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8話 懊悩の夜半

情報として知っているだけ。彼女はそう言った。冷徹ではなく、冷酷でもなく、感情のない目で俺を突き放した。戦場で出会った彼女もそういった目をしていた。殺されかけた相手に一目惚れしたなどと言えば、嘲笑われるが、それでも俺は知りたい。この世の果てまで追い求めて、知りたい。

欲求は抑えられない。敵国の英雄であろうが、関係ない。俺は彼女を個人として知り、愛したい。そのためには、彼女を虐める愚弄者をこの手で殺す。


「これは…」

エクラと別行動をし、単独でラジュネス含めた三人を探していたエテルネルは言葉を失う。城の最上階に近づくにつれ、敵兵の数は減っているが、惨状は刻一刻と悪くなるばかり。壁に付着した血と、床に散らばる臓器。首が切断され、周囲に転がっている。抵抗した跡も見受けられる。飛ばされた首を見ると、絶望に浸っている。エテルネルはその顔に見覚えがあった。

外交で見知った、ヴォク・ラテクの高官。軍部の幹部と言っても、戦場には出ず、ただ後ろで遊び惚けている愚者。神人の直系の部下という笠を着て、暴虐武人に振る舞っていた醜い者達。中には、鬼という種族が同じものもいて、こちらまで恥ずかしい思いをした。

「自業自得だな」

エテルネルは無慈悲に言った。彼の頭の中はそれどころではない。恐らくは高官を殺した張本人であるラジュネスの安否だ。謀反がばれ、失敗すれば、ヴォク・ラテクの神人デスティネから酷い目に遭うことは想定済み。彼女も分かっているはずだ。だからこそ、最終目標はデスティネを屠ることだ。自らの主人に立ち向かうこと。

だが、神人を殺すことは不可能に近い。人類という種族が始まり、創成の世代という称号を冠する五柱の神人は顔触れが変わらない。新たな神人が生まれることがない中で、神人は人類の絶対的王者に違いない。

だから、助ける。子供たちが願わなくても、大人として守り抜く。

エテルネルはまだ捜索していない最上層へと足を踏み入れる。喧騒が届かず、閑静な雰囲気に包まれている。だが、奥の一室から漏れ出る強大な威圧感。それを肌で感じ取ったエテルネルは、こう結論付けた。神人がいることを。普通ならば、恐れ、近づかない。だが、エテルネルは自身に誓った決意を破るわけには往かず、前へ進む。

異様に重い扉に手を当てて、勢いよく開ける。

『今宵は客が多いな』

月光に反射するアクアマリンの髪。それと同様の目は気鬱に、エテルネルを向いて、一瞬にして蔑む。月を背景にして覗く神人は、この場の支配者だ。

『見覚えがある顔だな? 誰だったか…』

エテルネルを前にしても考え事をする余裕を持つこの神人こそが、デスティネだ。エテルネルは事前にデスティネがどういった人物なのかを知っている。己の主人アンフィニの実兄。双子とは聞いていたが、よく似ている。だが、アンフィニとは正反対の性格。手加減はないだろう。

『ああ、思い出した。愚弟の愛し子(サクリフィス)か。酔狂な。鬼を愛すなど、碌なことがないであろうに。そうは思わんか、ラジュネス?』

デスティネは独り言に共感を求める。その相手はラジュネスだ。彼女は、アンフィニに踏まれ、動くことを禁じられている。よく見れば、足の造形が変化するほどに嬲られ、血が出ている。痛々しく震え、肩を押さえている。苦痛に満ちた顔。声を押し殺して呻いている。彼女の苦しんでいる姿を見て、デスティネはご満悦のようだ。その気持ちが、エテルネルの怒りを煽る。

彼が部屋に一歩足を踏み入れると、惨劇は他にもあった。

壁に磔にされているスィエル。全身を杭のような物で打たれ、血を流す。瞼を閉じ、意識を失っている。

その向かいで倒れているヴェリテの状態は医療知識のないエテルネルでもまずいものだと分かる。なぜなら、彼女の頭が半分ないからだ。その他にも腹が裂かれて、臓器が僅かに出ている。二人とも、今すぐ治療しなければ命を落としてしまう。だが、そうできない状況でもある。

デスティネが睨んでいる。動くなと命令している。神人の権能だろう。脳が従えと忠告している。だが、本能のままに動けとも言っている。


ぎぃぃん!!


エテルネルは本能を選択し、携えていた槍をデスティネに突く。しかし、デスティネは剣で受け止め、軽い力で受け流す。次いで、エテルネルは全身を使い、槍を振り回して、デスティネの足を動かす。少し後退したデスティネを殴り、完全にラジュネスから引き剥がした。

『なるほど、愛し子(サクリフィス)としての経験が長いのか。神人に対しての最適がよく分かっている』

「子供たちから手を引け」

エテルネルは命令口調で言う。デスティネの顔が歪む。

『それは余の所有物だ。余の計画、宿願を遂行するために生まれた者達。それを手放せなど、するわけがないだろう?』

「この子たちはお前の所有物でもないし、道具でもない」

『無力な人間に役目を与えてやっているのだ。道具に違いない。さっさと、その女から手を退けろ』

デスティネは強い口調で言い放った瞬間に、エテルネルに斬りかかる。

「ぐっ!」

重量感のある刺突が体に圧し掛かる。刺突の次には、いつのまにか斬撃が飛び交っていて、反応が間に合わない。デスティネは、エテルネルの腹に蹴りを入れて、槍を手から離した。蹴りをもろに食らったエテルネルは蹲り、衝撃に耐える。

カツカツと靴音を鳴らし、近づいてくるデスティネ。命を蝕む警告音と、怒涛の攻撃量。エテルネルは死を覚える。冷汗が止まらない。

『神人を殺すことができるのは、同じ神人か、愛し子(サクリフィス)だけだ。しかし、ここまで弱いとは。愚弟にしては良い判断だ』

「?」

『己を殺せぬ者を選ぶことで、生き延びられるのだからな』

デスティネは嘲笑い、そう言った。それは敬愛するエテルネルの想いを踏みにじるものである。腹立たしい。デスティネは剣を操り、エテルネルの頬に傷を入れる。ツゥと血が滴る。

『余のモノになると言えば、助けてやる』

「だれがっ…お前のものに…」

『さすれば、子供の命も助けてやろう』

「!」

デスティネの言葉に、迷いを見せる。助けたいという私情と、保護するという命令は遂行しなければいけない。だが、アンフィニは犠牲に成れとは一言も言っていない。どうしようかと悩む。

「嘘つけ」

熟考していると、エテルネルではない声が聞こえる。その声はラジュネスである。彼女は嬲られた足で立って、銃を構えていた。立つことも苦しい足で、息も切れている。だが、銃を持つ手は震えていない。

「助けるつもりなんて、端からないくせに…」

ラジュネスが話している途中に、デスティネが殴りかかる。顔面に強烈な一打が入る。デスティネはラジュネスを押し倒し、彼女の腕を掴む。そして、強い力で引っ張り、脱臼させた。

「あ゛あ゛あ゛っ!!」

ラジュネスの悲鳴が響く。その悲鳴が終わらぬ内に、デスティネは近くに落ちていた槍を拾い、ラジュネスの体に突き刺す。

「!?」

悲鳴は聞こえず、槍が体に突き刺さるたびに、体だけが上に動く。非情な現場を意図せず目撃したエテルネルは硬直した。

(俺を庇ったのか? 庇ったせいで、あんな目に?)

そんな考えがよぎる。自意識過剰でも、そう思ってしまう。不意にラジュネスと目が合う。彼女は酷く傷ついているが、瞳には炎が燃えていて、まだ反撃しようと画策している。戦場でも、中庭で会った時からも想像できないラジュネスの決意と表情。彼女の本気に触れて、エテルネルは笑うしかない。そして、自然と体が動く。


ぐさっ…!


生々しい音。デスティネの腹を貫通する剣。それをしたのは、エテルネル。突如とした衝撃の痛みに、暴行を加えていた手を止めて、デスティネが睨む。

『…揃いも揃って、愚かな』

『愚かなのは貴様だ、愚兄!』

妬みを吐いたデスティネを否定する声に、エテルネルは剣から手を離して、近くにいたヴェリテを庇うように、デスティネから距離を取る。扉に目を向けると、アクアマリンの瞳が憤りを持ち、デスティネを捉えていた。

『アンフィニ…!?』

デスティネは下唇を噛んで、威嚇する。アンフィニに続くように、エクラが入る。レーヴとヴォヤージュ、治療師が部屋に倒れている二人にそれぞれ近寄り、治療を始める。

『条約に違反したとして、デスティネ。貴様をここで処刑する』

『私刑だろ…?』

『いいや、他の三柱にも了承を得ている。お前はもう神人じゃない。そして、人でもない。喜べ、愚者に堕ちたことを』


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