花祭り
それから毎週火の日が来ると夕方が待ち遠しくてたまらなくなった。
いつもは少し嫌がる勉強や礼儀作法の特訓も笑顔でこなしていく。
「どうしたの?エメラダがこんなに素直に勉強も礼儀作法も頑張るなんて。雨で降るんじゃないかしら?」
アイリス叔母様は特に不審がることはなく、私が一生懸命取り組むことが嬉しいようでとても機嫌が良かった。
全ての工程を終えると、夕方に少し空き時間ができる。エメラダはその時間を使ってカイニスとの秘密の文通を続けていた。
「アイリス叔母様。私これからちょっと出かけてくるわ」
「あら。またなの?でも小屋からあまり離れてはダメよ。境界線のなかにいてね」
アイリス叔母様は魔術に秀でた人で、特に得意なのは結界術。小屋から半径1キロをぐるりと囲むその結界は正しい手順で足を踏み入れなければ元いた場所に戻されてしまう。
だから私達が住むこの森は誰も気味悪がって入ってこないのだ。
そんな中。手紙のやり取りができるのは、笛には特殊な仕掛けが施されている上、鳥にも特殊な術がかけられているようで、結界の中でも迷わずエメラダの元に飛んでくることができたのだ。
「今日は何かしら」
手紙を取り出すとエメラダは自分の書いた手紙を足にくくりつけてある筒に入れて鳥を放した。
『今日は流星群が見られる。同じ星の下で眺めよう』
そう短く綴られた言葉に胸を踊らせる。
(一緒に見られなくても同じ星空の下に彼はいる)
この頃、エメラダはすっかり彼のことを慕っていた。
結婚するなら彼がいいと思い始めていたのだ。
(アイリス叔母様は反対するわよね…きっと)
最悪、カイニスに2度と会えないように街に連れて行ってもらえなくなるかもしれない。それだけは嫌だったので、エメラダはカイニスとのこの秘密のやりとりを内緒にしていたのだ。
そんなある日、アイリス叔母様が朝食の席で私に告げる。
「織物と刺繍が貯まったから街に売りに行きましょう。いいかしら?」
その日は火の日、約束の日だったが、ここでアイリス叔母様の提案を断って不審に思われたくなかったので、無理に笑顔を作って答える。
「嬉しい!今街は花祭りの最中よね?私も…」
「見てまわりたいなら私が一緒に行きます。貴方も見たら満足するでしょう?」
有無を言わさない圧力だった。
エメラダ一人では危ないのはわかるが、本当ならカイニスと一緒に出かけたい。その思いでいっぱいになっていたがアイリス叔母様にどうしても言い出せなかった。
荷物を持って街に降りると、街中は花で埋め尽くされていた。色とりどりの花で編んだ花冠を頭にかぶって仲良く手を繋いで歩く恋人をいく人も見る。この祭りでは花冠をつけていない人は恋人や夫がいない人、花冠をつけている人はすでに恋人がいる、または婚姻済みという目印になっていた。
私も…花冠を被りたい。
だが今の私は顔が隠れるくらい深いフード付きのマントをかぶってアイリス叔母様に手を引かれていた。
街に来るときはいつも認識阻害の魔術のこもったこのフードを被せられる。往来で変な男に引っかからないためと言う説明を受けているが、それなら一人でも出歩いていいんじゃないかと思っていた。
「ねえアイリス叔母様今日はどうしても一人で街を見てまわりたいの…きちんとフードを被るから…お願い」
「それは…ダメよ。一人なんて危ないわ。もし誰かに拐かされたら」
アイリス叔母様は相変わらず心配性で、私を一人にはしてくれなさそうだった。
「だったら、もしも。もしもよ?今日私を前、自分用に織物を買ってくれた人が現れて、私を花祭りに誘ってくれたら…行ってきてもいい?」
アイリス叔母様は驚いた顔をしていたが、しばらく思案して諦めたかのように答える。
「そうね。彼の方なら…わかったわ。もしもそうなったら私は何も言わない」
アイリス叔母様があっさり折れてくれるなんて思いもしなかったので驚いたが、これでカイニスと堂々と花祭りを楽しむことができるとウキウキしながら彼の訪れをまった。
日が傾き始めた頃、刺繍や織物がほとんど売れて、もう少しで店じまいする頃に一人の男が店に駆け込んできた。
「カイニス!!」
エメラダは嬉しさのあまり走り寄った。それをみたアイリス叔母様は微妙な表情をしてカイニスに言った。
「貴方様はエメラダを誘うためにこちらに?」
「ああ。そうだ。少しの間エメラダを借りてもいいだろうか」
「…はい。二時間だけよ。その間に私は保存食なんかを買って帰宅の準備をしておくから、あまり遅くならないように帰っていらっしゃい」
アイリス叔母様はそういうと私にフードを手渡して目深に被らせた。
「いい?せめてこれだけは何があっても外してはダメよ。約束して」
「はい…アイリス叔母様ありがとう!」
エメラダは弾む声で答える。
そんな姿を見てカイニスは愛おしそうにエメラダを見つめていた。