転居
「エメラダ、よく帰ってきてくれたわね」
店に着くとアイリス叔母様は玄関口でソワソワしながら待っていてくれた。
「アイリス叔母様。カイニス様はとても優しくて丁寧な方よ。誤解したら気の毒だわ」
そういうが、アイリス叔母様はカイニスに対して冷たい態度を崩さない。だが、その態度はどこか、今までの男たちに対するのと違って見えた。
(なんだろう。敬意?アイリス叔母様は私に近寄る男の人には手厳しくてプライドをボキボキに折ってしまうのに、カイニス様にはそれがない)
完全に受け入れてはいないが、それでもカイニスには他の男性と違う反応を見せているアイリス叔母様にエメラダは不思議でならなかった。
「アイリス殿。大切な姪御さんをお借りして申し訳なかった。図々しいお願いではあるが、街に降りてくるたびに少しだけ時間をもらえないだろうか」
「それは…」
アイリス叔母様が難色を示していたので、私は慌てて口添えする。
「お願い!アイリス叔母様、私もまたカイニス様とお出かけしたいの。今日、すごく楽しかったから…だめかしら?」
「…お約束はできません。なんせ今日貴方は私との約束を破ってフードをとってしまったから。エメラダ。ここにくるのは今日で最後よ。私とエメラダは別の場所に移り住みます。だから貴方様に会うのは今日で最後です」
私は驚いた。たった数分の出来事をなぜアイリス叔母様が知っていたのか。もしかしたらフードにかけてある認識阻害の魔術が途切れたのを感じて叔母様は怒っているのかもしれない。それにしても、たったそれだけで逃げるように長く住んだ小屋を捨てて別の場所に移り住むなんて、いくらなんでもやり過ぎなのではと思った。
「アイリス叔母様!移り住むなんて…私ここが好きよ。離れたくない」
「今回だけはわがままを聞いてあげることは出来ないわ。小屋には戻らずすぐに立つわよ」
そう言うとアイリス叔母様はいつの間にか持ってきていたのか、小さなボストンバッグを持っていた。
「アイリス叔母様…」
私は悲しくてアイリス叔母様を見つめたが、彼女は何も言わずにエメラダの手を取ると引っ張るように歩き始めた。残されたカイニスはエメラダ達を追うことなく、去っていくのを立ち止まって見守っていた。