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交わらないはずの日常

高宮 恒一にとって、セント・オーガスティン・アカデミーでの日々は、あまりにも整いすぎていた。


授業、部活動、会議。

すべてが決められた流れの中で進み、彼はその中心にいながらも、どこか距離を置いて生きていた。


午前中の授業は文学だった。

落ち着いた声の教師が、黒板の前に立ち、生徒たちを見渡す。


「高宮。君は、この物語の主人公をどう思う?」


名指しされ、教室の視線が集まる。


高宮は少しだけ考え、気だるそうに口を開いた。


「……周りから求められる役割を、ちゃんと理解している人だと思います。

でも、そのせいで、自分が何を望んでいるのか分からなくなっている」


教室が静まり返った。


教師は一瞬驚いたように目を細め、やがて小さく頷いた。


「なるほど。興味深い意見だ」


高宮は机に肘をつき、窓の外へ視線を逃がした。

今の言葉が、自分自身にも当てはまることに気づいてしまったからだ。


昼休み。

高宮はいつものように学院内のカジノで昼食をとった。


選び抜かれた料理人が用意する、完璧な一皿。

味も香りも申し分ない。


だが、彼の表情は変わらなかった。


周囲では、次の大会、名門大学、週末に行われる卒業生の講演会の話題で盛り上がっている。


「チェスの対抗戦、出るんだろ?」

「ラグビーのセブンズも代表に入ってるって聞いたぞ」


「……たぶん」


曖昧に答え、高宮は席を立った。


午後、彼はチェスクラブの部屋を訪れた。


アルゼンチン出身の友人が盤面を睨み、アラブ系の副キャプテンが過去の棋譜を確認している。

もう一人の日本人副キャプテンが、駒を丁寧に並べていた。


「遅いぞ、キャプテン」


「来たからいいだろ」


短い言葉を交わし、数局指す。

高宮は特に考え込むこともなく勝ち、淡々と席を立った。


「もう行くのか?」


「サッカー。……一応な」


彼はそう言い残し、部屋を後にした。


一方、三浦 日和の一日は、同じ学院にいながらまったく違う色をしていた。


昼休み、彼女はカジノには向かわず、ランカスター寮の共有スペースで友人たちと軽く食事をとった。

話題は、近く行われる生物学の対外コンテスト。


「成績が良ければ、推薦に有利になるらしいよ」


「失敗できないね」


日和は静かに頷いた。

失敗できないのは、いつものことだ。


午後はホッケーの練習。

体は疲れても、手を抜くことはなかった。

努力することだけが、彼女の居場所を守ってくれる。


練習後、日和は自然と図書館へ向かった。


そこだけは、学院の中で唯一、肩書きが意味を持たない場所だった。


書架の間を歩いていると、視界の端に見覚えのある姿が映る。


――あの時の人。


青いブレザーを着た少年が、テーブルに座り、本を広げている。

今日は眠っていなかった。


日和は一瞬だけ足を止めたが、すぐに別の棚へ向かった。

話すつもりはない。


だが、背後から声がかかる。


「……この前は、ありがとう」


振り返ると、高宮が少し困ったように笑っていた。


「今日はちゃんと起きてる」


「それは、良かったです」


素っ気なく答え、日和は本を抱え直す。


「いつも、こんなに勉強してるの?」


「はい。そうしないと、いけないので」


その言葉に、高宮は少しだけ黙った。


「高宮です。高宮 恒一」


名乗られるとは思っていなかった。

日和は一拍遅れて答える。


「……三浦。三浦 日和です」


それだけだった。


二人は同じ空間にいながら、再びそれぞれの本へ視線を落とす。

会話は続かない。


けれど、不思議と気まずさはなかった。


高宮は思った。

――ここに、もう少しいてもいいかもしれない。


日和は気づいていた。

――ページを、もう三度も読み返していることに。


交わらないはずだった日常は、

静かに、確かに、重なり始めていた。

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