静かな学院
セント・オーガスティン・アカデミーは、今日も静かに目を覚ましていた。
赤レンガ造りの校舎、整えられた庭園、朝日に揺れる三つの旗。
学院の正門に刻まれたラテン語の校訓が、すべてを見下ろすように佇んでいる。
Nunquam Cedere――決して諦めるな。
高宮 恒一は、その言葉の下を、気だるそうに歩いていた。
青を基調としたブレザーは完璧に整えられ、姿勢も悪くない。
それでも、彼の表情にはまるで緊張感がなかった。
週初めの全校集会が終わり、生徒たちはそれぞれの教室へと散っていく。
成績、部活動、将来。
誰もが何かを背負って歩いていた。
昼休み。
高宮は学院内のカジノ――選ばれた料理人たちが腕を振るう食堂で昼食をとっていた。
皿の上には、丁寧に焼かれた肉料理と、彩りよく盛り付けられた野菜。
香りも味も申し分ない。
「……美味しい、はずなんだけどな」
そう呟きながら、高宮は黙々と箸を進めた。
周囲では、次の大会や卒業後の進路、名門大学の話題が飛び交っている。
彼にとっては、どれも遠い音だった。
食事を終えると、高宮は人の流れから外れるように席を立った。
向かった先は、学院で最も静かな場所――図書館。
高い書架が並ぶその奥、ほとんど誰も立ち寄らない一角に、彼のお気に入りの場所があった。
古い本棚と本棚の間、外からは見えにくい、狭い空間。
高宮は本を一冊開いたまま、壁にもたれかかる。
「……少しだけ」
そう言って目を閉じた瞬間、学院の喧騒は消え去った。
どれほど眠っていたのかは分からない。
「……あ」
小さな声とともに、光が遮られた。
高宮はゆっくりと目を開ける。
目の前には、一人の少女が立っていた。
背伸びをしながら、上の棚の本に手を伸ばしている。
「すみません……ここに人がいるとは思わなくて」
彼女はそう言って手を下ろした。
整った制服、腕に抱えられた数冊の専門書。
真剣な目をしている。
「ここ、寝る場所じゃないですよね」
静かな声だったが、芯があった。
高宮は一瞬だけ考え、ゆっくりと体を起こす。
「……そうだね。図書館だし」
彼女は少しだけ視線を逸らし、棚から目的の本を抜き取る。
「時間は、大切なので」
それだけ言うと、彼女は踵を返した。
高宮は、その背中をぼんやりと見送った。
名前も知らない。
学年も知らない。
ただ一つ分かったのは――
彼女は、自分を“高宮家の人間”としてではなく、
ただの“怠けている生徒”として見たということ。
「……悪くないな」
そう呟いて、高宮は静かに微笑んだ。
学院は今日も、何も変わらない。
だがその静けさの中で、確かに何かが動き始めていた。




