6話 激越の鬼
ラジュネスのその言葉は、彼女から一度聞いている。だが、突然のことで回答があやふやで、しかもデスティネが来てしまったため、タイミングが悪かった。
『なにか、条件があるみたいだね』
ラジュネスは頷いて、ついてくるように促した。アンフィニも黙って従う。牢獄は暗く、遠くが見えない。蝋燭の灯りだけが頼りだ。他にも牢獄があり、中をのぞくと腐敗した死体と既に白骨化した死骸。あまりの臭さに鼻をつまむ。ラジュネスに目線をやると、彼女は平然としている。よくよく見ると、彼女は裸足だった。地面の凹凸で痛むだろうが、そんな素振りは見せない。しばらく歩くと、重い鉄扉の前に辿りつく。彼女は魔力を通して開き、その先へと進む。
『!』
扉の先の光景は信じがたいもので、腹の膨れ上がった女と重労働を課せられている男。そして、山積みになったもの。
「貴殿はこれを救えますか?」
『…』
ラジュネスは吐き捨てるように言った。彼女の後を歩くと、今度は白い扉があった。質素な造りだ。彼女は鍵で開け、中に入る。すると、部屋の中にいた子供たちが一斉にラジュネスに群がる。軽い好奇心で、アンフィニにも近づき、怖くないと判断すると戯れる。純粋無垢な笑顔を見て、顔が綻ぶ。
「この子たちは魔力実験で明日使われます」
『わざと見せたのか…』
「貴殿らがこれを見ておかしいと感じたはずです。私にとってこれは当たり前ですが、この子たちに歪んだ感情を植え付けたくない。ここにいる大人はもう無理です。助かっても自死するか、自然死です。でも、子供たちはまだ生きられます」
『君は助かろうと思っていないのか?』
「私にはやらなければならないことがあります。ヴェリテとスィエルも救出していただけると嬉しいのですが…」
『約束する。全員助ける』
アンフィニの言葉に、ラジュネスは安堵をし、部屋を後にしようとする。すると、幼児らが彼女に群がり、離さない。ラジュネスは困った表情をしながらも、嬉しそうだ。しゃがみこんで、幼児らに言い聞かす。
「お仕事に行ってくるから、いい子で待っててな。そこのお兄さんの言うこと聞いてたら、私が会いに行くから」
「ほんと?」
「…約束だよ」
幼児らは不満そうだが、ラジュネスを慕っているので、素直に従う。彼女は安心したように立ち上がり、アンフィニを見据えた。
「お任せ致します」
ラジュネスは勢いよく部屋を飛び出し、鍵を施錠する。
部屋を後にしたラジュネスは施設へと戻り、重労働を強いられていた男たちに命令して、その場から逃がす。そして、腹の膨れた女たちに話しかける。
「私はあなた達を自由にすることができます。どうしたいですか?」
女たちは口をぱくぱくと動かすが、声が出ない。一人の女がか細い声で言った。
「自由、、、にし…て」
「わかりました」
ラジュネスは跪き、手を合わせる。
「―眠りの中に救いがありますように」
彼女が祈ると、女たちから生気が抜け、息がしなくなった。鼓動は止まり、あるのは安らかに眠る笑顔。ラジュネスは苦悩と悔恨を映し、そして手に持っていた蝋燭で女たちに火をつけた。人体の脂で火は瞬く間に燃え広がる。新緑が火に焦がれて、橙色に輝く。覚悟を決めた闘志は消えることなどない。ラジュネスは地上に繋がる階段を上る。
「おい、愚図!! 何をしていたんだ!!」
戻るなり、ラジュネスに向かって罵倒を始める。獣族と鬼の軍部の高官。ラジュネスを疎んでいる者達だ。
「お前が良からぬことを企てていることを、神人様に言いつけてやる。これでお前も失脚するだろう!」
神人とはデスティネのことである。軍部の者はデスティネに気に入られようと必死で、その手段としてラジュネスを利用しようと画策している。本当に愚かな生き物だ。
「くだらない」
「あ?」
ラジュネスのぼやきに反応する高官だが、次の瞬間に首と胴が離れていた。鬼の高官の首が飛ぶ光景を目の当たりにした獣族の高官は悲鳴を上げて逃げようとする。だが、それを逃がさないラジュネスの剣筋に当たり、鬼の高官と同様に首が飛ぶ。悲鳴を聞きつけて、他の軍官が部屋に入ってきた。二つの首と胴が横たわる惨状で立っているラジュネスに銃口が向けられる。だが、ラジュネスは誰も反応できない速度で銃もろとも、軍官を切り裂く。廊下にいた誰もが彼女の行動に衝撃を受け、鎮圧しようとする。が、ラジュネスは容赦なく切り裂く。
「動くな!!」
ラジュネスが目的の場所へ歩こうとすると、どこからともなく別の軍官が集団で現れ、包囲する。様々な武器が向けられるが、ラジュネスは不敵に笑い、その一瞬で全てのものを切り裂いた。声を出すことも許されず、ぐちゃりと生々しい音が響き、肉片が飛び散る。
ラジュネスは走りながら、回廊で会う者達を無惨に殺していく。
「!」
背後を取られた。涙を流し、引き金を引こうとする召使い。ラジュネスが間に合わないと判断した直後に、召使いは気を失う。倒れる召使いを優しい手つきで壁に持たれかけ、現れたのはスィエルだった。
「助かった」
「いいよお」
スィエルはニヒルな笑みで、ラジュネスに近づく。二人は協力して足を進め、管制室に漸く辿り着いた。管制室には既にヴェリテが到着していて、看守らの制圧に成功していた。
「子供は?」
「アンフィニ様に頼んだ」
「ここまでは計画的だよねぇ」
「もう、引き返せない…」
「いいじゃん! 俺っちたちに、もう未来なんてないんだから…最後くらい」
「うん。そう、よね」
合流した三人は互いを励まし合う。ラジュネスは一つのレバーに手を置いて、下ろす。城内に響く警告音。
「…さて、始めよう。一世一代の謀反を」
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ヴォーン!!
ヴォク・ラテクの都市に鳴り響く警告音。眠りについていた国民が目を覚まし、城に目を向ける。何が起きているか分からず、混乱する国民。その陰に隠れ、着々と集結するのはアバンチュールの者達。城は侵略防止のため、背後に山と森がある。その森で、城の状況を偵察するアバンチュール隠密部隊隊長ヴォヤージュ。
「どうだい?」
ヴォヤージュを警護するように、辺りを警戒するアバンチュール魔法特務隊隊長レーヴ。
「かなり混乱しています。誰かが謀反を起こしたとしか推測できない規模です。城の中で逃げ惑う軍部の連中に、関係者。それを無差別に襲う魔獣」
「魔獣いんの?」
ヴォヤージュの偵察報告を聞いて、魔獣という言葉に反応するのは、アバンチュール隠匿部隊隊長エクラだ。深緑の瞳は闇に紛れて、一層深く淀む。戦いに飢えた竜だ。
「はい。ですが、私は見たことがない形状です。変異種か、実験で出来た副産物といったところでしょうか」
「なんだっていい。魔獣は俺がやる!」
「まったく、国を陥落させるんだから…もう少し、緊張感を持ってほしいねぇ」
「準備は?」
談話する三人に尋ねるアバンチュール軍団団長エテルネル。
「ばっちりさ。全方位、アバンチュールの戦士が取り囲んでいる。逃げれる奴なんていねぇさ」
レーヴが得意げに言った。四人の背後に控えるのは、軍団である。闇に紛れて、総数は分からない。エテルネルは前に出て、指揮を執る。
「軍団はヴォク・ラテク軍部の制圧。隠匿部隊は魔獣制圧。隠密部隊は、子供と人間の保護を優先。魔法特務隊は神人の保護。抵抗するなら、殺しても構わん。アンフィニと合流するまで、全権は俺が担う!」
「あの三人は?」
「俺が捕獲する」
「「「了解!!」」」
集うアバンチュールの戦士と謀反者のヴォク・ラテク最高戦力。城から業火が覗き、謀反者の決意が表れる。警告音に紛れて、魔獣の遠吠えと呻き声が、戦死を刺激する。
「これより、ヴォク・ラテク殲滅作戦を実行する!!」
鋭い赤が夜を溢し、澄んだ声が夜明けを飲む。




