花祭り3
二人は手を繋いで露天をのぞいて歩いた。
異国の雑貨や手作りのアクセサリー。そのどれも心奪われるものばかりだった。
そのうち少しお腹が空いた時、甘い香りに誘われてふらりととある露天に立ち寄った。
「わあ!美味しそうですね」
「ええ。すみません。トロッタを2つ。はちみつをかけて。さあどうぞ。暑いから気をつけて」
カイニスはエメラダに買ったばかりのトロッタを差し出した。
エメラダは生まれて初めて食べるそのお菓子に心を奪われた。
こねられた生地を油で揚げて粉砂糖と蜂蜜をかけて食べる一口サイズのそのお菓子は甘い香りで見るからに美味しそう。それにどこか懐かし気持ちがして、恐る恐る一口食べてみた。
するとふと頭の隅に誰かの優しい笑顔が浮かんだ。
「エメラダ殿…」
カイニスが気遣うようにハンカチを差し出す。気づかないうちに涙がこぼれていたのだ。
「この菓子は隣国のイシュタルト国から伝播したものです。懐かしいですか?」
「どうして…始めて食べるはずなのに…」
エメラダは混乱した。確かにこの味を知っているのに、一度もゼンケン王国どころかアイリス叔母様の張った結界の外に碌に出たことすらないはずなのに。何故こんなにも懐かしく感じるのだろう。
考えても答えが出なかったが、今はカイニスと一緒だったから泣いている姿を晒すのが恥ずかしくて必死に涙を止めた。
「ふふ。おかしいですね。初めて食べるものなのに…カイニス様は食べたことが?」
「ええ。幼い頃から好きで親に隠れて良く食べていました」
親に隠れて、というところで少し引っかかった。きっとお菓子を不自由なく食べられない躾の厳しい親御さんなのだろう。
だが体の大きなカイニスが甘いもの好きということがわかって、そのギャップが可愛いと思った。
(てっきり甘いものはダメなのかと。思い込みなのに…いけないわね。何ごとも決めつけては)
エメラダは新たなカイニスの一面を見れたことが嬉しかった。
「喉が渇いたでしょう。あそこの商人がオレンジジュースを売っていますから買ってきましょう。エメラダ殿はここでしばらくお待ちください」
そう言われてエメラダは人の少ない場所にあるベンチに座らされて去っていくカイニスの背中を見た。彼の体格はかなり良く、周りの人から浮いていた。
その時だ。一匹の猿がこちらを見ていた。
(可愛い!こんなところに猿がいるなんて)
持っていたトロッタを分けてあげようとしたところ、猿はトロッタより白詰草の花冠の方が気に入ったらしくそれをとって逃げてしまった。
「あ…それは…」
追いかけるか迷っていると、目の前に2人の男の人が立ち塞がった。
「お嬢さんお一人ですか?こんな祭りに一人では不安でしょう。どうでしょう?私たちと回りませんか?」
「いえ…私は人を待っているので」
そう言ってその場を去ろうとするが、別の男が壁のように前に立ち塞がる。
「そんなフードとってしまったらどうですか?暑いでしょう。あちらに綺麗な花冠を売っていますからプレゼントしますよ」
別の男がそういうともう一人の男がエメラダの腕をとって引いた。
その力は強く、エメラダを逃さないつもりなのがありありとわかってエメラダは恐怖のあまり体を硬くした。
「何をしている」
その時だ。
背後から怒気をはらんだ声が聞こえてきた。
その声を聞いてエメラダはホッとする。彼が戻ってきてくれたのだ。
「なんだ?俺たちは…」
男二人はカイニスの方に振り返って言葉を失った。自分たちより長身で体格もいい男に怯んでそそくさとその場を後にした。
「エメラダ殿。怖い思いをさせて申し訳ない。しかし、花冠は?」
「あ!そうでした。せっかく贈っていただいたのに、猿に持って行かれてしまったんです」
「猿…ですか。それは残念でしたね。では別の店で改めて贈らせていただきましょう。それよりこれを。搾りたてなので美味しいですよ」
そう言って差し出してくれたものは美味しそうなオレンジジュースだった。今しばったばかりだろうか。オレンジの柔らかい匂いが漂ってくる。トロッタを食べて喉が渇いていたのでありがたくいただくことにした。
「ん!美味しい!」
私が嬉しそうにジュースを飲むとカイニスは嬉しそうに微笑んだ。そして自分もジュースを飲み、ベンチに座って街ゆく人々を眺めた。