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9話 救済の夜半

神人を愚者と発言したアンフィニ。それが信じられないと言わんばかりに、デスティネは額に青筋を浮かべる。

『保護対象である人間への虐待。そして魔力を持つ人間への強制実験。私たち神人の中で取り決めた条約に全て違反する、人道に反した行い。貴様を堕とす理由はごまんとある。物証も荒稼ぎできたよ。さあ、もう逃げられない』

『貴様、余に向かって無礼な…』

愛し子(サクリフィス)の枷を解け。命だけは助けてやる』

『…なるほど。貴様も子供を助けたいのか。ならば…』

デスティネは持っていた槍を自らに刺した。唐突な自虐に理解が追いつかない。その次に響くのは、ラジュネスの苦しみの悲鳴。

「きゃああああああ!!」

断末魔の叫びに、その場にいたものは動きを止めた。衝撃的な叫び。苦しみ藻掻くラジュネスを動かないように上から力を籠め、逃げないようにするデスティネの顔は紅潮して引き攣っている。

(伝達の呪い!)

デスティネが何をしたのかを理解できたアンフィニは顔をしかめる。

『別に余をいたぶり、屠っても構わぬ。だが、ラジュネスも道連れだ』

『そこまで落ちぶれたか!?』

『ただでやられるわけにはいかんのだ。宿願が叶わぬのなら、貴様らに最悪を齎してやろう』

凶悪な悪意をこれでもかと押し出すデスティネに殺意を覚えるが、下手に動けない。すると、ラジュネスが手を伸ばす。それは救いを求める手ではなく、勇敢に立ち向かう手だ。近くに落ちていた銃を拾い、デスティネに向ける。

『ラジュネス、それをすれば…お前は死を味わうぞ』

デスティネは朗らかに止める。だが、ラジュネスは銃に力をこめる。

「逃がさない、絶対に。私の手で殺してやる」

ラジュネスが引き金を引いて、デスティネの頭部を貫通させた。銃声がラジュネスに痛みを呼ぶ。激高したデスティネは怒りのままに槍をラジュネスに向ける。神人の注意が一点に集まった隙を突く。

『エテルネル!』

アンフィニの呼びかけに一番に答えたのはエテルネルである。彼はデスティネの持っていた槍を拳で破壊し、デスティネを拘束する。すかさず、エクラがラジュネスを抱きかかえ、保護する。

「アンフィニ様」

『ご苦労。少し強引だが、止むを得ん』

アンフィニはラジュネスの額に手を当てて、隷従の権能を発動させた。初対面の時と違い、権能が拒絶反応を示すことはなく、すんなりと受け入れた。

『治療を』

アンフィニは治療師に後を任し、デスティネに近づく。頭部と腹に深手を負うデスティネは拘束を振り解こうとするが、エテルネルは怪力で黙らせる。見上げる兄と、見下す弟。牢獄での立場が逆転した。

『この鬼はラジュネスに焦がれているのか?』

『…』

デスティネは愉快そうに言った。鼻で笑い、続ける。

『鬼が誰かと結ばれるなどありえん。真に修羅で、愉快だ。無様な未来が見れぬのが鬱陶しいが、貴様らが苦しむならば、それでいい。ラジュネスが救われることなど、絶対にない!』

命乞いではなく、誰かの不幸を予言し、そして願う。そんなデスティネに同情する者はだれ一人としていない。

アンフィニは渡された剣を手に取る。よく磨かれ、光沢を示す刃。後悔など微塵もない。デスティネの首に充てる。


ザンッ…


デスティネの首が落ちる。沈黙が包む、全てが終わりを告げる。アンフィニは部下に命令を下し、デスティネの首と遺体を保管させる。エテルネルと目が合う。彼は愛しの者に逢えたというのに、喜ばしくなさそうだ。

「これ以上は無茶です!!」

沈黙を打ち破ったのは、治療師の制止だった。声の方に顔を向けると、ヴェリテの治療の真っ最中だ。だが、どうも状況が芳しくない。治療をしているのに、ヴェリテの状態が一向に良くならないのだ。外傷は治っている。治癒魔法を繰り出し続けるヴォヤージュにも限界が近づいてきている。

スィエルも同じようで、諦めるしかない。だが、諦めたくないという思いが増幅するばかりで、自分の体そっちのけで治癒魔法を連発し続ける。それを眺めることしかできない無力感と疎外感。

「二人を…」

「!」

「二人を、一か所に…」

呆然としていると、手の中で眠っていたラジュネスがか細い声でそう言った。エクラは驚く。

「はやく…」

『分かった』

エクラの代わりにアンフィニが了承する。そして、迅速な動きを見せて、ヴェリテとスィエルをラジュネスの近くに横たわらせる。彼女は覚束ない足取りで近づく。ラジュネス自身も呼吸が荒く、今すぐ治療をしないといけない。だが、彼女は後回しにしている。

「アンフィニ様、なぜ…」

アンフィニの判断に疑問を抱いたエクラが問いただす。アンフィニは悠然として、言い放つ。

『考えていた。スィエルが補助、ヴェリテが破壊。殲滅の為に手駒として置いていたのなら、ラジュネスは何の役目なのか。私を連れ去ったときも、鎖から解放したときも、薬で解決していた。子供たちの体調管理も仕事の一環なら、ラジュネスは医療に精通した戦力なのかもしれない』

息を整えて、ラジュネスは二人に手を置く。目を閉じる。すると、ラジュネスを中心に莫大な魔力が波のように辺りに押し寄せる。緑に輝く光球が、幻想を移ろわせる。

「癒せ―生命魔法ヌ・ラーシュ・リヤン(諦めるな)

緑の光が二人を覆い、そして優しく包む。温もりを感じる感触。光が消えると、ラジュネスは疲労感が急に押し寄せたのか、酷く疲れた様子だ。

「ラジュネス、代わります」

ヴォヤージュは急いで二人の容態を見る。傷は内部、恐らく細胞まで治っている。顔色も悪くない。なにより、脈が安定していて、意識の状態も最高だ。ヴォヤージュは治癒魔法の使い手として感銘を受ける。

(治癒魔法の使い手は少ない。しかし、それよりも遥かに希少な魔法使いが目の前にいる。あらゆる万物の生命を操る生命魔法! 治癒どころの話じゃない。蘇生もできるはずです!)

「…」

『ヴォヤージュ』

「あっ、いえ、お気になさらず。二人とも、状態良好です。安静にしていれば、すぐに回復します。次はあなたです、ラジュネス」

「…」

「?」

ヴォヤージュの言葉に反応がないラジュネスに、みなが不自然に思う。エテルネルが真っ先にラジュネスの頬に手を当てて、反応を確かめる。彼女は嫌がる素振りは見せない。諦めているわけではなく、意思疎通が取れていない。

「これは…」

『かなりまずいね。エテルネル、ラジュネスを担げるかい?』

「無論だ」

『助かる。兵を一部残し、私は帰還しよう。エクラ、レーヴ。現場の指揮は任せたよ』

「「了解」」

『早く戻ろう。子供たちの治療を急ぐよ』


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