40話 世界の出来事
明朝、エテルネル率いるアバンチュールの戦士らがル・モン山脈に続く大高原に向かって、馬を走らせる。筆頭のエテルネルの後ろに、アバンチュールのエトランゼ・アルカンシエル公爵と、ヴォク・ラテクのエムロード公爵が続いている。その他にも、ヴォク・ラテクきっての武闘派貴族も昨夜到着し、戦力が補充された。一ヶ月に及ぶ国同士の大戦も、ようやく終わりが見えてきた。セゾニエのドラゴンの騎手を捕縛したことで、空中戦の脅威は無くなった。隠密部隊の話では、共同軍もドラゴンの士気が乱れたことで空輸送が困難となり、物資の枯渇が目に見えているらしい。陸戦は比較的、優位に進められているが、昨夜の海戦の結果を聞いて、胃に穴が開きそうだ。
アバンチュールの領海のカタラクト要塞が突破され、メル・オセオンが近辺の領地に上陸したらしい。隠匿部隊は、侵入軍の制圧が増えて、不満が高まっているらしい。
(だが、海戦は難航している。神人ソレイユが直々に出陣しているだけあって、隠匿部隊が音を上げ始めている。エクラからの報告書にも疲労が滲み出ていた。国民も怖い思いをしているはずだ)
なによりと、エテルネルは最愛の人を想った。帰りを待つ少女を、一目惚れの健気な子供を想わずにはいられなかった。必ず帰ると誓った一か月前の執務室の話。無事に帰りたい。
(今日で終わらせてやる)
手綱を握る手は汗ばんでいる。馬が軽く嘶いた先から、ドラゴンの咆哮が聴こえてくる。疾走していた馬から降りて、剣を引き抜いたエテルネルは率先して、ドラゴンに立ちはだかる。公爵もヴォク・ラテクの武闘派貴族と、それに準ずる軍隊が武器を構える。
数え、三十騎のドラゴンが確認できる。そのどれもが錯乱状態にあり、敵愾心を曝け出している。主を失った破壊だけを目的に育てられたドラゴンに対して、哀れみがないわけではない。しかし、最愛と守るべきものを蔑ろにしてまで生かすものではない。そう、エテルネルは判断した。
ドラゴンと目が合った。咆哮を叫ぶと、共鳴して、他のドラゴンも叫び始める。天を震わせる絶対種の地鳴りがアバンチュールの戦士らと、ヴォク・ラテクの支援軍に宣戦布告を放つ。
「最終防壁戦を開始する。俺に続き、戦士の意地を見せろ!!」
エテルネルの熱気で、戦士らの士気が高まる。ドラゴンに負けない叫び声をあげて、戦士らが突進する。何倍も大きな格差がある生物だが、ドラゴンは火を吐き、戦士は刃を交える。魔法で撲滅し、ドラゴンの四肢を大人数で斬り、心臓を狙う。一匹のドラゴンに百人程度の戦士らが導入し、死闘を繰り広げる。
そして、エテルネルは一人で駆け巡り、ドラゴンを一撃で突き殺した。心臓を貫かれたドラゴンは巨体を倒して、そのまま眠りにつく。一片の同情と、この世に生まれ、歴史を紡いできた彼らに敬意を称して、エテルネルは次のドラゴンに手を掛ける。駆ける彼の背後に、ドラゴンとは異なる同類の気配を感じる。
キンッ!!
エテルネルの背後で刃が衝突する音が聞こえた。彼を庇って、エムロード公爵が杖を構え、フィルママン公爵の迎撃を防いだ。
「老いたな、フィルママン」
「ふん、貴様こそ爛れた皮膚から悪臭が出ているぞ…エムロード」
知見と簡単には言い切れない間柄の言葉を交わして、大貴族の二人は睨み合う。二人の暴言に介入して、アルカンシエル公爵が奇襲を仕掛ける。アルカンシエル公爵の短剣が、フィルママン公爵の目を掠める。舌打ちをする彼は、「今だ!」と大きく叫ぶ。その場に居合わせた者が一斉に空を見上げた。
瑠璃の髪が豪風に従って揺れる。人魚の半透明のヒレが光を屈折して、この暗い戦場に不気味な光線を落とす。練りこまれた気品に満ちた魔力が集結して、奇襲と格差の魔法が発動する。
「事象魔法フェ・ドゥ・トン・ミュー《最善を尽くそう》!」
プロンジェ子爵が固有魔法を戦場にいる者に掛けた。敵味方問わず、洗脳に近い事象を強制させる。武器を一斉に自分に向けて、戦士らは自害し始めたのだ。意志関係なく、終わりを迎える戦士らだが、プロンジェ子爵の魔法に耐えた戦士らに待ち受けるのは、制御不可のドラゴン。
儚く散る戦場で、エテルネルは勇猛果敢に駆け進み、この戦いの終止符を打つために、最後の一匹を逃がすまいとドラゴンを屠る。
「流石ですね、エテルネル卿」
一匹のドラゴンを討伐した直後に、背筋が凍る冷ややかで恐ろしい殺気に当てられて、エテルネルは一瞬思考が停止した。ターコイズブルーの瞳が薄暗い戦場の照明となり、この場にいる名立たる大貴族の中で一番を擁立している。
「カルム貴!!」
「声を荒げるな」
突然、姿を現したカルム貴にエテルネルは必然的に剣を向けた。漠然とした不安がこれからの安否に影響すると囁いたのだ。力強い大剣の刺突を真正面から受け止めたカルム貴も同様に、剣を使用し、横に薙いだ。目線上の太刀筋が横切って、エテルネルの片目を狙った。疑いようのない殺意に、エテルネルは度肝を抜かれる。だが、それよりも驚いたことは。
(…この腕前、人類の技量とは程遠い。まるで、神人を相手にしているみたいだ!)
剣を交えて、カルム貴の腕前に驚嘆する。立ち振る舞いからして隙が無く、油断ならないと思っていたが、想像を超える器に驚きを隠せない。
「何をそんなに戸惑っているのですか?」
カルム貴が声をかけてきた。戦いが一時、中断される。
「饗宴のあと…少し、貴殿のことを調べさせてもらった。公的な書物に、貴殿の名はあっても、いつの時代に生まれ、何をしていたか、詳細は燃やされていた。貴殿は…いや、あんたは何者だ!?」
エテルネルの疑問に、カルム貴は動揺を見せない。それは何度も尋ねられた故の冷静さだと感じる。
「そうですね、私も古い人間です。私の出自を知る者も、幼少期を知る者も、もう賢者くらいでしょうか…」
「賢者?…その言い草、神人よりも古い出自だと言いたいのか?」
「そう捉えていただいて構いません。たかが百年程度生きた若造に、生まれた順番など到底共感できぬでしょうし…まあ、自己紹介くらいはしておきましょう。
神人と人類が空の下から降りて、何千年か…その何千年か前、神人が賢者に教えを請い、空の上で人類も共存していた神政時代。その前、三人の賢者が健在し、神人が生まれた黄禰時代。そして、それよりも遥か前、空の上の賢者と、空の下の人類がいた始まりの時間…あなた方の言い方で言うとすれば”空白の時代”でしょうか。私は空白の時代に存在した空の下の人類です。
もっと違う言い方をすれば、賢者と共に生きた最古の人間でしょうか?」
カルム貴の説明を受けて、エテルネルは密かに思い出す。神人アンフィニがいつかの宴で酩酊状態で話してくれた賢者の話。
『空白の時代はね、空の下は危険だらけだったんだ。魔物も多いし…見兼ねた賢者は人類を空の上に招いて、黄禰時代が幕を開けた。それでもねえ、空白の時代の人類は殆どが亡くなって、子孫だけが残ったんだぁ。でも、唯一、空白の時代に生まれ、人間でありながら一切老いず、賢者と同等の能力を会得した化け物がいるんだよ…名前も知らないし、ずっと隠してるんだ…いつか会ってみたいよ、ねえ?』
「空白の大英雄」
「ああ、そう呼ばれていた時期もありましたね。たかが長生きしただけで注目を浴びるのは、些か不愉快です」
カルム貴の出生に、エテルネルはやはり驚嘆する。納得できる腕前だ。始めは冗談かと笑い飛ばしていたが、空白の大英雄と呼ばれる人物を目の前にすると、身がすくむ。今よりも蛮勇な生態系の中、荒れ狂う魔物を狩り、人類の情勢を最も地位の高い場所で生き抜いた傑物。下手をすれば、賢者よりも行動力がある。
エテルネルに疑問が浮かぶ。
「…なんで、神帝教の幹部なんかに…」
ぽつりと呟いた。賢者と同じ時を生きた傑物が、わざわざ賢者を奉る宗教に肩入れする必要はない。ましてや、賢者が無くても生きていけるカルム貴ならば、賢者の復活に協力しなくてもいいのではないかと。そんな疑問が押し寄せてくる。
「必要だったからです。改革の跡目に、賢者の存在は欠かせません。神帝教は賢者を擁立し、新たな時代を創設することを目的としています。私もそれに深く同意しました。ですから、協力しているのです。この汚物に溢れ、醜い栄華を極める世界を崩壊させることに…」
「…それをして、何の意味が!?」
カルム貴の目的と、神帝教の望む結末を聞いたエテルネルは彷彿とした怒りを覚える。
「意味?…ふっ、娘の幸せを壊されたからですよ」
「娘…?」
「ええ、最愛の妻と長らく待ち望んだ待望の子。とても利発的で、美しく、私は娘の幸せを願っていました。娘は最愛を見つけたようで、最愛も娘を愛していた。ですが、その愛も偶像でしかなかった」
豹変したカルム貴の雰囲気に、エテルネルは大剣を握る手が強くなる。不意に、ラジュネスが浮かんだ。
「教えて差し上げましょう。この世界で、なにが起こったのか…その歴史を」




