出会い
「エメラダ!どこにいるの!?」
エメラダが川に水を汲みに言っている時のこと、家の方からアイリス叔母様の呼び声が聞こえてきた。エメラダは川面に映る自分の姿を見た。
白銀の美しい髪に淡い緑色の瞳。肌色は雪之ように白く、少し童顔なので年より若く見られることもしばしばあるその顔をじっくり見てから小屋に向かって返事をする。
「アイリス叔母様。私は川にいるわ」
ちょっと小屋を離れたくらいでアイリス叔母様は毎回大騒ぎする。
私はアイリス叔母様の亡き妹の大切な一人娘なうえ、母に瓜二つなため、可愛くて仕方ないそうなのだ。
(私のことすごく可愛いって大切にしてくれる割にはすごく厳しいけど!毎日礼儀作法に勉強に…それから機織りと刺繍をしていたら1日があっという間に過ぎてしまって自分の時間が取れない…)
アイリス叔母様はとても優しくて大好き。でもエメラダはもう18歳。
本来ならそろそろ相手を見つけて結婚してもいい年なのだ。実際エメラダが街に織物と刺繍を売りに出たら結婚を申し込む男の人が今まで何人もいたが、すべでアイリス叔母様が断ってしまっていた。
(まあ、私も今の生活を気に入っているからまだ結婚するつもりなんてないんだけどね。急いで帰らないとまたアイリス叔母様の一人劇場が始まっちゃう)
アイリス叔母様はこういう時すぐに一人劇場を始める。
自分がいかに妹を可愛がっていたか。その妹にエメラダが生まれて嬉しかったこと。母と父が馬車の事故で亡くなってアイリス叔母様が育てることになったが、いかにエメラダを愛しているか。それを延々聞かされることになる。
急いで小屋に戻るとアイリス叔母様は私を抱きしめられた。
「ああ!もうお願いだから目の届かないところには行かないでちょうだい!どれだけ心配したことか!」
「ごめんなさい叔母様。何か用事だったの?」
「ええ。これから街に織物を売りにいくから一緒に行きましょう」
「嬉しい!すぐにしたくする」
エメラダは山の中でアイリス叔母様と穏やかに暮らすことも好きなのだが、やはり街の活気には憧れがある。色々な人、様々な商品が並ぶ市場。その一角にアイリス叔母様が買い取った小さなお店がある。
織物は人気ですぐに売り切れてしまうのだが、月に1〜2回の頻度でその店に足を運んで商品を販売していた。
今日もその日だったが、アイリス叔母様は私を人に見せるのを嫌がるくせに、何があっても私一人を小屋に残すことはしなかった。
その日もいつものように仕上げた織物を背中に担いで片道30分の道のりを歩いてお店に着くとすぐに商品を並べ始めた。
その時ドアベルがなってお客様が来店された。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりご覧ください」
そう言って来店した男の人を見て驚いた。
その人は漆黒の髪に漆黒の瞳。背は190センチはあるだろうか。何か武術を嗜んでいるようで、筋肉質であった。
エメラダの店で取り扱っている商品はどちらかといえば女性向け。
男性の来客のほとんどは、恋人への贈り物を購入するためか、エメラダ目的の冷やかし客。
(でもこの人の気配は…そのどちらでもない気がする)
エメラダは昔から人の気配察知に聡い。案の定、その客は一枚一枚丁寧に織物と刺繍を見てから気に入ったらしい何点かを購入してくれた。
「美しい織物と刺繍だ。これは君が?」
寡黙そうに見えたのに、案外普通に話しかけられて少し驚きつつエメラダが答えようとするとアイリス叔母様がいつものように私達の間に割って入ってきた。
「ええ。私とこの子の二人で織っているのですよ。恋人への贈り物ですか?」
「いや…俺がこう言うものが好きだから自分用に買っただけだ。また来る」
それだけ言ってその人は店からさっさと出て行ってしまった。
「今の人…なんだか懐かし気がしたんだけど気のせいかな?」
エメラダがそう言うとアイリス叔母様は顔を顰めて答える。
「当たり前でしょう?あなたは幼い頃から私とずっと一緒だったんだからあの人に出会ってるはずがないわ」
(…アイリス叔母様はそう言うけど…なんだろう?なんだかすごく気になる)
ただ単に、純粋に自分用の織物と刺繍を買って帰った男の人を珍しく思って気になっているだけだと思いたかったが、どうしても気になる。
モヤモヤした気持ちのまま、そのあとは女性客ばかりだったので忙しく働き、数日分用意した刺繍と織物が全て売れてしまったので、早々に閉店準備をして山小屋に帰ることとなった。
「じゃあ行ってくるから鍵を閉めて、誰がきても開けてはダメよ」
街に来るとアイリス叔母様は毎回調味料や干し肉を買うために数時間留守にする。その間は貴重な一人時間。エメラダは今日は何をしようかと考えていた時だった。扉が控えめにノックされる。そっとカーテンの隙間から覗くと、先ほど刺繍と織物を買ってくれた男性が立っていた。
慌てて扉を開けると男性はそこに直立不動で話し始める。
「昼間は素晴らしい品をありがとう。君とどうしても話したくてまたやってきてしまった非礼を詫びたい。名前を教えてもらっても?俺はカイニス。20歳だ」
「あ…私はエメラダです18歳です」
「エメラダか…美しい名前だ。君の瞳によく似合う」
カイニスはそういうとふわりと優しく微笑む。
(わあ。こんな表情をするんだ)
寡黙そうで少し怖いと感じた第一印象がガラリと変わる。
「率直に言おう。俺は君に一目惚れしてしまった。だから今後もやり取りをしたくて、これを.…」
そう言って手渡されたのは小さな笛だった。
「これは?」
「これを吹くと俺が教育した鳥が足に手紙をつけて運んでくれる。よかったら文通してくれないか?」
胸がドキリとする。これはアイリス叔母様に内緒でと言うことだろう。初めて作る秘密にドキドキしながら頷いた。
「わかりました。じゃあ…この笛はいつ吹けばいいですか?」
「毎週火の日、日が傾いた頃に吹いてくれ。鳥が飛んできたら手紙を出して、そうして君からの手紙を入れてから鳥を飛ばしてくれれば鳥は自分で俺の場所に帰ってくれる。事前に手紙を用意しないといけないから文通というより報告になるが…どうだろうか?」
エメラダはカイニスの提案にドキドキしていた。こんな素敵な提案、断れるはずがない。
「じゃあそれで…手紙の大きさは?」
「この紙を参考にしてくれ」
そう言ってカイニスはエメラダに小さな紙を手渡す。
それは思っていたよりずっと小さなもので、書くときはかなり厳選して言葉を綴らないといけない。だがそれが楽しそうだった。
エメラダは新しい出来事に胸を高鳴らせて渡された紙を見つめた。