使者
それからと言うもの。エメラダは暇さえあれば一人でこっそり家を抜け出して笛を吹いて鳥がこないか待っていた。
(今日も…ダメなのね)
自分でも未練がましいと思うが、どうしても、もう一度カイニスに会いたかった。
だが元いた町からこれほど離れてしまっては、カイニスは私を見つけることはできないだろう。
せめて、この目立つ白銀の髪を人の目に晒せば、噂になってカイニスに届くかもしれない。だがそんなことをしたらきっとアイリス叔母様に迷惑がかかる。それだけは絶対に嫌だった。
ある日、川に水を汲みに行くと目の前に知らない男性が立っていた。その人は上質な生地で仕立ててある品のいい服を見に纏い、大きな剣を帯刀していた。
「え?」
驚きのあまりそれしか言葉が出てこなかった。ここはアイリス叔母様の結界の中。普通の人なら絶対に入ることができないはずだから。
立ち上がって数歩下がるとその男性はエメラダの前に膝をついてこうべを垂れた。
「お迎えにあがりましたエメラダ姫。大きくなられましたね。覚えていらっしゃるでしょうか」
「え?姫?」
私が声を発したと同時に炎の塊がものすごい速さでその男の人に向かっていった。
男の人はそれを素早く防御魔法で防いでから立ち上がる。
その視線の先を辿ると今まで見たことのない怖い顔をしたアイリス叔母様が杖を持って攻撃の姿勢をとっていた。
「今更都合よく現れるなど、流石は腐った王家だな!エメラダと私は国を捨てた身。お前達の醜い政争に巻き込まれるのはごめんよ。死にたくなければさっさと帰りなさい。ジークベルト」
ジークベルトと呼ばれた男の人はため息をついて肩をすくめる。
「お師匠様。俺は貴方の生存する弟子の中では一番できると呼ばれる結界騎士ですよ。貴方の魔法くらい、いくらでも防ぐことができる」
アイリス叔母様はいつの間にかエメラダとジークベルトの間に立ってその背中にエメラダを隠した。
「…何が狙いだ?」
アイリス叔母様が聞くとジークベルトはにこりと微笑んで答える。
彼は優しげな茶色の瞳で蜂蜜色の髪の毛をしており、鼻筋が通って少し垂れ目な美青年だった。
「いえね。貴方とエメラダ姫が消えた日からずっと行方を探していたのですが、先日密偵から白銀の髪をした女性を見つけたと連絡を受けて、そこから足跡を辿ったのです。苦労しましたよ。でもようやくエメラダ姫を見つけることが出来てよかった」
ジークベルトはニコニコと優しい笑みをこぼしながら話をはぐらかす。それにイラついたアイリス叔母様はさらに魔法を叩き込もうとしていたので慌てて止める。
「ダメよ!アイリス叔母様!」
その制止が効いてアイリス叔母様はようやく杖を下げてくれた。
その間もジークベルトは余裕のある態度でエメラダ達を見ていた。
(なんだろう。優しいのに怖い。この人一体何者?)
本能的嫌悪感を抱いてしまった。
今まで誰かを嫌いになったことなどないエメラダにとって、それは未知の体験で、驚きと共に罪悪感に苛まれる。
「あの…私はただの町娘です。姫だなんて…どなたかと間違われているのでは?」
戸惑いながらそう言うとジークベルトはにこりと微笑んで言った。
「いいえ。その白銀の髪は王家の中でも最も尊い身分の証。貴方様こそイシュタルト国の姫君で間違いありません」
ジークベルトはそう言うとアイリス叔母様に向かって言い放った。
「アイリス・シィーフィールド。貴方にも国に戻ってほしい。国防のためにも貴方の力は不可欠です。今は貴方の弟子である私たちでなんとか補っていますが、貴方一人の力には到底及ばないのです、お願いします」
混乱のまま話が進んでいく。アイリス叔母様はイラつきながら、ジークベルトに言い放った。
「エメラダはもう国には戻らない。私もあの国には愛想が尽きた。栄ようが滅ぼうがどうでもいい」
アイリス叔母様は普段の柔らかい声と違って硬い声で話していて驚いた。
(アイリス叔母様がこんなに怒るなんて…一体ジークベルト…さんと何があったのかしら)
二人の間に流れる不穏な空気を感じて戸惑っているとジークベルトはエメラダに向かって話を続けた。
「今、王家は苦境に立たされています。皇女の不在は長い間伏せられ、病気のために療養されているということになっていました。ですが、年頃になった姫を自国の王子の妃に差し出さない場合は、イシュタルト国に戦争を仕掛けるとこの国の王が宣ったのですよ。そんなタイミングで貴方が見つかった。神様っているのですね」
穏やかに語られる真実に私は目眩がした。