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34話 共謀な思考

メル・オセオンの辺境地。密会に相応しいように、暗黙魔法が施されており、立ち入りは制限されている。

『悪ぃな、アンフィニ』

三つ編みを結ってある茶髪の彫りの深い顔。武将のような出で立ちで幼さが残る。セゾニエを統治する神人ジュレが開口一番に、アンフィニへ非礼を詫びた。

『別にいいけどさ、私がいたって意味ないと思うよ?』

『いやいや、俺みたいな戦闘狂じゃなくて戦略家のお前の言葉の方が響くんだよ。頑固爺のソレイユは思考型じゃん。相性いいんじゃねえの。俺と話すと毎回毎回言い争いだったぜ』

ジュレが昔話を語ると、アンフィニもつられて思い出し笑いをする。

それはまだ、家族として生活を共にしていた古い過去。三人の賢者の下で、日々人類を束ねくために切磋琢磨していた。人類も空の上で共存していた頃。人口が少なかったのもあるが、このころは争いごとも少なかった。くだらないことで言い争って、最終的には笑って場が収まっていた。

時が進み、私たちは空から降りて地上に分かれた。各々の信念と目的のため、人類を引き連れて国家を作った。皆仲良くなれると信じていた。だが、手段が合わなかった。目的の為に国民を犠牲にすることを厭わない兄がいたように、自然と神人同士の距離は離れていった。悲しいのもあるが、それ以上に解放されたとも思った。仲睦まじい事実は否定しないが、もうあの頃のようには戻れない。

『お待たせして申し訳ありません』

昔日の記憶をなぞっていると、談話室の扉が開かれる。ソレイユが会釈して、入室する。三柱とも連れの貴族は、それぞれの待機室で待っている。刺客ではないことを示す意図がある。

『それで君たち、というか…メル・オセオンとセゾニエは同盟を結ぶのかい?』

アンフィニの率直な質問に、両国を統率する神人はそれぞれの考えを打ち明ける。

『セゾニエは天候国家だ。他国の貴族同士の紛争は些末な諍いだって思ってる。でも、俺や国中の精鋭が揃えば被害は甚大だ。今までは俺一人だったが、今は違う。悲しむようなことは極力控えていきたいし、ヴォク・ラテクのエムロード公爵とも和平条約締結が目前に迫ってる。だから、戦争の斡旋をしているとも思われたくない。俺はあくまでも和睦を築きたい』

『王となるということは一個人の判断だけに縛られてはいけない。和平条約はこちらにも提案されましたが、如何せん戦闘狂の集う国ですし、デスティネに吹っかけられた損害は大きい。特に先日の饗宴でヴォク・ラテクの最高戦力の魔法使い、最高司令官が健在であることも分かりましたので、貴族から警視の声が上がっているのです。奪われたものだけを取り戻す戦争をしても、私はなんら問題ないと思っています』

二人の意見を聞いて、なんとなく状況を察したアンフィニは机上にある両国の同盟条項を見た。ヴォク・ラテクとネージュ・セルクイユへの宣戦布告と、それに関わる軍事同盟が明確に記載されている。一見、ヴォク・ラテクとネージュ・セルクイユは関係がないと思われがちだが、国自体の援助を神人グロワールがしているのだ。軍事費を与える代わりに、デスティネが育てた人材を明け渡すという契約だ。

その契約で、グロワールの側近であるロクザンを手に入れた。

『ジュレ、なにも滅ぼそうと言っているのではありません。取り返すだけです』

『それを対話で実現できりゃいいって話なんだよ。俺は体動かすのは好きだけど、人を殺すのは極力避けたい』

『…』

『今、ヴォク・ラテクはアバンチュールの監視下にある。攻め入れば、アンフィニが黙ってないぜ!』

『…アンフィニ、あなたの意見をお聞かせください』

意見を求められて、アンフィニは頷いて答え始める。

『君たちの言い分は理解できる。昔と違って、周囲の意見を取り入れなければならない立場上、貴族の意見を無視することはできない。が、犠牲を出すことも許せる立場でもない。戦争というのは、どんな大義があろうが不幸を呼ぶ道具だ。現にヴォク・ラテクの人間兵器は死ぬことを強要される現状だった。保護対象だからというわけではない。

私は一人でも多くの国民が笑える国を維持したい。だから、戦争に賛成はできない。その代わりと言っては何だが、軍事以外のことなら協力するよ。ラジュネスやエムロード公爵への口添え、仲介役でもなんでも…穏便に済ませたいからね』

アンフィニの温和な笑顔に、場が和む。

『分かりました。ジュレ、あなたと同盟も結びませんし、進軍もしません』

ソレイユの決断に、ジュレは安堵の声を漏らす。戦争の種を摘み取ることができたのだ。アンフィニも机の下で拳を握って、嬉しく思う。僅かに意識が遠のいている。注がれた紅茶はすっかり冷めてしまっている。もったいないと感じ、アンフィニはカップの取っ手に手をかける。

(…なんだ、急に眩暈が…)

心労で体に限界が来たのかと思った。顔を上げると、ジュレが驚いたように大きく目を見開いて、じっと見ていた。尋ねようとした瞬間、体から力が抜けて、その場に倒れこんでしまった。

『アンフィニ!』

思わず声を荒げるジュレを横目に、ソレイユが近づいていく。アンフィニを抱きかかえて、脈を測る。至極冷静な対応にジュレは違和感を覚えた。


ばん!


「失礼します」

談話室にカルム・ベル・タン宰相が入ってきた。

「神人アンフィニ殺害の容疑者として、アバンチュール隠密部隊隊長ヴォヤージュ・スクル・レゾンを捕縛いたしました」

『捕縛? どういうことだ?』

「お気づきになられませんか?」

宰相は、アンフィニのカップに視線を落とす。見掛けでは問題ない飲み物だが、よくよく匂いを嗅いでみると、芳醇な香りの中に酸性の匂いが鼻を突く。

『まさか、毒を!』

見破った直後に、ジュレは床に膝をついて、頑強な鎖に繋がれた。水の鎖は行動を全て制限する。権能を扱えない。動揺する中で、ソレイユに目を向ける。彼の口角が上がっている。

『筋書きはこうしましょう。同盟締結に反対したあなたが、私の暗殺を謀り、毒殺を計画した。しかし、私が飲むはずであった毒のカップがアンフィニに運ばれ、彼は誤って飲んでしまった。毒の手配をしたヴォヤージュ・スクル・レゾンは主君の弱った姿を突きつけられ罪悪感に苛まれ、首謀者を自白した』

ソレイユは雄弁に語る。事前に練っていたシナリオ通りに進んでいるのか、どこか浮立っている。

『私はあなたと同盟は結びません。ですから、あなたの右腕であるカルム貴がセゾニエ()と貴族を代表して、同盟を結びます』

『お前、最初から戦争を引き起こす気で!』

『奪われた者を取り返すだけです。ヴォク・ラテクに奪われ、やっと準備が整ったかと思えば、直前でアバンチュールに奪われた。挙句の果てには、魔法特務隊の後継者として社交界デビューする始末。私はね、限界なんですよ。輪廻を待ち、やっと手に入れたのです。ヴェリテを…』

最後に呟いた人物に、ジュレは言葉を失った。神人である以上、賢者アヴニールとヴェリテのことは知っている。だが、ソレイユの目的だとは知らなかった。

『彼女のトラウマと居場所を潰します。が、どうしても私だけでは重い仕事です。そんな時、カルム貴が名乗り出てくれましてね。私の見解を一つだけ、ご紹介いたしましょう。ヴォク・ラテクの英雄ラジュネスは最高司令官の座を退いています。そして、恐らく今から起きる戦争には参加しない』

なぜそんなことが、と目で語るジュレの横で、宰相がほくそ笑んだ。その瞬間に察した。この二人が長年通じていることを。

『私は愛する者を手に入れ、神帝教も望みを叶える。これ以上とない共同戦線。あなたのことは良く思っていますが、それよりも私はヴェリテを傍に置きたい。未来永劫』

絶句するジュレ。談話室に、カルム貴が呼んだ兵が入ってくる。捕縛したジュレを引き連れ、臨時の部屋へと軟禁するように指示を出した。アンフィニも早急に治療を勧める。

宰相はにこやかに笑って言った。

「ソレイユ様、軍の準備は整っています。いつでも進行できます」

『ええ、次はあなた方への報酬を支払わなければいけませんね。神帝教』

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