の曇りもなく、リアネがこれまで彼に注いできた「悪意」も「打算」も、そのすべてを強引に「慈愛」へと浄化してしまうような、恐ろしいまでの純真さが宿っていた。

テントの中を、重苦しいまでの沈黙が支配する。

コウタの心臓の鼓動が、掴んでいる頬を通じてリアネの指先まで伝わってくる。

(好き……? こいつが、私を……?)

自分を追放した教会の人間や、自分を笑い物にする視聴者たちと同じように、この男も自分を憎んでいるはずだという、リアネの心の前提が音を立てて崩れていく。

絶望的な最前線の夜。

「聖女」という仮面が剥がれ落ち、ただの「卑怯な少女」としてその場に立ち尽くす彼女の脳裏には、数秒前までの傲慢な台詞など、一言も残っていなかった。



 テントの中に、針が落ちても聞こえるような沈黙が流れた。

リアネはコウタの頬を掴んだまま、彫像のように動かない。

コウタの心臓の鼓動が指先にドクドクと伝わり、それが自分の鼓動と重なっていくような錯覚に、彼女の体温が急上昇した。

数分。

あまりにも長く、濃密な数分間。

ようやくリアネの思考回路が火を吹きながら再起動した。


「……っ! な、ななな、何を……!!」


弾かれたように手を離すと、リアネの顔は首筋まで一気に真っ赤に染まった。

それは「聖女」の怒りでも「悪女」の計算でもなく、ただの少女としての、制御不能な動揺だった。


「バ、バカじゃないの!? あんた、自分が何を言ってるのか分かってるの!? 今は! 修行の話を! してるのよ!!」


リアネは立ち上がり、狂ったように腕を振り回してコウタを怒鳴り散らした。

喉の奥が熱く、声がひっくり返る。

彼を支配しようとしていた先刻までの冷徹なプライドは、どこか遠い銀河へ吹き飛んでしまった。


「いいから、早く行きなさい! その顔、見せないで! さっさと外に出て月でも殴ってなさいよ、この無能!!」



「う、うん……っ。ごめん、リアネ、俺……修行、頑張ってくる!!」


コウタは真っ赤な顔のまま、弾かれたようにテントを飛び出していった。

重い鉄枷が地面を擦るガシャガシャという音が、夜の闇に遠ざかっていく。

一人残されたテントの中で、リアネは自分の顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちた。

(……なんなのよ、もう……っ!)

バクバクと暴れる心臓を抑え込みながら、彼女は激しく呼吸を整える。

今の告白を「利用」して、もっと便利に扱ってやろうという考えは、なぜかすぐには浮かんでこなかった。

(……あんなの、まともに受けてたら……命がいくつあっても足りないわよ……!)

外からは、いつも以上に必死で空気を切り裂く、コウタの不器用な拳の音が響き始めていた。



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