二つの昼食(ふたつのちゅうしょく)
食器が静かに触れ合う音が、学園のカジノ(食堂)に広がっていた。
高宮 恒一は、目の前に並べられた料理をぼんやりと見つめていた。完璧に焼かれた魚、香り付けされた米、そして一流の料理人が手がけた繊細なソース。すべてが計算され尽くしたような一皿だった。
「メインシェフ、フランスで働いてたらしいぞ」
隣の生徒がそう言いながら料理を口に運ぶ。
「なるほどな、この値段も納得だ」
別の生徒が笑った。
こういちは静かに食事を続けた。味が嫌いなわけではない。ただ、幼い頃からこうした環境が当たり前だった彼にとって、この豪華さはもはや特別ではなかった。
ガラス扉の向こうには、上級生専用の食事室が見える。そこではさらに静かで落ち着いた会話が交わされており、この学園の中にさえ“階層”が存在していることを感じさせた。
「昼食後、生徒会の集まりあるけど来るか?」
友人がそう尋ねる。
「気が向いたら」
こういちは曖昧に答えた。
一方その頃、校舎の外。
三浦 日和は木製のベンチに腰を下ろし、質素な昼食を広げていた。小さな弁当箱と水のボトル。それだけ。
周囲を、生徒たちが楽しそうにカジノへ向かって通り過ぎていく。誰も彼女をからかうことはない。だが、声をかける者もいなかった。
日和は本を開きながら食事を続けた。
それは昔からの癖だった。
兄弟たちのことが頭をよぎる。近所のクラブでラグビーをしている弟たち。遅くまで働く両親。
——ここで失敗するわけにはいかない。
彼女はそう心の中で繰り返した。
昼食後、こういちは校舎内を歩いていた。生徒会室の前を通り過ぎ、さらに奥へ進むと、使われなくなった一室から笑い声が聞こえた。
扉を開けると、そこには仲の良い友人たちが集まり、ゲーム機を囲んでいた。
「遅いぞ」
画面から目を離さずに声がかかる。
「俺はいつも遅い」
そう言って、こういちは床に座り込んだ。
古いソファ、即席のテーブル、雑然とした空間。
だが、ここだけは誰も彼に期待しない場所だった。
日和はその頃、図書館へ向かっていた。次の試験に必要な資料を探すためだ。
クラブ棟の前を通り過ぎる時、笑いながら出てくる生徒たちの中に、見覚えのある姿を見つけた。
青いブレザー。
高宮。
一瞬だけ、視線を向ける。
彼はどこにいても自然だった。まるでこの学園そのものが彼の居場所であるかのように。
日和はすぐに目を伏せ、歩き出した。
夕方、こういちはサッカー場にいた。全力で練習するわけではないが、名字だけで代表として扱われる存在だった。
ボランチとしてプレーし、最低限走り、すぐに息が上がる。
「疲れるの早いな」
「最初から得意だなんて言ってない」
水を飲みながら、ふと観客席の方を見る。
ホッケーのスティックを肩にかけた生徒たちが通り過ぎていく。その中に、日和の姿があった。
理由は分からない。
だが、なぜか目が離れなかった。
夜。
二人は別々の時間に図書館へ戻った。
会話はない。
隣に座ることもない。
それでも、同じ静寂を共有していた。
本棚を挟んだ、わずかな距離。
二つの昼食。
交わらないはずの二つの世界。
それでも、その距離は少しずつ、確実に縮まり始めていた。




