41話 解釈が渦巻く
世界で争いは絶えず起こるが、些細な喧嘩に等しかった。黄禰時代は地位の格差はあっても、誰もが人種関係なく思いやる。
時は流れ、神人の導きに従い、人類は空の下へと生存地区を移しました。その時、国の概念が興り、仲違いが起きてしまった。子孫も増え、関係は複雑化し、以前のように誰もが笑える環境ではなくなった。
そんな中で、世界に新たな電撃が走りました。空の下の人類の女と、空の上の賢者リュイヌ卿との間に子供ができたと。その知らせは瞬く間に広がり、世界は歓喜に満ちた。それだけなら良かったのです。けれど、賢者を崇高な存在に維持したかった宗派は、二人の関係を邪魔したのです。
『その腹の子は賢者の子ではない』
当時の宗派教祖最高官の話を貴族は鵜吞みにし、賢者の声に耳を傾けなかった。極めつけは、空の下の人類の特異体質が重なってしまったこと。それにより、空の下の人類の女は空の上から追放され、五カ国を永久追放されました。
そして、宗派は女の守護神であった賢者ファタール卿も弾圧し、暗殺を謀った。存在を蔑ろにされ、女も絶望に堕とされた賢者ファタール卿は世界を滅ぼさんと怒りに満ちた。
ただ、リュイヌ卿が止めたのです。彼は穢れたファタール卿を天から追放して、金輪際関わらぬようにと処罰を下したのです。
「…リュイヌ卿が?」
「賢者は世界の調停者。ゆえ、大多数の声を聞く立場にあったのでしょう。とても賢明な判断です。けれどね、私はそれが許せない。話の発端は、リュイヌと女が結ばれたことから始まりました」
カルム貴の表情が苦しそうに、悲壮感に溢れている。彼は続ける。
「リュイヌと結ばれたのが、私の娘セクアナです。そして、セクアナとリュイヌの間に設けられた子が、ラジュネスなのです」
「は?」
ネージュ・セルクイユで聞いた話と辻褄が合うことよりも、カルム貴とラジュネスの関係に深く震撼する。その場にいる子爵と公爵は平然としているが、アルカンシエル公爵とエムロード公爵も耳を疑っている。
混乱のあまり、支離滅裂な問いかけをエテルネルはした。
「その話からすると、何千年も前の話だ。ラジュネスは十五歳…それに量産的に生まれて…いや、そもそも、セクアナという名は神人から聞いたことも…!」
「ええ、セクアナという名は歴史から抹消されているのです。賢者を信仰する”宗派”の経典では、賢者を誑かし、世界を握ろうとした悪女と後世に語り継がれ、私の娘は人類史上最悪の悪女と呼ばれている。ファタール卿を信仰していた神帝教も弾圧を受け、長らく表舞台から姿を消していました。賢者の威厳を傷つけたと汚名を着せられたセクアナ、そして、世界を危機に貶めようとしたファタール卿と神帝教は、この世界に深い怨みを抱えています。共通すべく、野望は世界の終わり」
「そんなことでっ!?」
「そんなこと?」
エテルネルの発言に、カルム貴の瞳孔が開いて、怒りをあらわにする。
「セクアナを幸せにすると誓ったリュイヌは、契りを破った。娘が非難を浴びる中でも、追放されても、リュイヌは娘に会うことはなかった。リュイヌは愛しているなどと戯言を抜かして、守りはしなかった。
追放されたセクアナは忽然と姿を消した。私は娘を探している間、神帝教と接触し、ファタール卿の復活を約束しました。
あの娘が姿を消し、何千年か…今から十五年前、セクアナの魔力が突然感じられたのです。私は藁にも縋る思いで、あの娘に会いに行きました。
そこには肉が極限まで薄れ、皮膚も爛れ、以前の輝かしい姿を想像できぬほど凄惨な姿に変わり果てていたセクアナがいました。出産直後で息絶えそうな娘に子はいなかった」
『御父様、ねえ、なんで!?
なんで、私は…ただ愛しただけなのに…独りよがりのことだったの?
産んだ子まで、長い時をかけて育てた我が子を愛せないまま…私は、終わってしまうの?』
「あなたは想像できますか?
愛を誓い合った約束が偽りであったと、絶望に打ちひしがれて、長い時をたった一人で、孤独に耐え抜いた娘の怨嗟を!
やっと抱けた子供を奪われた無力感と、戻らない幸福な日々…セクアナは私に抱き着いて一つの願いを託しました」
『全部壊して』
「愛する娘の願いを遂行し、全てを破壊します。混沌の世界に立つファタール卿を私は全力で支持し、家族が二度と蔑まれない新時代を作り上げる!」
カルム貴が言い終わった瞬間、彼はエテルネルの間合いに侵入していた。戦闘に富んでいるエテルネルでも感知できない疾走の動きに、冷汗をかく。カルム貴の大剣は、エテルネルの肉体に忍び込み、切っ先は骨を砕いて、進んでいく。次の瞬間には、エテルネルの片腕が吹き飛んでいた。
血飛沫は弧を描いて、残忍な光景を広げていく。
もう一発と踏み込んだカルム貴の大剣だが、ことを重く見たアルカンシエル公爵がエテルネルを庇った。
「貴殿の相手は私ではありません」
カルム貴が冷徹に突き放した一刻後に、アルカンシエル公爵は背後から腹部を貫かれた。公爵は急に与えられた痛みを堪え、背後の人物に目を向けた。紫髪が揺れて、黒の修道服からは甘ったるい香水が香る。覆面を着けた紫髪の人物は、大振りな薙刀を振り、アルカンシエル公爵と相対する。
「御機嫌よう、エトランゼ」
「ウラガン…どうして」
社交界の華ウラガン・シャルール・ヴァン侯爵当代は喪服で現れ、全身に黒を纏いながらも妖艶なオーラを纏っている。
「どうしてかしらねぇ?」
彼女は放漫な笑みを向けて尋ねた。
「強いて言えば、あなたが邪魔だからよ。愛しの人」
奇襲攻撃が成功したヴァン侯爵当代は、弱ったアルカンシエル公爵を相手にして、破壊の隙を狙う。
エムロード公爵は、フィルママン公爵とプロンジェ子爵を相手にして、善戦を繰り広げる。だが、数の差で勝敗の目が見えている。フィルママン公爵の迎撃に怯んだエムロード公爵を真正面から相手にし、プロンジェ子爵は彼を掴んだ。直接的な媒介を得た子爵は、なんの躊躇もなくエムロード公爵の肉体に、事象魔法を発動させた。
「貴様ぁっ!!」
「はいは〜い。フィルさん、あとよろしく」
仕事をひと段落終えた子爵が向かった先は、片腕を失ったエテルネルだった。エムロード公爵にしたように、直接、事象魔法をかけて、神経を麻痺させるつもりだ。子爵の意図を察したカルム貴は大剣を振り上げて、エテルネルを地面に蹴落とす。振り下ろした大剣を彼の片腕に突き刺して、固定した。
「どうぞ、子爵。存分に壊して差し上げてください」
「言われなくても!」
子爵の手は、エテルネルの首を絞め、カルム貴が見守る中で、事象魔法を発動させた。深い衝撃波がエテルネルの神経を走り、全てを破壊していく。
「がっ…ぁ、?」
段々と意識が薄れていく。エテルネルは必死に魔法に抵抗しながらも、限界が近づいている。走馬灯の中で、穏やかに微笑むラジュネスの顔を思い出す。
直後、カルム貴の憎悪の言葉を拾う。
「あなたを殺してから、世界を崩壊させます。醜い鬼よ、せめても無惨な世界を見せぬことに感謝しなさい」
『殲滅魔法ラクスィオン・デクラ!!』
王手をかけようとした直後に、戦場で無数の爆破が起きる。完全に不意を突かれた攻撃に、カルム貴は驚き、子爵を抱え、後方へと引き下がる。
「死に体とはいかぬようですね、蓬莱の賢者」
『いつぞやの懐かしき顔、安心するのぅ』
ターコイズブルーの瞳と桃色の髪を優雅に靡かせて、メル・オセオンで監禁されていた蓬莱の賢者アヴニールが戦場に舞い降りた。思わぬ刺客の次に続く陽気な声に、大人は騒然とした。
「時空魔法ラ・シャンス・スゥリ」
ギザ歯をちらつかせた少年が固有魔法を発動する。その場一帯に空間の圧力をかける。重圧で身動きが取れない。辛うじて動く腕を稼働させ、カルム貴は大剣を軽く振り薙いだ。
きぃぃん────
ゆっくりと木魂する音とともに、空間に張っていた膜が硝子の欠片のように砕け散る。空間に裂け目ができた。
「うわ~、化け物ぞろいだねぇ」
ギザ歯の少年スィエルが場違いの陽気な口調で、カルム貴の空間を斬った手腕に驚く。だが、スィエルも曲者で、カルム貴が空間を斬るまでの僅かな時間に、アルカンシエル公爵とエムロード公爵、そしてエテルネルを回収していたのだ。武力派の貴族らは既に後方の陣地まで転送して、事なきを得ている。
「ちゃあんと守ってよね~、アヴニールさん」
『言われずとも』
アヴニール卿がスィエルを庇うように前に立つ。威圧感が凄い。近づくことを躊躇う。
「今になって邪魔をする。なぜ、こうも忌々しいのか」
カルム貴が怨嗟を吐く。
『世界の崩壊か。お主はアバンチュールを機能させたくないようじゃのう』
「邪魔ですので」
『まあ、お主の言いたいこと分からんでもない。ヴェリテが危険に晒されれば、朕とて世界を恨む。じゃがなぁ、お主らが崩壊させようとしている世界に、朕の愛すヴェリテも住んで居る』
「娘を害した塵芥も住んでいます。エテルネル卿はリュイヌのお気に入り。アバンチュールも親しく思っている。故に、今度はリュイヌが出てくる」
『なんじゃ、まだ戦争の続きはしたいようじゃな?』
「こんなもの前座に過ぎません」
『そうじゃな、これは前座。じゃがの、この前座で一人の決意を歪ませた』
破壊を目論むと宣言したカルム貴と、それを取り巻くプロンジェ子爵、フィルママン公爵、ヴァン侯爵当代。国を盾にし、事を進める一派は、ある程度の想定外にも備えている。誰が出ようと殺せばいいだけのこと。
しかし、その意図も察しているかの如く、賢者アヴニール卿はカウンターを仕掛ける。彼女は手を薙ぎ払って、虚空から一つの巻物を取り出した。
『ヴォク・ラテクにおける最高憲法、第一条”ヴォク・ラテクにおける統治権は全て神人に委ねられる。有事の際、神人の統治が不可能と判断すれば、最高司令官或いは総帥の地位を担う高官が共同統治を担う。
又、高官の殉職等、地位を放棄した場合は、ヴォク・ラテクの最高貴族位公爵が指導を行う”』
賢者アヴニール卿が、つらつらと憲法を独唱する。その意図がよくわからなかった。だが、次の文章で意図が段々と明らかになっていく。
『”但し、公爵が再起不能に陥った場合、公爵の指名した相続人に指導権を移行する。
但し、相続人を指名していない場合、又最高司令官或いは総帥が任命されていない場合、又前最高司令官或いは前総帥が存命の場合、三つの条件が合致した場合、特例で前高官がヴォク・ラテクの統治権を得、指導を行う。
そして、この第一条は貴族及び国民の総意に伴い、ヴォク・ラテク全ての権利を移行し、帝国最高憲法で最もな執行を持ち、内政不干渉の原則に伴い、神人間で結ばれた国家条約と同等の法的拘束力を持つ。
これは、神人の総意と賢者の賛成に基づき、法的拘束力を発する”』
全てを読み終えたアヴニール卿は巻物を投げ捨て、つまらんと吐き捨てた。
『第一条から長ったらしい。神人デスティネの亡き今、その利権は一時ラジュネスに移行したが、下賜により、ヴォク・ラテクの最高位公爵を担うエムロード当代に移行した。じゃが、そこのプロンジェが魔法で再起不能にした故、利権が動く』
「…」
訝しげに、アヴニール卿の言葉に耳を傾ける。
『エムロードは指名権を放棄したようじゃからな、相続人はおらん。現時点で、ヴォク・ラテクに最高司令官も総帥も任命されておらん。加えて、前高官は二つの役職を担い、保護されておる』
「まさか!?」
結論を見出したカルム貴らは、大きく目を見開き、驚嘆する。軽い絶望に等しい顔に、アヴニール卿は愉快そうに笑った。
『現時点を持ち、ヴォク・ラテク最高司令官及び総帥に復帰し、帝国内の利権はラジュネスが掌握した』




