宇宙への手紙
紙の手紙というものが、この世からほぼ姿を消して久しい。
メッセージのやり取りはすべて電子化され、あらゆる通信は電子の流れに委ねられた。
それでも、この郵便局だけは紙の手紙を受け取り、送り出し続けている。
宛名?そんなものは要らない。
地球の人は皆、電子で会話する。紙の手紙など、誰も受け取らない。
それでも数日に一度は、誰かが紙にしたためた手紙を差し出す。
投函口から差し込まれた封筒は、古びた紙の匂いと、微かな手の温もりを残して私の手の中に収まる。
便箋の端は擦り切れ、インクの文字は少し滲んでいる。きっと何度も書き直したのだろう。
私はそれを鉛の封筒に入れ、マスドライバーのレールにそっと載せる。
暗い宇宙へ、鉛の筒が音もなく打ち出される。
外の真空は澄み切った闇で、遠くに青白い惑星が、星屑の間にひっそりと瞬いている。
やがてレーザー光が筒の表面を照らし、ゆっくりと加速を与える。
質量は重く、速度はなかなか上がらない。それでも光を当て続ければ、やがて光速へ近づいてゆく。
なぜ、こんな読まれることのない手紙を送り続けているのかと問われれば、
答えは単純だ。私は断れない性分で、気がつけばこの役目を引き受けていた。
他の大多数の人類は、脳を電子化して肉体を捨て、電子の世界へ去ってしまった。
そこは光の速さで会話が行われ、新しい発見や作品が雪崩のように生まれては消えていく。
生身の私たちは、その速度についていけない。こちらが一言を口にする間に、電子地球人は十数年分の営みを終えてしまう。
だから、彼らとの対話を諦めた。
私たちは外に向けて、対話相手を探すことにした。
ハビタブルゾーンに浮かぶ惑星へ、鉛の封書を投げ続ける。
この郵便局には、そんな生身の人間たちが世界中から訪れる。
電子化に乗り遅れた者、あるいは意図的に生身を選んだ者。
今さら電子化したところで、先に旅立った彼らとの間には十数世紀分の文化の溝があり、もはや同じ地球人とも思えないほどだ。
だから私たちは、空の上にいるかもしれない見知らぬ文通相手に想いを託す。
紙の封筒を握りしめ、静かな期待を胸に、彼らは投函口へ歩み寄る。
私は手紙を出しに来たその人を見送り、そしてまた考える。
まだ私の機構に故障はなく、整備も万全だ。
ならば——今まで送り出した手紙の返信を、ただ静かに、ゆっくりと待つとしよう。