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「おい、月殴りのコウタ!」

焚き火のそばで、酒の入った兵士たちがニヤニヤと笑いながら呼び止めた。

コウタは足を止めて、重い鉄枷を引きずりながら、顔を上げた。


「……何? 今、修行中なんだけど」



「まあそう熱くなるな。それより聞きたいんだが……。あんたの嫁さん、あの『聖女様』、テントの中でいつも何してんだ?」


兵士たちは、リアネがテントで物資を貪りながら、鏡を見てため息をついている姿を知っている。

彼らにとって、コウタが何を信じ込まされているかは、最高の「肴」だった。


「リアネは、この基地を魔獣から守るために『結界』を維持してるんだ! それに、俺が戻った時のために『回復魔法』の力を溜めてる。……それから、嫁だなんて……。まだ、付き合ってもいないし……っ」


最後の方は、コウタは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。


「……ああ、そうだったのか。そりゃあ大層なことだ。まるで本物の『聖女様』みたいじゃねえか」


兵士たちは顔を見合わせ、声を出さずに吹き出した。

(……やっぱり、もう手遅れなんだな。完全に頭までいかれちまってる)

哀れみすら通り越し、彼らはコウタの純粋さを嘲笑う。


「そうなんだ! リアネは、世界で一番優しくて、最高の聖女なんだ!」


コウタは誇らしげに胸を張った。

そんな彼を見て、一人の年かさの兵士が、酒の匂いを撒き散らしながら背中を叩いた。


「あんちゃん、いいか。ここは最前線だ。いつ誰が死ぬかなんて、誰にもわからねえ。……死んじまってからじゃ遅いんだ。早めに告白しちまえよ」



「……こ、告白……っ!?」


ドクン、と心臓が跳ねた。

「死ぬかもしれない」という言葉が、妙に生々しく胸に刺さる。

今まで、リアネはあまりに遠い太陽のような存在で、守ることだけに必死だった。

だが、一度そう意識してしまうと、急に足元の鉄枷が軽くなったような、あるいは逆に、耐え難いほど重くなったような錯覚に陥った。


「さあ、行った行った! 聖女様に愛の告白でもしてこい!」


背中を押され、ふらふらとリアネの待つテントへと歩き出す。

だが、近づくにつれ、コウタの視線は泳ぎ、どうしても彼女をまともに見ることができなくなった。

テントの隙間から漏れる明かり。

その中にいる、自分を信じて(と信じ込んでいる)待ってくれている少女。

彼女を直視しようとすると、顔に熱がこもり、喉の奥がカラカラに乾いてしまう。

結局、コウタはテントの入り口で立ち尽くしたまま、月を見上げることしかできなかった。



 テントの入り口で、コウタは金縛りにあったように立ち尽くしていた。

顔を上げれば、そこには薄暗いランプの光に照らされたリアネがいる。

だが、兵士たちに「告白しろ」と焚きつけられた今の彼にとって、彼女の存在はあまりに眩しく、そして恐ろしかった。


「……あ、あの、リアネ……。修行の、報告を……」


コウタは視線を激しく泳がせ、足元の泥や、テントの継ぎ目ばかりを見つめている。

決して彼女と目を合わせようとはしなかった。

その様子を見て、リアネの心臓が冷たく跳ねた。

(……なんなの、その態度は。まさか、気づかれた……?)

自分が聖女の力を失っていること。

兵士たちと裏で取引をして、彼を見世物にしていること。

「修行」と称して、ただの鉄屑を押し付けていること。

一度疑い始めると、コウタの「直視できない」という反応が、自分に対する軽蔑や失望の表れにしか見えなくなった。

もし彼に捨てられれば、自分はこの地獄で、一晩も生き残れない。


「……コウタ。こっちへ来なさい」


リアネは震える声を虚勢で包み込み、低く鋭い声で命じた。

コウタはおずおずと、這いずるような足取りで彼女の前に膝を突く。

それでもなお、彼は頑なに俯いたままだ。


「……こっちを向きなさいと言っているのよ。何、その目は。私に何か隠し事でもあるの?」



「……い、いや、そんな……。隠し事なんて、あるわけ……っ」



「嘘をおっしゃい! やましいことがないなら、なぜ私の顔を見ないの!?」


リアネは焦燥感に突き動かされ、コウタの汚れ、傷ついた頬を両手で無理やり掴み、自分の方へと引き寄せた。

至近距離で、二人の視線がぶつかる。

リアネの瞳には、見捨てられることへの病的な恐怖と、支配を維持しようとするどす黒い執念が渦巻いていた。

対するコウタの瞳は、ただ純粋な困惑と、抑えきれない思慕の情で潤んでいる。


「……もっと私の目を見なさい、コウタ。……あなたのあるじは誰? あなたを救い、導いてあげられるのは、世界で私一人だけなのよ。……わかっているわね?」


リアネは、指先に力を込め、彼の視線を自分の中に閉じ込めようと必死に迫った。

それが愛ではなく、ただの生存本能から来る「拘束」であることに、コウタはまだ気づいていなかった。



 

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